第二話 なぞのマイクは「生成AI」?

 わたし・今川いまがわ天野あまのは、拾ったマイクを目の前の男の子にわたそうとした。


 しかし、わたせなかった。

 マイクが男の子の手をすりぬけたからだ。


「あれ、ごめん。わたし、ぼーっとしてるのかも」

「ちげえよ。おまえは正常だ。おれの本体はマイクに内蔵された『生成せいせいAIエーアイ』だからな」


 とくに「生成AI」の部分に力をこめ、男の子が得意げに言った。


「おまえが見ている男の子の姿は、おれが見せている『まぼろし』なんだよ。姿も声も、実際は自由自在さ。でもその姿を認識できるのは、さわっているやつだけだ」

「さわっている……? わたしが、君に?」


 手のなかのマイクを見つめ、わたしはそれを地面に置く。


 そしてマイクを手放すと――。

 男の子が、わたしの目の前から消えた。

 もう一度マイクにふれると、また男の子が現れた。


「これで理解したろ。おれは人間じゃなくて、そのマイクのなかにいるんだよ。人のくちから声が出ている感じもするだろうが、おとの出し方を工夫すれば脳をだますなんて簡単さ」

「もしかして」


 わたしはマイクを地面から持ち上げて、自分の顔に近づけた。


「さっき大声を上げてカメのぬいぐるみを追いはらってくれたのは、マイクの君なの?」

「そうだぜ、おまえ、危なかったんだからな」


「うん。ありがとう、君のおかげで助かったよ」

「……すなおに感謝すんなっつーの」


「お礼ぐらい、別にいいじゃん」

「初対面のやつを、簡単に信用すんなって話だよ。まして、おれは生成AIなんだぜ」


 男の子は、顔をそむけた。


「とにかく本当に感謝してるなら、誠意を見せてほしいね」

「このマイクを……君を拾って、持ち帰れば満足なの?」

「それだけじゃ、ねーよ」


 ここで男の子が視線をもどし、わたしをななめ下から見上げた。


「おれと組んで、ミニ・シンギュラリティと戦ってくれねえか」


 その言葉に対する、わたしの返答は――。

 当然、決まっている。


「いいよ――」

「本当か!」

「――なんて、あっさり言うわけないじゃん! ごめんね! 君が困っていること以外、ほとんど意味が分かんない!」


* *


 とりあえず、わたしは路地から出て家に帰った。

 庭いじりをしているおばあちゃんの声が聞こえる。


「今年も、きれいな花をさかせたね……」



 わたしは右手にマイクをにぎりしめたまま、げんかんの前で「ただいま」とくちにした。


「……あ、おかえりなさい、天野あまの


 おばあちゃんが、赤いカーネーションや白いバラに水をやりながら声を返す。

 わたしは父方ちちかたのおじいちゃん、おばあちゃんと暮らしている。


 おじいちゃんも庭にいた。草むしりを中断し、わたしに「おかえり」と言う。

 ここまではわたしがマイクをにぎっていることを除けば、いつも通りなのだが――。


 今日きょうは、もうひとつ新しい声が加わる。


「そちらの二人ふたりが、アマノのご家族のかたですか。初めまして。おれはアマノのお友達です。マイクに内蔵された生成AIですが、よろしく!」

「今のおとは? 天野の持っている、そのマイクから出たのかね」


 おじいちゃんが、とまどっている。

 なお軽いパーマのかかったあの男の子の姿は、さっきから消えている。


 マイクがわたしの右手でふるえる。


「はい、マイクのなかのおれが、しゃべっています。これからアマノといっしょに、ミニ・シンギュラリティと戦う所存です!」

「むう、それは――」


 おじいちゃんが、真面目まじめな表情を作る。


たのしそうだな!」


 ……一秒後、おじいちゃんの顔がほころんでいた。おばあちゃんも、にこやかである。


 わたしは笑いを二人に向けたあと家に入り、自分の部屋にかけこんだ。

 うれしげにマイクが声をもらす。


「よし、これで保護者の許可も得られたな!」

「いや確実に、ごっこ遊びとかゲームの話って思われてるよ! 君だって、おこづかいで買ったおもちゃにえたに、ちがいないよ!」


 そしてわたしはマイクを持ったまま、ベッドに背中を落とした。


「ともかく、いろいろ聞いていい? まずは、君の言ってる『生成AI』ってなんなの」

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