こじらせAIは恋(こい)を知らない
こばとと
Ep0: すれ違う二人、同じキャンパスで
(白川大学・学食)
「だから、第一印象で『守ってあげたい系』を起動するのが最適解だって」
「最適解ねぇ……」
。
昼休みの学食は、無数の声が混ざり合うノイズの海だ。
冷たい昼光がトレイのアルミ食器に反射して、やけに眩しい。
私は、目の前の親友――水野美咲(ミサキ)が差し出すスマホの画面と、自分の『戦略ノート』を見比べていた。
今日の服は、この春の新作、淡いピーチ色のシフォンスカート。髪も計算どおり、ゆるく巻いてきた。全部、朝の予習どおり。「完璧な偶然」を演出するための、私なりの武装だ。
ミサキは呆れた顔で、カツカレーの最後のひと欠片を口に放り込む。
「アンタさ、そのテクニック本、何冊目?」
「え、これは『V2.3(春の出会い編)』だから……」
「アヤ。素でいなよ、素で」
ミサキの言葉はいつも短い。そして痛い。
「素」。それが私に一番足りないものだ。
〔テクちゃん〕だいじょーぶ!ミサキちゃんは理論派だから!アヤはアヤの武器で行こ!
「……わかってるよ」
私は曖昧に笑って、ノートを閉じた。
わかってないから、こうして武装してるんだけど。
「あ、午後の講義、席取らなきゃ。ミサキは?」
「私パス。ゼミの準備あるから。……あんま考えすぎんなよ」
「はーい」
ミサキはトレイを持って雑踏に消える。
残された私は、空になった水のコップを見つめた。
(……よし)
私はバッグを掴む。
午後の講義は『情報社会論』。狙ってる先輩がいる、私にとっての“戦場”だ。
。
(講義室)
ざわ、と空気が揺れた。
大講義室の後方のドアが開いて、一瞬、静寂が落ちる。
(……いた)
狙ってた先輩グループ。その一番端の席が、空いてる。
私は呼吸を整え、ノートに書かれた『偶然の出会いムーブ・ステップ1』を反芻する。
〔テクちゃん〕はい、角度よし!笑顔よし!いけ!
私は、計算し尽くした速度で歩き出した。
あと三歩。
「――あの、すみません」
声が、横から割り込んできた。
私じゃない。私より低い、男の声。
見ると、先輩の隣の席に、別の男子学生が立っていた。
黒いパーカー。フレームの細い眼鏡。感情の読めない、平坦な目。
彼――相田健太(ケンタ)は、私じゃなく、私の「獲物」であるはずの先輩に話しかけていた。
「そちらの席、使われますか」
「あ、いや、荷物置いてるだけだから。どうぞ」
「どうも」
ケンタは無表情に頷くと、私の目の前で、その席に座った。
私の、完璧な導線(動線)を塞ぐように。
(は……?)
「……あの、すみません」
「はい」
彼は、私の方を向かずに返事をした。
カバンからノートPCを取り出す手つきが、やけに合理的だ。
「そこ、私も座ろうと思ってた、かなー……なんて」
〔テクちゃん〕ナイス!『かなー』の語尾、最高に可愛い!
ケンタは、そこで初めて私を見た。
値踏みするような、分析するような視線。
彼はゆっくりと私を見て、それから自分のPCの画面を見て、最後に言った。
「非効率ですね」
「……え?」
「この講義は指定席ではありません。あなたが私より早く着席していれば、その席はあなたのものだった。ですが、現状(リソース)は私が確保しています」
(……は???)
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「それに、その席(ターゲット)が目的であれば、私という障害(ノード)が発生した時点で、あなたは別の最適解――例えば、あの先輩の逆隣の席――を探すべきでした」
彼は、私が狙っていた先輩の、さらに向こう側を顎でしゃくった。
先輩が「え、俺?」みたいな顔でこっちを見ている。
最悪だ。
最悪の出会い方だ。
「……あ、そう、ですね」
私は顔に集まる血液を感じながら、一番遠い、最後列の席に向かって歩き出した。
〔テクちゃん〕……撤退!撤退!今のヤツ、感じ悪い!
私はドサリと席にカバンを投げ出す。
頬が熱い。羞恥と、それから。
(……なんなの、アイツ)
理屈っぽい話し方。
こっちの気持ちを全部無視するような、あの目。
私は今日の戦略ノートに、新しいペンで書き加えた。
『情報工学科・黒パーカー眼鏡=要注意(感じ悪い)』
講義が始まるチャイムが鳴る。
私はパーカーの背中を睨みつけた。
ムカつく。
ムカつくけど。
(……非効率、か)
あの無表情の下で、何を考えていたんだろう。
ほんの少しだけ。
一ミリくらい。
その「理屈」の中身が気になってしまった私は、たぶん、すごく間が抜けている。
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