第4話 カンニングウォーズ




「麻耶ちゃん、今回の試験、イケそう?」


少し癖っ毛のある赤毛の女子生徒は、教科書を読んでいる眼鏡をかけた生徒に声をかける。


彼女は人差し指でそっと眼鏡のフレームを押し上げ、まるで何かを確認するかのようにレンズの奥を覗き込んだ。


「キチンと対策はしたよ。桜ちゃんは?」


「勉強はちゃんとやったけどさぁ、今回の試験、覚える公式多すぎ!」









​試験開始前の教室は、独特の緊張感に包まれていた。教室内には、生徒たちのわずかな息遣いと、参考書を閉じる音だけが響いている。誰もが言葉を発することなく、自分の机に向かい、最後の確認をする者、あるいはただ静かに開始を待つ者、その表情は様々だった。




そして教壇に木村先生がやって来た。非常に厳しい先生であり、生徒から恐れられているその顔には、一切の妥協を許さないという冷徹な決意が滲んでいた。



「さて、いよいよ試験だが、くれぐれも余計なことは考えるな」


木村先生の低い声が、静かな教室に響き渡る。その声には、あらゆる不正を見抜く自信が満ちていた。


「この教室には、お前たちの小賢しい手口を全て見破るための設備が整っていて、安易な発想も通用しない。隣のモニタールームには、常に複数人の教師が目を光らせていることを忘れるな」


教室内部には複数の監視カメラが設置され、生徒一人ひとりの動きを捉えている。生徒たちは皆、自分が監視されていることを意識し、余計な動きを慎んでいた。



「…それでは、試験を開始する」





​木村先生は、その高圧的な態度で生徒たちに恐れられる存在だった。彼の担当する試験では、カンニングは一切許されない。

しかし、生徒の中には、あの手この手で試験を乗り切ろうとする者たちがいた。




坂本洋介は険しい表情で、シャープペンを唇にペチンペチンと何度か当てていた。

問題が難しく、真剣に考えているかのような動き。


いや、違う。これは振りであった。本当の目的はペンを口元に当てることであった。





(普通に問題を解こうとする奴なんて、ただのバカ野郎なんだよ)



実はこのペンはカメラが内蔵されている。カメラで写された画像は電波で外にいるカンニング業者に送られる。問題を解いた業者は、彼が耳につけている超小型イヤホンに音声で送られるのだ。


(今どき、ネットで業者なんていくらでも見つけられる!こういったアイテムもいくらでも買えるんだよ!)



普通にペンのカメラで問題文を写そうとすると、何か怪しい動きになってしまう。


しかし、問題が難しい時にやりがちな癖のように見せることで、この行動を正当化しているのであった。


(この世はこうやって要領のいい奴が勝てるんだよ)





「そろそろ時間だな」


木村先生は腕時計で時間を確認する。生徒に向けて話す。


「愚か者たちは覚悟しておけ!!」




「うわぁぁぁ!!」


坂本の耳に高い金属音が鳴り響いた。突然の音に思わず声を上げる。坂本以外にも声を出して耳元を押さえる生徒が複数いた。


「これは妨害電波だ」


解説する木村先生はゆっくりと坂本に近づいてくる。


「小型の通信機を使ってカンニングする奴は多くてな」



「坂本!有村!山田!」


「カンニングしたな。お前たちはこれから懲罰部屋行きだ」



そう話すと教室の扉が開いた。サングラスをかけた黒いスーツの男たちは、カンニングをした生徒たちを連れ出していく。







(ネットなんか使うと履歴残るし、ハイテク製品って意外と簡単に対策できるわよ)


山本凛は木村先生の視線がコチラにないことを確認すると、素早く制服の袖をのぞき見る。彼女の制服には至る所に答えが隠されているのだ。



(確かにハイテク機器は便利だわ)


(でもね、弱点の多いハイテクより、確実さはローテクの方が上なのよね)


彼女はバレないように慎重にカンニングをする。そのために彼女は何回も練習したのだ。指先を器用に使い、制服の裏地を見る。


しかしその絶対的な自信がピンチを招いた。木村先生への注意を怠っていた。気がつくとすぐに近くにいたのだ。




しかし彼女は大胆な方法でピンチをしのぐ。




彼女はシャツのボタンを一つ二つ外した。左手で額の汗を拭い、右手でシャツの胸元をパタパタと仰いだのだった。

シャツの裏地にはビッシリと答えが書いてあるにも関わらず。



木村先生は他人に厳しかったが、己にも厳しかった。山本がシャツの胸元を開けて扇ぐ姿を普通に見ると、下着が見えてしまう。


高潔な木村先生は下着を見ないように目線を逸らす。彼女の計算通りであった。


大胆!木村クラスの試験官だと逆に気づかない。







しかし木村先生は気づけなかったが、気づいた者もいた。教室内に数多く設置されているカメラである。



隣のモニタールームでは複数の先生が監視している。試験室の木村先生が気づかない行動も、ここにいる先生たちが厳しい目で見ている。さらにそれだけではなかった。




AIである。



先生たちが気づかなかった生徒の怪しい行動を、今回から導入したAIは気づくことができたのであった。カメラに映ったシャツの中に文字が書いてあるのを発見したのだった。


山本凛を映したモニターに警告音が鳴り出す。モニターにはカンニングと疑われる彼女の行動を示したのであった。



「山本!お前、カンニングしたな」


目の前で木村先生が仁王立ちで宣言する。山本は何も言わずに項垂れた。皮肉にも彼女はハイテク技術に敗れたのであった。

彼女は教室の外へと黒服の男たちに連れ出された。






(山本凛が敗北したか)



