第16話 英雄剥奪計画

王都・ギルド本部地下。

外界の音が一切届かない石造りの部屋。


「議題はひとつ――リアンの処遇だ」


 レイモンドが静かに口を開くと、

 周囲の幹部たちは目配せした。


「脅威となる前に無力化すべきだ」

「いや、利用価値はまだある。手綱さえ握ればいい」

「その手綱が切れた場合は?」

「――処分する」


 冷徹な声。

 議論は“人”ではなく、“兵器”についてのそれだった。


「英雄という看板は危険だ。

 一度与えれば、民は簡単には手放さない」


「だからこそ奪うのだよ」


 レイモンドの口元が、不気味に吊り上がる。


「真実などいらん。

 大衆が恐れれば、それが真実になるのだ」


 決定は、静かに下った。

 少年の人生を壊すために。



同じ頃、リアンは依頼帰りの道を歩いていた。

単独任務。小型魔獣の討伐。

当然のように成功しても、胸は晴れない。


(俺は……何のために戦ってる?)


 強くなりたいという願いは確かにあった。

 でも今は、それより重苦しい感情が支配している。


――“自分は危険だ”

――“近づけば傷つける”


 そんな囁きが、夜風のように耳を撫でる。


「っ……!」


 胸に手を当てる。

 あの赤黒い力が、うっすらと滲む。


(制御できてる……はずだ

 でも――怖い)


 セリアの顔が浮かぶ。

 彼女だけは、離れていかない。

 それが、逆に怖かった。


(俺が――彼女まで傷つけたら?)


 その想像だけで呼吸が乱れた。



 王都中央広場。

 人々のざわめきは、以前とは違っていた。


「リアンって奴、最近見ないよな」

「危険だから隔離されてるんだと」

「やっぱり怪物なのか?」

「英雄?笑わせるなよ」


(俺の知らないところで……俺の話が動いてる)


 背筋が薄寒くなった。



 ギルド宿舎。

 セリアは食堂の隅で拳を握っていた。


「リアンのこと……皆、酷すぎる」


 声を荒げれば周囲の視線が突き刺さる。


「セリア、本部からの通達があった」

 仲間の一人が席に座り、小さく囁く。


「リアンを……監視対象にするって」


「そんなの……っ!

 彼は、人を守っただけなのに!」


「感情で動くな」

「現状、ギルドの判断は絶対だ」


「……私は納得できない」

 セリアはきっぱりと言い放った。


「もし世界が彼を拒むなら、

 私は世界を敵に回してもいい」


 静かだが、強靭な声だった。



 その夜。

 リアンは人気のない訓練場で、

 ひたすらに刃を振るっていた。


シャッ、シャッ!


 二本のダガーは確かに強く、速くなった。

 けれど、心は追いつかない。


(俺は……何になっていくんだ)


 英雄か。

 怪物か。


(どちらでもない……ただの俺でいいはずなのに)


 ふと、耳に声が届いた。


「――必死だな、リアン」


 振り返ると、

 黒い外套を纏った細身の男が立っていた。


「誰だ……?」


 男は笑い、仄暗い瞳を覗かせた。


「安心しろ。

 我々はお前の味方だ――英雄殿」


 その一言が、最悪の始まりとなる。



 薄闇の中に響く笑い声は、

 ギルド幹部のそれとも、

 民衆の嘲笑とも違う。


「英雄とは……

 孤独に喘ぎながら、

 誰にも理解されぬ力に縛られる存在」


 男は呪いのように囁く。


「だが――

 それは同時に選ばれし者の証でもある」


(選ばれし者……俺が?)


 甘い毒が意識を侵食する。


「力を恐れる必要はない。

 活かせばいい。

 お前のために――」


 男の眼が赤黒く煌めいた。


(お前の……ため)


 リアンは息を呑む。


 だが――その瞬間。


「リアンっ!!」


 全てを書き消すほど強い声が響いた。


 セリアが息を切らし、訓練場に駆け込んでくる。


彼女の手が震えていた。

その震えは――恐れではなく焦り。


「その人……離れて……っ!」


 リアンは見た。

 セリアの必死な瞳を。


 そして気づいた。

 本当に自分を見てくれているのは――


(彼女だ)



 黒外套の男が口角を吊り上げる。


「さて――幕は開いた。

 英雄剥奪の劇がな」


 その言葉を最後に、男は闇に溶けた。



 重い沈黙。

 震える呼吸。

 見つめ合う二人。


セリアの声はかすかだった。


「……お願い。

 リアンはリアンのままでいて」


 その一言が、

 少年の壊れかけた心を繋ぎ止めた。


(俺は……まだ俺でいていいのか)


 初めて、そう思えた。



――だが、世界は許さない。


陰謀は既に、回り始めている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る