第5話 目覚める刃 ― 光と影の狭間で ―
夜が明けきらぬ灰色の黎明。
王都は静かで、しかし僅かな緊張を孕んでいる。
それは、まるで誰もが薄氷の上に立たされているかのようだった。
◆
独房の扉が、重く開く。
冷酷な鎖音が、リアンの手首を縛る。
「連行する。抵抗すれば拘束を強化する。」
無機質な声。
彼の存在をただ“危険物”として扱う声。
リアンは何も言わず、その一歩を踏み出した。
視線は虚空。
だが胸には、確かな炎が灯っている。
(セリアが信じてくれる限り、折れない)
その想いが、鎖の冷たさを忘れさせた。
◆
一方、ギルド上層部会議。
長さ数メートルの会議卓に、重役たちが集う。
「“黒の脈動”の報告は確かか?」
「はい。魔術師団による観測値は、いずれも異常。
少年の魔力は、制御可能な域を超えつつあります。」
「もはや放置できぬ」
「しかし――彼は国を救った英雄だ」
「英雄? 英雄が災厄へと堕ちた例など、歴史に腐るほどある」
冷たい嘲笑が、会議室を満たす。
そこに――
セリアが割って入った。
「――あなたたちは、何を恐れているの?」
「セリア殿……?」
「恐れるべきは、力そのものじゃない
――それを導く心よ。」
セリアの声は震えていた。
けれど一つ一つの言葉が、刃のように鋭かった。
「リアンは……そんな力に呑まれる弱い人じゃない。」
沈黙が落ちる。
だがその沈黙は、彼女を否定する静寂。
レイモンド将軍が、冷徹な視線を向けた。
「君の信頼が国家の安全を保障するのか。」
「……っ」
「答えられぬなら退くがいい。
我々は“英雄”を育てているのではない。
“災厄”を未然に排除しているのだ。」
セリアは拳を強く握り、唇を噛み締めた。
(リアンを一人にさせたら……
きっと彼は、自分を信じられなくなる)
◆
地下訓練場。
護衛に囲まれ、リアンは中央へ立たされた。
「魔力の自己制御を検証する。
成功すれば拘束は一時的に解除される。」
「……やるさ。」
リアンは瞼を閉じる。
心臓の鼓動を数えるように、ゆっくりと呼吸を整えた。
(全部――俺が守る)
光が、生まれた。
眩い純白の魔力。
それは希望の色だった。
「……評価に値する。」
監視官の一人が呟いた、その時。
黒が、割り込む。
白と黒が胸の内で激突し、
制御が一瞬乱れる。
「――っく!」
訓練場に揺らぎが走り、
周囲の者たちがざわめいた。
「見たか。あれが――」
「制御できていない……」
白い光が黒に染まりかける。
だがリアンは叫んだ。
「飲まれない!!」
力が収束し、光へと戻る。
床に膝をつき、息を荒げるリアン。
その眼だけは、強く前を向いていた。
「俺は、力を正しく使える。
証明してみせる。」
しかし――
ギルドは冷たく判断した。
「検証不十分。
監禁を継続する。」
「――なっ」
リアンの胸が鈍く痛む。
それは、失望ではない。
怒りでも絶望でもない。
信じてもらえないことへの、
静かな“悲しみ”。
◆
廊下の影から見つめる者がいた。
セリアだ。
「リアン……今は……ごめん」
爪が掌に食い込むほど強く握り、
震える声で、祈るように呟く。
(どうか、折れないで)
リアンは拘束に戻されながら、目を上げた。
遠く、彼女の姿が見える。
二人は、声を出さずに伝え合った。
『必ず』
『信じる』
ただそれだけの言葉を。
◆
王都の空は、どんよりと曇っていた。
光はまだある。
しかし雲の向こう――
深い影が広がっている。
英雄と災厄の境界線は、
あまりにも脆く、あまりにも細かった。
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