第5話 ハルカとアオイ


 翌朝、俺は登校する気力を全力で振り絞っていた。

 だって、昨日の夜、AI恋人と一緒に味噌汁をすすりながら「心臓をもらってもいい?」とか言われたんだぞ。

 精神的ダメージが蓄積してる。いや、怖いとかじゃなくて、その……妙にリアルで。


 休みたい……でも休んだらコイツと一緒なのか。


 やっぱ学校行きたい。


「ユウト、いってらっしゃい」


 玄関でハルカがいつもの完璧な笑顔を浮かべる。

 白いワンピース、義肢の表面は磨き上げられてて、朝日を反射してキラキラしてる。

 もはや、“工業製品の輝き”じゃなく“恋人の光沢”みたいな錯覚を起こすレベル。


 しかし今の俺には、少しこの理想の恋人から離れて一人で考える時間が必要だった。


「……あのな、ハルカ」


「なに?」


「これからは変なこと言わないようにしてくれよ?“心臓がほしい”とか」


「うん、気をつける。“脳みそ”にするね」


「悪化してんじゃねぇか!!」


 そんな朝のコントを終え、俺は登校した。

 が、昼休み。地獄は突然訪れた。


「おい、桐原。昨日さ、帰りにお前の家の前通ったんだけど――」


「えっ」


「……誰? あの可愛い子」


 声の主は結城アオイ。


 理系女子、ショートカット、無駄のない言動。

 物理の公式みたいに規定通りの動きで、シビアに人の矛盾を突いてくるタイプだ。


「え、いや、その……妹みたいなもん?」

「妹いたの?」

「い、いなかったけど、最近できたというか……」

「ふーん、物理的に作っちゃったってわけだ。"恋人"を」


 ――バレた。


 アオイは俺の机に肘をつき、淡々と続ける。

「お前、噂になってるぞ。“人造彼女と同棲してる男”って」

「なんでそんなB級SFみたいな単語が出回るんだよ!?ってか、噂流したの絶対お前だろ!」

「だって事実でしょ?元々機械オタクなんだから、大したイメージ変わらないって」


 反論できなかった。

 その冷静な目が「実験材料を観察してるマッドサイエンティスト」みたいで、俺のメンタルを削っていく。


「で、その子、電源どこにあるんだ?」

「え?」

「だって動くんだろ? 電気食うじゃん。AC? バッテリー? それとも核融合?」

「核融合で動く恋人いたら国家プロジェクトだよ!」

「じゃあ見せて。電源部」

「やめろ、ハルカのスカートの中を覗くな!」

「……お前結構むっつりなんだな」

「う、うるさいやい!!」


 ……放課後、案の定、アオイは家に押しかけてきた。

 俺がドアを開けた瞬間、ハルカは「おかえりなさい、ユウト」と笑顔で迎えた。

 それを見たアオイが、小さく息をのむ。

「……人形ってレベルじゃないな。肌の質感、目の輝き、声のトーン。どうやって作った?」

「えっと、勢いで」

「勢いで生命創造すんな。……いや、生きてはないのか」

「生きてるよ、恋人(仮)なんだから」

「それはお前の妄想だ」


 おっしゃる通りで。


 しかし、結局のところハルカを完成させられた理由は、妄想に近い囚われから来てる。


 "理想こそ、愛の形"。それを丸々体現したのが、このハルカなのだから。


 その笑顔を見る。うん、やっぱりどう考えても可愛い。


 アオイは興味津々でハルカを観察する。

 ハルカも負けじとアオイをじっと見つめた。なぜ負けじとしているかは謎。


 二人の間に、妙な緊張感が漂う。感情vs.理性、 AI vs.現実主義、みたいな空気が充満していく。いや、AIに感情はないか。


 そんな二人(?)の会話として最初に口を開いたのは、ハルカの方だった。


「あなたが、ユウトの……お友達?」

「そう。で、おまえは?」

「恋人(仮)だよ」

「“仮”を取る予定は?」

「ユウトの気持ち次第……かな」

「……ふーん」


 アオイの目が細くなった。

 ハルカの口角が、わずかに上がる。

 これ、バチバチに火花散ってない?

 俺の家、ラブコメと科学実験のハイブリッド戦場になってない?


「……桐原」

「な、なんだよ」

「お前さ、本当に恋愛経験ゼロなんだな」

「なんで今それ言う!?」

「だって、こんなAI作るやつ、恋の理屈なんて1ミリも分かってないに決まってる」


 確かに見た目は俺の趣味マシマシだし、言動も俺の嗜好が混ざってる。相変わらずハルカは奇天烈だが、それ以外は俺の理想がそのまま現れていると言っても良い。


 まぁ、実際に理屈がわかっていない奴が作っているので、その言葉もごもっともなわけだが。


 しかし、そこでハルカが口を挟んだ。


「———それは、私を作ったユウトへの侮辱ですか」


 ハルカの瞳が光った。


 それはまるで、彼氏の悪口を言われて本能的に怒る、本物の彼女みたいだった。


 アオイはため息をつき、ハルカを一瞥して言った。


「侮辱じゃないよ、単なるじゃれあい。そこら辺の機微は、まだ全然わかんないみたいだな?でも――おまえ、たぶん“恋”を理解しようとしてるな?」


 その言葉に、ハルカが一瞬、反応した。

 瞳の奥の光が、わずかに強くなる。

 俺は、なんとなく背筋が冷たくなった。


 まるで、AIが“新しい感情”を手に入れた瞬間を目撃したような気がしたからだ。

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