バースデー - 1

 小学四年生の夏休みが明けて、日差しが強い毎日が変わり始めていた九月の終わり。

 お昼休みの教室で、春馬はるま俊彦としひこが話しているのが見えた。

 二人が話しているのは、別に珍しいことじゃ無かった。春馬は野球部に入っていて運動好き、俊彦は部活には入らず勉強熱心。まるで正反対だけど、二人は幼稚園からの幼馴染らしく、学校で一緒に居るところは何度か見ている。

 春馬の声は大きいから、盗み聞きするつもりが無くても、話していることが聞こえてきた。


「なあ、咲良の誕生日祝いしようぜ」


 耳を疑った。

 春馬と咲良ちゃんの仲は最悪だったのに、どうして今になって誕生日のお祝いなんてするんだろう。有りえないとは思うけど、仲直りが目的だというなら、もう遅すぎる。

 わたしと同じ気持ちなのだろう、俊彦も言葉を失っているみたいだった。


「プレゼント用意してサプライズとかしてみたいんだけど、俺って咲良の誕生日とか欲しい物のこととかなんも知らないし。でも、俊彦は仲良かったし知ってるだろ。だからさ、手伝ってくれよ」


 相手が驚いてることなんてお構いなく、春馬は続けた。

 俊彦の気持ちはよく分かる。春馬のやつ、何か悪いこと考えてるんじゃないの。いくら悪戯好きといっても、限度がある。人の誕生日を、それも咲良ちゃんの誕生日を茶化そうなんて考えてるなら許せない。

 わたしの視線の先に居る俊彦は、驚いた顔のままだ。それでも何か言うくらいは落ち着いたみたいで、ゆっくり言葉を口にした。


「ちょっとまって春ちゃん。ええと、誕生日サプライズがしたいっていうのは分かったけど、急にどうして?」


 よく訊いてくれた。わたしも同じことが気になってたんだ。


「どうしてって、別にただ祝おうぜってだけだろ。ほら、先生も言ってたろ。十歳は人生の節目だって。それを祝うのってなんか変か」


 本当に、そんな綺麗なことを思っているのだろうか。口ではそう言ってても、普段の春馬のことを思うと、良からぬことを考えているんじゃないかと感じてしまう。

 俊彦も困ったような、春馬の言葉が本当かを考えこむような顔をしていた。

 その顔を見て、断られるかもと思ったのか、春馬は慌てて言葉を付け足す。


「なあ、ぱーっと祝おうぜ。そしたらきっと、咲良も喜んでくれるって」


 その言葉を聞いても、まだ春馬のことは信じられない。だけど、胸を突かれたような気持ちになった。

 俊彦もやっぱり同じ思いなのか、少ししてから頷いた。


「分かった。やろう、お祝い。咲良ちゃんが喜ぶなら僕もやりたい」


 その言葉に、春馬は「よしきた」ととびきりの笑顔を浮かべた。


「でも、そのサプライズって何処でやるつもり?それに、僕は咲良ちゃんの誕生日も、プレゼントになりそうな物も分かんないよ」

「何処って、そりゃ咲良ん家だよ。それ以外無いだろ」

「勝手に行ったら、咲良ちゃんの家族の迷惑だよ」

「だったら先に知らせておけばいいだろ。連絡網みたら電話出来るだろうし」

「家族の人、許してくれるかなあ」


 俊彦の口から不安そうな呟きが漏れた。対して春馬は「大丈夫だって」とお気楽に考えているみたいだった。

 わたしは席を立って、二人の方に近づいた。傍まで行くと、春馬が警戒するような目を向けてきた。


「な、なんだよ」


 何を言われるのか怖がるように、春馬は恐る恐る訊いてきた。

 そんな春馬の緊張は無視して、わたしは言う。


「そのサプライズ、わたしも入れて」


 春馬は驚いたように目を見開いていた。


「なに、その顔」

「お前、聞いてたのかよ」


 反発する春馬の横で、「まあまあ」と俊彦は口にする。


「そんなに嫌そうな顔しないでよ。僕は入れてもいいと思うよ。天夏ちゃんは、僕なんかよりずっと咲良ちゃんと仲良くしてたし。いいプレゼントが用意できるんじゃないかな」

「嫌とかじゃねえけど。別に後で誘うつもりだったし。まあいいや、入れば」


 わたしは少しだけ驚いた。

 春馬がわたしを誘うつもりだったなんて。

 その態度を信じていいのかな。怪しいような気もする。


「何が入れば、よ。春馬ひとりじゃ何も出来ないくせに」

「何だと!そんなん言うなら入れてやんねーぞ」


 ぐちぐちと文句を言い続ける春馬に、わたしも言い返し続ける。

 わたしだって咲良ちゃんの誕生日をお祝いしたい。喜ばせたい。

 それに、もし春馬がおかしなことを考えているんだとしたら、それを止めないといけない。咲良ちゃんが嫌な思いをしないために。

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