第13話 故郷は歓喜か、それとも恐怖か

ブラッド・ウルフの群れを討ち取ったリアンは、夜が明けぬうちに村へ戻った。

 肩には深い傷、全身は返り血にまみれ、息も絶え絶え。


 だが確かに、村を救ったのだ。


 それなのに――

 村に戻った瞬間の視線は、祝いとは程遠かった。


(……見てる)


 見知らぬ、いや。

 知っているはずの人々が、異物を見る目をしていた。


 怯えた子ども。

 唇を噛む母親。

 目を逸らす老人。


「ブラッド・ウルフを…たった一人で……?」

「本当に……あの子なのか」

「力が、強すぎる……」


 ひそひそと。

 小さな声が、刃のように心へ突き刺さる。


(俺は……村を守ったのに)


 勝利は祝福ではなく、恐怖を生んでいた。



 村長が震える足で近づいてくる。


「英雄リアン・ヴェイルよ……感謝する」


 一見すると称賛の言葉。

 だが声音には、恐怖が混じっていた。


「だが……森が、今なお……呻いている」

「お前の中の“それ”が、呼び覚ましたのではないか?」


「俺の……せい?」


「もしそうなら――

 お前は救世主ではなく災厄だ」


 リアンの心臓が凍りつく。


(どうして……

 どうして俺はいつも間違ってしまうんだ)



 人々の心理は複雑だった。


 ――命を救った英雄

 ――得体の知れない怪物


 その二つが同時に存在し

 揺れ続けていた。


 称賛と嫌悪が渦巻き、表情に歪みが生じる。


(俺は英雄だ。そう言われた)

(なら……なぜ俺は、恐れられる?)


 胸の奥で、白と黒が再び混ざり始める。



 背後から、すがるような声が飛んだ。


「リアン兄ちゃん!」


 アデルが駆け寄ってきた。

 涙をためた瞳。必死な表情。


「ありがとう……ほんとにありがとう……!

 僕のお父さんを救ってくれて……!」


 その言葉に、ほんの一瞬、心が温かくなる。


(守れた……確かに)


 アデルは、リアンの血塗れの手を握った。


「怖かったけど……

 でも、リアン兄ちゃんだって分かった!

 だって、昔と同じ、優しい手だった!」


 涙をぽろぽろ零しながら笑う少年。

 その純粋さが、リアンの胸に火を灯す。


「ありがとう……アデル」


 救われた。

 たった一人に。



 だが――


 アデルの母親が、叫ぶように彼を引き離した。


「触っちゃだめ!

 その人は……化け物かもしれない!」


「っ――!」


 その言葉が、リアンを奈落へ突き落とす。


 笑みが、涙が、温かさが。

 一瞬で奪われる。


 手が凍る。

 足元の地面が崩れ落ちる錯覚。


(俺は……

 本当に怪物なのか?)



 遠く、王都では。


「成果あり、か」

 レイモンドの口元が歪む。


「民衆は恐れる」

「恐怖は支配の最も強い鎖だ」


 トラヴィスは拳を握り、唇を噛む。


「少年は傷ついている……!」

「英雄とは、傷つき流れた血の上に立つものだ」


 議場の空気は冷酷に満ちていた。


 誰も少年の涙など見ようとしない。



 リアンは、村の入口で立ち尽くしていた。


(英雄なのか?)

(怪物なのか?)


 答えなど出ない。

 ただ胸の痛みだけが答えだった。


「セリア……」


 彼女に会いたい。

 ただそれだけが、心を繋ぎ止める。


(俺は……何者なんだ)


 夜の風が吹き抜けた。


 少年は英雄へ歩み出していた。

 しかしその影には――怪物の輪郭が、着実に育っていた。

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