第5話 目覚める刃 ― 光と影の狭間で ―

夜が明けきらぬ灰色の黎明。

 王都は静かで、しかし僅かな緊張を孕んでいる。


 それは、まるで誰もが薄氷の上に立たされているかのようだった。



 独房の扉が、重く開く。

 冷酷な鎖音が、リアンの手首を縛る。


「連行する。抵抗すれば拘束を強化する。」


 無機質な声。

 彼の存在をただ“危険物”として扱う声。


 リアンは何も言わず、その一歩を踏み出した。


 視線は虚空。

 だが胸には、確かな炎が灯っている。


(セリアが信じてくれる限り、折れない)


 その想いが、鎖の冷たさを忘れさせた。



 一方、ギルド上層部会議。

 長さ数メートルの会議卓に、重役たちが集う。


「“黒の脈動”の報告は確かか?」


「はい。魔術師団による観測値は、いずれも異常。

 少年の魔力は、制御可能な域を超えつつあります。」


「もはや放置できぬ」


「しかし――彼は国を救った英雄だ」


「英雄? 英雄が災厄へと堕ちた例など、歴史に腐るほどある」


 冷たい嘲笑が、会議室を満たす。


 そこに――

 セリアが割って入った。


「――あなたたちは、何を恐れているの?」


「セリア殿……?」


「恐れるべきは、力そのものじゃない

 ――それを導く心よ。」


 セリアの声は震えていた。

 けれど一つ一つの言葉が、刃のように鋭かった。


「リアンは……そんな力に呑まれる弱い人じゃない。」


 沈黙が落ちる。

 だがその沈黙は、彼女を否定する静寂。


 レイモンド将軍が、冷徹な視線を向けた。


「君の信頼が国家の安全を保障するのか。」


「……っ」


「答えられぬなら退くがいい。

 我々は“英雄”を育てているのではない。

 “災厄”を未然に排除しているのだ。」


 セリアは拳を強く握り、唇を噛み締めた。


(リアンを一人にさせたら……

 きっと彼は、自分を信じられなくなる)



 地下訓練場。

 護衛に囲まれ、リアンは中央へ立たされた。


「魔力の自己制御を検証する。

 成功すれば拘束は一時的に解除される。」


「……やるさ。」


 リアンは瞼を閉じる。

 心臓の鼓動を数えるように、ゆっくりと呼吸を整えた。


(全部――俺が守る)


 光が、生まれた。


 眩い純白の魔力。

 それは希望の色だった。


「……評価に値する。」


 監視官の一人が呟いた、その時。


 黒が、割り込む。


 白と黒が胸の内で激突し、

 制御が一瞬乱れる。


「――っく!」


 訓練場に揺らぎが走り、

 周囲の者たちがざわめいた。


「見たか。あれが――」


「制御できていない……」


 白い光が黒に染まりかける。

 だがリアンは叫んだ。


「飲まれない!!」


 力が収束し、光へと戻る。

 床に膝をつき、息を荒げるリアン。


 その眼だけは、強く前を向いていた。


「俺は、力を正しく使える。

 証明してみせる。」


 しかし――

 ギルドは冷たく判断した。


「検証不十分。

 監禁を継続する。」


「――なっ」


 リアンの胸が鈍く痛む。

 それは、失望ではない。


 怒りでも絶望でもない。


 信じてもらえないことへの、

 静かな“悲しみ”。



 廊下の影から見つめる者がいた。

 セリアだ。


「リアン……今は……ごめん」


 爪が掌に食い込むほど強く握り、

 震える声で、祈るように呟く。


(どうか、折れないで)


 リアンは拘束に戻されながら、目を上げた。

 遠く、彼女の姿が見える。


 二人は、声を出さずに伝え合った。


『必ず』

『信じる』


 ただそれだけの言葉を。



 王都の空は、どんよりと曇っていた。

 光はまだある。

 しかし雲の向こう――

 深い影が広がっている。


 英雄と災厄の境界線は、

 あまりにも脆く、あまりにも細かった。

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