第13話 故郷は歓喜か、それとも恐怖か
ブラッド・ウルフの群れを討ち取ったリアンは、夜が明けぬうちに村へ戻った。
肩には深い傷、全身は返り血にまみれ、息も絶え絶え。
だが確かに、村を救ったのだ。
それなのに――
村に戻った瞬間の視線は、祝いとは程遠かった。
(……見てる)
見知らぬ、いや。
知っているはずの人々が、異物を見る目をしていた。
怯えた子ども。
唇を噛む母親。
目を逸らす老人。
「ブラッド・ウルフを…たった一人で……?」
「本当に……あの子なのか」
「力が、強すぎる……」
ひそひそと。
小さな声が、刃のように心へ突き刺さる。
(俺は……村を守ったのに)
勝利は祝福ではなく、恐怖を生んでいた。
◆
村長が震える足で近づいてくる。
「英雄リアン・ヴェイルよ……感謝する」
一見すると称賛の言葉。
だが声音には、恐怖が混じっていた。
「だが……森が、今なお……呻いている」
「お前の中の“それ”が、呼び覚ましたのではないか?」
「俺の……せい?」
「もしそうなら――
お前は救世主ではなく災厄だ」
リアンの心臓が凍りつく。
(どうして……
どうして俺はいつも間違ってしまうんだ)
◆
人々の心理は複雑だった。
――命を救った英雄
――得体の知れない怪物
その二つが同時に存在し
揺れ続けていた。
称賛と嫌悪が渦巻き、表情に歪みが生じる。
(俺は英雄だ。そう言われた)
(なら……なぜ俺は、恐れられる?)
胸の奥で、白と黒が再び混ざり始める。
◆
背後から、すがるような声が飛んだ。
「リアン兄ちゃん!」
アデルが駆け寄ってきた。
涙をためた瞳。必死な表情。
「ありがとう……ほんとにありがとう……!
僕のお父さんを救ってくれて……!」
その言葉に、ほんの一瞬、心が温かくなる。
(守れた……確かに)
アデルは、リアンの血塗れの手を握った。
「怖かったけど……
でも、リアン兄ちゃんだって分かった!
だって、昔と同じ、優しい手だった!」
涙をぽろぽろ零しながら笑う少年。
その純粋さが、リアンの胸に火を灯す。
「ありがとう……アデル」
救われた。
たった一人に。
◆
だが――
アデルの母親が、叫ぶように彼を引き離した。
「触っちゃだめ!
その人は……化け物かもしれない!」
「っ――!」
その言葉が、リアンを奈落へ突き落とす。
笑みが、涙が、温かさが。
一瞬で奪われる。
手が凍る。
足元の地面が崩れ落ちる錯覚。
(俺は……
本当に怪物なのか?)
◆
遠く、王都では。
「成果あり、か」
レイモンドの口元が歪む。
「民衆は恐れる」
「恐怖は支配の最も強い鎖だ」
トラヴィスは拳を握り、唇を噛む。
「少年は傷ついている……!」
「英雄とは、傷つき流れた血の上に立つものだ」
議場の空気は冷酷に満ちていた。
誰も少年の涙など見ようとしない。
◆
リアンは、村の入口で立ち尽くしていた。
(英雄なのか?)
(怪物なのか?)
答えなど出ない。
ただ胸の痛みだけが答えだった。
「セリア……」
彼女に会いたい。
ただそれだけが、心を繋ぎ止める。
(俺は……何者なんだ)
夜の風が吹き抜けた。
少年は英雄へ歩み出していた。
しかしその影には――怪物の輪郭が、着実に育っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます