第5話 街に買い出しへ
午後の光が薬舎の窓を照らすころ、和井先生がふとミオに目をやった。
「ミオ、その服……孤児院のものかい?」
ミオが身につけているのは、黄ばんだ白のシャツと、膝に穴の空いたジーンズ。
彼女は少し恥ずかしそうに、うつむいた。
「はい。服がこれしかなくて……」
「そうか。じゃあ決まりだな。」
和井先生は優しく笑って、立ち上がった。
「弟子になった記念に、新しい服を買いに行こう。それに、天星薬舎には空いている部屋がある。寝具も机も揃っているから、今日からミオの部屋にしよう。
ついでに必要なものも全部、買い出しに行くぞ。」
ミオの顔がぱっと明るくなった。
「ほんとですか!ありがとうございます!」
そして少し不安そうに付け加えた。
「でも……先生、お金は大丈夫なんですか?」
和井先生は胸を張って笑う。
「もちろん。薬はタダで出してるけど、カモミールの茶葉や鉱山の鉱石を売ってるからね。ちゃんと稼いでるんだよ。」
「それなら安心です!」
ミオはうれしそうに頷いた。
二人は薬舎を出て、街へと向かった。
山道を抜けると、通りには人の声とパンの香りが漂っている。
孤児院では感じたことのない、あたたかな賑わいだった。
「まずは服を買おうか。どんなのが欲しい?」
「うーん……動きやすい服がいいです。」
「それなら、あの店がいいな。」
二人は若者向けの服屋へ入った。
壁一面に並ぶ色とりどりの服に、ミオは目を丸くする。
「これはどうだ?」
和井先生が手に取ったのは、ネイビーのカッターシャツと黒のスラックス。
「薬師らしくて、似合うと思うぞ。」
「シンプルで素敵です!これが欲しいです!」
ミオは頬を染めながら笑った。
「じゃあ、仕事着以外も選んでみよう。オフの日用だ。」
「それじゃあ……」
ミオは少し迷いながら、カラフルなパーカーと白いデニムスカートを選んだ。
「うん、いいな。それ、ミオによく似合う。」
その言葉に、ミオの頬がさらに赤くなった。
いくつかの服を選び終え、会計を済ませたあと、和井先生が言った。
「お腹も空いただろう?お昼にしようか。」
「はい!」
「何が食べたい?」
「えっと……外で食べるの、初めてで……」
「そっか。それならオレのおすすめにしよう。」
先生は軽くミオの肩を叩いて笑い、街の角を曲がる。
そこには、小さなハンバーガーショップがあった。
赤い屋根の下から、香ばしい匂いが風に乗ってくる。
「ここのバーガーは絶品なんだ。特に肉がいい!」
先生が嬉しそうに言うと、ミオも自然と笑顔になった。
店に入ると、店員の男性が声をかけてきた。
「おや、和井先生!今日は可愛いお連れさんと一緒ですか?」
茶化すような声に、先生は少し顔を赤らめた。
「ちがうちがう、彼女は新しい弟子だよ。」
「そうでしたか!それじゃあサービスしなきゃですね。」
店員がウインクをして、注文を取った。
「オリジナルバーガーを二つ。ドリンクは、オレがウーロン茶、ミオはオレンジジュースで。」
「かしこまりました!」
料理が届くまでの間、ミオはそっと言った。
「服を買ってもらって、お昼まで……ありがとうございます。」
「気にするなよ。初めての弟子だからな。」
先生は照れくさそうに笑った。
やがてテーブルに運ばれたハンバーガー。
ふっくらしたバンズの間から、肉汁がじゅわりと溢れ出す。
ミオはその香りだけで、胸がいっぱいになった。
「いただきます!」
一口かじると、温かな味が口いっぱいに広がる。
「おいしい……!」
ミオの声が震えた。
孤児院の質素なパンとはまるで違う、あたたかい味。
――あぁ、これが“幸せの味”なんだ。
和井先生は、そんなミオをやさしく見つめていた。
「気に入ったみたいだな。」
「はい!」
ミオは満面の笑みで頷いた。
食後、二人は日用品や食材を買い揃え、夕暮れの街を歩く。
オレンジ色の光が石畳を染め、風鈴の音が遠くで鳴った。
ミオの胸の奥で、何かが静かに温まっていく。
――“ここが、私の居場所になるかもしれない。”
その小さな決意を抱きながら、ミオは薬舎への道を歩き出した。
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