黒の残響 ― 森の外の罪 ―
第1話 追われる英雄 ― 森喰らいの烙印 ―
朝靄に包まれた王都エルファレスト。
その城壁の上空を、一羽の黒鴉が鋭く鳴き渡る。
まだ夜明けの色を引きずる空。
街路には人々のざわめきが戻りつつあるが、その中に潜む不穏なものに、誰も気づいてはいなかった。
王都ギルド本部――その最奥の会議室。
重い扉が閉じられ、内部には緊迫した空気が満ちていた。
「本当に間違いないのか? あの少年が……」
ギルドの壮年幹部が低く問う。
机の上に広げられた報告書には、黒い紋様の描かれた腕の絵と、血の月の下で暴走しかけた少年の姿が克明に記録されていた。
「『森喰らい』――古文書に記される災厄の器。
それが少年リアンの内に再現されたと断じるしかありません。」
魔術師団代表は震える声で答える。
彼らは誰よりも知っている。
それが何を意味するかを。
「――討伐対象に指定すべきだ」
その言葉に室内が固まる。
沈黙が重く落ちた。
「待て。彼は結果として森の異変を鎮めた英雄だ。」
「英雄? 笑わせるな。災厄の種を抱えて帰ってきた“危険物”だ!」
議論は割れた。
だが最終的に、一人の人物が静かに結論を告げる。
「捕獲し、拘束する。
力を暴走させれば処分する。
――これは人の国を守るための判断だ。」
決定が下されると同時に、王都の朝日は昇った。
それは一見、穏やかな光。
しかし――少年を包むのは、追われる影の始まりだった。
◆
一方、郊外の古い家。
リアンは目覚めたばかりの身体に重い疲労を感じながら、静かに窓の外を眺めていた。
手元には、例の二本のダガー。
淡く光る刃を見つめると、胸の奥に鈍い痛みが走る。
「……俺は、何者なんだ?」
英雄を夢見たはずだった。
幼い頃に見た、憧れの英雄譚。
セリアと競い合い、強くなると誓った。
それなのに。
あの夜、自分は確かに“あちら側”に触れた。
守るために振るった刃が、森と同じ脈動を求めた。
血の月に照らされ、暴走の淵で踊った。
「守れるって……本当に、言えるのか?」
自問しても答えは出ない。
ただ腕の下に潜む黒い記憶が、脈打つだけ。
コンコン……
扉が叩かれた。
驚いて振り返ると、セリアが立っていた。
その瞳は優しく、それでいて深い不安をたたえていた。
「大丈夫……じゃないよね。昨日のこと、全部……」
「あぁ。覚えてるよ。」
それが、より彼を苦しめた。
「リアン、あなたは――危険なんかじゃない。
あなたは、私が誰よりも信じる……」
言いかけたところで、家の外が騒がしくなる。
甲冑の重い足音。
ギルド兵士の声。
「少年リアンに告ぐ!
王都ギルドは貴様を拘束対象と認定した!
速やかに投降しろ!!」
現実が、無慈悲に侵入してきた。
「そんな……本気で……?」
セリアの声が震える。
リアンはゆっくり立ち上がった。
胸に手を当て、息を吸い込む。
「いいんだ、セリア。
――俺は、きっと間違っている。」
「違う! 間違ってなんかない!」
「でも、それを証明できるのは……俺しかいない。」
恐怖は、あった。
けれど――それ以上に、決意があった。
英雄を夢見た少年は今、
英雄であることを証明する戦いへと踏み出す。
扉に手をかける。
外の光が差し込む。
「俺は逃げない。
俺は……俺の強さが何のためにあるのか、示すんだ。」
血の月は消えた。
だが、試練の影は今、彼を追い始める。
英雄の道は――いつだって、孤独だ。
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