鈴木智也は筆箱に仕込んだ鏡で後ろの生徒の解答を覗き見ようとする。答案を確認すると素早く解答を書いて、筆箱を閉める。


鈴木はただの古典的テクニックの使い手ではない。今度は消しゴムで前の席の桜の答案を覗こうとした。



これはただの消しゴムではない。


消しゴムの先にズームができるカメラが仕込んである。さらに消しゴムの紙ケースをズラすと、なんと小型ディスプレイがある。

このディスプレイではカメラで映した映像を見ることができるのだ。



(桜ちゃんは天然な女の子だけど、意外と勉強はできる娘なんだよな)




その時、前にいる桜が鈴木の方を見た。



(何!?)



その時、鈴木に電流が走る!


桜は鈴木の視線に気づいたのだった。鈴木は焦る。あの天然娘がコチラの視線に気づくとは。さらに桜は解答を見られないように、筆箱を置き直してガードしたのだった。



(なんと姑息な!)




鈴木はすぐにカンニング相手を変える。バレた以上は桜を覗くことは諦めるしかない。消しゴムをしまうと、筆箱の鏡を活用しようとする。


すると桜は突然、右手でピースをする。かと思うと次々と手の形を変えていった。鈴木は試験中の桜の行動に疑問に思うのであった。



(なんだと!?どういうことなんだ!?)



しかし次に覗いた相手も筆箱ガードをしていたのであった。

この鈴木の周りにいる生徒全員が、鈴木の方向に筆箱でガードしている。そして鈴木側にキツい目線を向けるのであった。



(まさかあれは!?ハンドサインだったのか!)



これは鈴木の視線に気づいた桜の作戦であった。


ハンドサインを使ってカンニングされていることと、カンニングをしている相手を伝えたのであった。




カンニングを防ぎたいのは先生だけではなかった。生徒の方でもカンニングは忌むべき行動なのだ。


真面目に勉強した自分たちよりも、カンニングした人の点数が高いのは許せることではなかった。


だから彼女たちは前もってカンニングされないように、お互いに伝達できるように簡単なハンドサインを伝えたのであった。


覗くことは叶わず、勉強せずにカンニング・テクニックばかり磨いていた鈴木は諦める他なかった。






試験終了の合図が響き渡ると、教室には重苦しい沈黙が降りた。真面目に試験に臨んだ生徒たちは、どこか安堵したような、しかし複雑な表情を浮かべていた。



「試験は終了だ」



木村先生は試験用紙を回収する。



「今回の試験で、不正を試みた者は全て見破られた。そして、真面目に努力した者が報われることを、君たちは証明してくれた」



彼の言葉には、厳しさの中にも、生徒たちの努力を評価する響きがあった。


教室に残された生徒たちの間には、どこか清々しい空気が流れ始めた。カンニングが発覚した生徒たちへの同情よりも、むしろ不正が許されないことへの明確な意識が共有された瞬間だった。


彼らは、自らの努力が正当に評価されることを知り、次の試験に向けて、これまで以上に真摯に学ぶことを心に誓った。



「懲罰部屋に行った者は二度と不正を働くことはなく、真面目に授業を受け、自らの力で学びに励むように、徹底的に指導する!」



木村先生の厳しさと、最新の監視システム、そして何よりも生徒自身の正義感が、この学校の試験から不正を根絶したのだった。







「麻耶ちゃん、試験終わったね」



鈴木の卑劣なカンニングに対処した桜が、眼鏡をかけた女子生徒へ声をかける。


「試験はどうだった?」


「結構できたと思うよ。思ってたより公式がスラスラと出てきてよかったよ」


「私も結構できたと思う」


「良かったねぇ。試験も終わったし、帰りに近くのパフェ屋に行かない?最近、あそこで新作のパフェが出たんだよ」


「パフェの気分じゃないかなぁ」


麻耶は窓から外の景色を眺める。彼女の眼鏡には、桜の言う学校近くのパフェ屋が映っていた。



「じゃあ、ちょっと遠いけど、紅葉通りのタピオカ屋に行かない?あそこも美味しいよ」


「じゃあ、そうしようか」


「そういや、麻耶ちゃん」






「眼鏡変えた?」







「また落書きですか?」


紅葉通りにあるパフェ屋の主人に、近所の女性が声をかけた。主人は店の落書きを必死に落としていた。


「そうなんだよ。最近、落書きが酷くてねぇ」


ここ数日間にわたって、何度も店に落書きされていた。その度に主人は落書きを消している。


「しかも今回は変な落書きでねぇ。学生が習うような公式ばかり書かれているんだ」






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