第10話 英雄の矛先 ―それでも信じると決めたから―
王都軍本館――作戦会議室。
レイモンド将軍の指先が、地図上へ滑る。
その指先が止まった先は、リアンが生まれた辺境の村――アルド里。
「“森の心臓”周辺で魔獣の増殖が確認された」
「英雄リアン・ヴェイルに、討伐任務を命ずる」
その言葉に、室内にいた全員が息を呑む。
本来、未完成の英雄を単独で投入する事例など極めて異例だ。
「まだ制御は不完全です」
監視官トラヴィスが静かに異を唱える。
「だからこそだ」
レイモンドは不快げに言葉を切り捨てた。
「実戦の地で磨かせる。
英雄とは、戦場でのみ“完成”する」
その笑みは鋼のように冷え切っていた。
誰が見ても分かる――
これは試練ではなく、処刑だ。
◆
同刻。軍拘束施設。
リアンは任務命令書を前に、力なく立ち尽くしていた。
「……帰れるのか」
故郷へ。
だが、それは安息ではなく血の匂いを孕む帰郷。
心が揺れる。
しかしその奥に、一つだけ揺るがぬ願いがあった。
(セリアに……もう一度、会いたい)
この願いが、彼に歩む力を与えていた。
もはや希望は、それだけだった。
「リアン、行くのね……?」
背後から聞こえた声に、肩が震える。
振り返ると、そこには――セリア。
視界が一瞬、白くなった。
「どうして……来てくれなかったんだ」
声は震えていた。
心が、溢れていた。
「会いたくなかったわけじゃない」
「あなたを……傷つける存在になりたくなくて」
セリアの瞳は揺れていた。
その手は小さく、何度も何度も握り直されている。
「あなたは英雄。でもそれは……
誰かが決めた英雄なんて、私は嫌」
「私は、リアンを信じたいの。どんな時でも」
その言葉は、不器用で、真っ直ぐで、救いだった。
胸が痛い。
泣きたかった。
(信じてくれている……まだ)
ただそれだけで、彼はまだ自分を保てた。
「セリア……ありがとう」
言葉にした途端、魔力が静まっていく。
両腕の白と黒が穏やかに脈動した。
(俺は……まだ戦える)
◆
ギルド本部の奥、
薄暗い通路を一人の女が走る。
副団長レーヴェと、サポーターのミラ。
セリアの同志は、わずかに二人。
「本気で国に逆らうつもりかい?」
ミラが笑う。その笑みは苦い。
「逆らうんじゃない」
「リアンの心を、ただ守りたいだけ」
その声音には確かな決意が宿っていた。
「彼は、人間なのよ。
武器じゃない」
その信念を、もう誰にも折らせない。
◆
一方、英雄監視室。
リアンの任務情報を写す水鏡が揺れる。
幹部たちは沈黙しながら画面を見つめていた。
「英雄は国の顔。
見せしめにもなるということだ」
レイモンドが呟く。
「もう逃げ道はない」
「少年には、英雄であること以外を選ばせない」
その言葉は枷となり、
少年の運命に絡みつく。
◆
軍の車両が王都門を抜けていく。
リアンは振り返り、一つだけ言葉を置いた。
「絶対に、生きて帰る」
その言葉は誓い。
同時に、自分自身への命令。
彼はまだ幼い。
だが、もう決して弱くない。
彼の矛先は――
自分を奪おうとする世界そのものへ向けられていた。
たった一つ。
信じてくれる存在のために。
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