第16話 英雄剥奪計画
王都・ギルド本部地下。
外界の音が一切届かない石造りの部屋。
「議題はひとつ――リアンの処遇だ」
レイモンドが静かに口を開くと、
周囲の幹部たちは目配せした。
「脅威となる前に無力化すべきだ」
「いや、利用価値はまだある。手綱さえ握ればいい」
「その手綱が切れた場合は?」
「――処分する」
冷徹な声。
議論は“人”ではなく、“兵器”についてのそれだった。
「英雄という看板は危険だ。
一度与えれば、民は簡単には手放さない」
「だからこそ奪うのだよ」
レイモンドの口元が、不気味に吊り上がる。
「真実などいらん。
大衆が恐れれば、それが真実になるのだ」
決定は、静かに下った。
少年の人生を壊すために。
◆
同じ頃、リアンは依頼帰りの道を歩いていた。
単独任務。小型魔獣の討伐。
当然のように成功しても、胸は晴れない。
(俺は……何のために戦ってる?)
強くなりたいという願いは確かにあった。
でも今は、それより重苦しい感情が支配している。
――“自分は危険だ”
――“近づけば傷つける”
そんな囁きが、夜風のように耳を撫でる。
「っ……!」
胸に手を当てる。
あの赤黒い力が、うっすらと滲む。
(制御できてる……はずだ
でも――怖い)
セリアの顔が浮かぶ。
彼女だけは、離れていかない。
それが、逆に怖かった。
(俺が――彼女まで傷つけたら?)
その想像だけで呼吸が乱れた。
◆
王都中央広場。
人々のざわめきは、以前とは違っていた。
「リアンって奴、最近見ないよな」
「危険だから隔離されてるんだと」
「やっぱり怪物なのか?」
「英雄?笑わせるなよ」
(俺の知らないところで……俺の話が動いてる)
背筋が薄寒くなった。
◆
ギルド宿舎。
セリアは食堂の隅で拳を握っていた。
「リアンのこと……皆、酷すぎる」
声を荒げれば周囲の視線が突き刺さる。
「セリア、本部からの通達があった」
仲間の一人が席に座り、小さく囁く。
「リアンを……監視対象にするって」
「そんなの……っ!
彼は、人を守っただけなのに!」
「感情で動くな」
「現状、ギルドの判断は絶対だ」
「……私は納得できない」
セリアはきっぱりと言い放った。
「もし世界が彼を拒むなら、
私は世界を敵に回してもいい」
静かだが、強靭な声だった。
◆
その夜。
リアンは人気のない訓練場で、
ひたすらに刃を振るっていた。
シャッ、シャッ!
二本のダガーは確かに強く、速くなった。
けれど、心は追いつかない。
(俺は……何になっていくんだ)
英雄か。
怪物か。
(どちらでもない……ただの俺でいいはずなのに)
ふと、耳に声が届いた。
「――必死だな、リアン」
振り返ると、
黒い外套を纏った細身の男が立っていた。
「誰だ……?」
男は笑い、仄暗い瞳を覗かせた。
「安心しろ。
我々はお前の味方だ――英雄殿」
その一言が、最悪の始まりとなる。
◆
薄闇の中に響く笑い声は、
ギルド幹部のそれとも、
民衆の嘲笑とも違う。
「英雄とは……
孤独に喘ぎながら、
誰にも理解されぬ力に縛られる存在」
男は呪いのように囁く。
「だが――
それは同時に選ばれし者の証でもある」
(選ばれし者……俺が?)
甘い毒が意識を侵食する。
「力を恐れる必要はない。
活かせばいい。
お前のために――」
男の眼が赤黒く煌めいた。
(お前の……ため)
リアンは息を呑む。
だが――その瞬間。
「リアンっ!!」
全てを書き消すほど強い声が響いた。
セリアが息を切らし、訓練場に駆け込んでくる。
彼女の手が震えていた。
その震えは――恐れではなく焦り。
「その人……離れて……っ!」
リアンは見た。
セリアの必死な瞳を。
そして気づいた。
本当に自分を見てくれているのは――
(彼女だ)
◆
黒外套の男が口角を吊り上げる。
「さて――幕は開いた。
英雄剥奪の劇がな」
その言葉を最後に、男は闇に溶けた。
◆
重い沈黙。
震える呼吸。
見つめ合う二人。
セリアの声はかすかだった。
「……お願い。
リアンはリアンのままでいて」
その一言が、
少年の壊れかけた心を繋ぎ止めた。
(俺は……まだ俺でいていいのか)
初めて、そう思えた。
◆
――だが、世界は許さない。
陰謀は既に、回り始めている。
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