バースデー - 4
お昼休みになると、昨日と同じ空き教室に行った。机を突き合わせたわたしたちは、上機嫌だった。
「咲良の誕生日は一月にある。あとは日にちが分かればいいだけだな」
鼻歌でも歌いそうな口調で、春馬は言った。
「一月ならまだ余裕はあるし、じっくり準備できそうだね。きのう天夏ちゃんが言ってた限定グッズは、その頃には出てるの?」
「それなら大丈夫」
今年の『はむはむ』の限定グッズは、十二月から販売される。一月にあるはずの咲良ちゃんの誕生日までには、限定グッズを手に入れることが出来る。
ただ、このことに関しては小さな問題点もあったけど、今はとにかく咲良ちゃんの誕生日が優先だ。問題点については、誕生日が分かってから話し合えばいい。
「そんじゃ、日にちを特定するか。ま、昨日の感じだとすぐに分かっちゃいそうだけどな」
相変わらず、お気楽なやつ。
だけど、わたしも春馬と同じ気持ちはあった。昨日で咲良ちゃんの誕生月が分かった。あの調子なら、すぐにでも誕生日が明らかになるんじゃないかと期待してしまう。
「誕生日が分かりそうなことって、何かあるかな」
二人に目配せしながら、わたしは訊いた。
「そんなの、熱海の桜まつりが始まる日で確定だろ。そのまつりって、咲き始めと一緒に始まるんじゃねえの」
なるほど。確かに、咲良ちゃんが生まれたのが桜の咲き始めだったことを考えると、桜まつりが始まる日が誕生日と同じかもしれない。
ただ、そこで俊彦が悩ましげな表情を浮かべた。
「いや、昨日調べたんだけど、桜の開花ってバラバラなんだよね。まつりの開始時期もちょっとずつ違うし」
自分の予想を裏切られたことに、春馬は驚いて見せた。オーバーリアクションな春馬ほどじゃないけど、わたしも出鼻を挫かれたことに動揺した。
「じゃあ、まつりが始まる時期からは何も分からないってことか」
「まあ、期間くらいなら絞れるかな。まつりが始まるのは毎年一月の上旬、だいたい一月七日から十六日の間って感じ」
昨日調べてきてくれたのだろう、俊彦はすらすらと答えた。わたしはそこまで入念な下調べが出来てなかった。俊彦が居てくれてよかったと心の底から思う。
だけど、春馬は不満そうだ。自分が思ったよりも、すぐに答えが出なかったからだろう。
「じゃあ、他に何か無いか。日にちが分かるような何か」
春馬の気だるげな呼びかけに、頭の中をひっくり返す。咲良ちゃんの誕生日が分かりそうな思い出は無いだろうか。
それからしばらく、わたしたちは無言だった。一定のリズムで進む時計の針だけが音を出していた。
わたしは自然としかめっ面になっていた。咲良ちゃんが転校してきてからのことを順番に、出来る限り思い出そうとするけれど、日にちが分かりそうな行動や話は出てこない。記憶を辿っていよいよ現在に追いつくと、また咲良ちゃんと出会った日に戻る。また辿って、戻って、辿って、戻って‥‥‥。やっぱり、いま役に立ちそうなことは出てこない。なんだか悲しくなってきた。
ちらりと正面を見てみると、俊彦も同じ様子だ。考え込むように机の一点を見つめながら、口を小さく動かしている。ここまでは聞こえない声で、ひとつひとつの思い出を振り返っているんだろう。
視線を横にずらして春馬を見れば、ぼーっとしながら窓の外を眺めている。やる気があるのだろうかと思ったけど、これで何かを考えているのかも知れない。
会話もほとんどないまま、お昼休みは半分以上過ぎてしまった。
昨日はとんとん拍子で話が進んだけど、今日は全く前進できていない。誕生月までは分かったけど、そこから先がぜんぜん見えてこない。もしかしたらこのまま答えは出ないんじゃないか。そう思い始めると、段々と焦りが生まれてきた。
そんななか、春馬が両手で机をどんと叩いた。
「あーもう!お前らなんか思い出せねーの⁉」
どうやら春馬も限界だったらしい。駄々をこねるようにして言い放った。
答えが分かる気がしないことに焦るのは、わたしも同じで理解できる。
ただ、そんな風に、まるでわたしと俊彦が思い出せないことが悪いように言われると、さすがにカチンときた。
「そんなこといって、春馬だって何も役に立ってないじゃない」
「はあ?昨日は俺が咲良の名前と星座が変だって言ったから、話が進んだんだろ」
「でも、そこから調べたのは俊彦じゃん。春馬は誕生日が分かりそうな手がかりとか何も出してないじゃん」
「だから、俺は仕方ねえだろ。あんま仲良くねえのお前だって知ってるだろうが」
いつものように、俊彦が「まあまあ」となだめるのが聞こえる。
ただ、俊彦の言葉で、わたしは止まりそうになかった。
「大体ね、そこがおかしいでしょ。仲良くないのに誕生日祝うとか。やっぱりなんかいたずらしようとか思ってるんじゃないの」
思わず疑っていたことを口にしてしまった。けど、別にいい。悪だくみが早くに分かるなら、それが一番いい。その時は、俊彦と一緒に春馬に協力するのを止めるだけだ。
わたしが言ったことに、春馬はぎくりと体を強張らせた。図星だったのか、それとも痛いところを突かれたと思ったのか。
まるで言い訳でもするように、春馬は言う。
「そんなわけねえだろ。悪戯とかそういうのは、このことではしねえって。なあ、俊彦なら分かるだろ」
助けを求めるような声に、俊彦は苦しげな表情だった。
「ごめん春ちゃん。正直、僕も変だなとは思ってた」
その突き放すような一言に、見るからに春馬はショックを受けていた。
また無言。見れば、時計はそろそろお昼休みが終わることを示している。
ほどなくしてチャイムが鳴る。教室に戻らないと。わたしは机をもとに戻して、空き教室を出ようとする。
わたしの後から、他の二人もついてきた。俊彦は気まずそうな顔で、後ろの春馬を気にかけている。その春馬はというと、不貞腐れたようにポケットに両手を突っ込んでいた。
あんな態度を取るってことは、きっと図星だったんだ。それなら、誕生日の準備に協力する必要なんてない。
わたしは後ろの二人を引き離すように、歩く速さを上げた。
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