第5話 魔女とは
夜の見張りはカイ、私、エマ、レオの順番にやる。今は私の時間だけれど、近辺にグラオヴォルフが出たからか近くに魔物の反応がない。あまりにも暇だったので、土の壁を作っては壊してを繰り返していた。
「魔法の練習? 偉いね、ソフィ」
「エマ」
エマが起きたことは魔力感知でわかっていたけれど、話しかけられるまで気にせずにいた。
「まだ交代の時間じゃないと思うけれど」
「なかなか寝付けなくて、少しの間だけお喋りに付き合ってほしいの」
「……」
「あと、あの時の火魔法をもう一度見たいなぁって……駄目かな?」
私は仕方なく杖を置いて、右人差し指に魔力を集める。呪文や詠唱を唱えずに放つと、ろうそくほどの火が灯った。
「わあ! ソフィって本当は火魔法の使い手なの?」
「……」
「ソフィ?」
火をぼんやりと見ていたら、エマの頭が割り込んで来た。慌てて火を消してエマを押し戻す。
「この魔法は使わない方がいいと誰かに言われたことがあるような気がする」
「どうして? グラオヴォルフを追い払った魔法だよ?」
「あれは偶然。効いてはいなかった」
一瞬怯ませることには成功したけれど、逆に言えばそれだけだ。鋭利な毛を燃やすことはできなかったし、グラオヴォルフが逃げたのは謎の魔力を感じたからだろう。
「火は周りを傷つけるだけ。大切なものを守ることはできない」
「んー、それってソフィの考え? それとも誰かからの受け売り?」
「わからない」
自分でもなぜその言葉が出てきたのかわからず、内心首を傾げる。けれど、これだけは確かだ。
「今後殺傷を目的とした火魔法の使用は止める」
「生活魔法の範囲内だったら頼ってもいいの? 薪が濡れて火がつかないときとか」
「それは構わない」
「じゃあ、よろしくね!」
雨の日の火起こしが楽になる、とエマは鼻歌を歌いそうな顔で私の両手を握った。
「ところで、何の用?」
「へっ?」
「火の話だけではないでしょ。皆が寝ている間にしか話せない内容なんじゃないの?」
「……ソフィは何でもお見通しだなぁ」
エマは手を離し、真面目な顔で私を見た。
「ソフィは魔女のこと、どう思ってる?」
「おとぎ話に出てくる魔女のこと?」
「うん」
魔女とはエルフやドワーフなどといった種族の一つで、極めて高い魔法適性と長い寿命を持つのが特徴だ。女しかおらず、ほとんどの場合黒髪で生まれる。
魔女が歴史に姿を現したのは千年以上前のこと。ある日突然『災厄の魔女』が現れ、大陸ほぼ全土を黒い霧で支配した。
その霧を打ち払い、災厄の魔女を退けたのが後に『放浪の魔女』と呼ばれるようになる災厄の魔女の七女だ。
災厄の魔女が産んだ七人の魔女とその子孫達が人前に姿を見せることは減った。それでも森の奥深くや深い海の底、飢えた魔物が巣食う山、前人未踏の大地……人々が寄りつかないところには今も魔女が棲んでいるらしい。
国境付近では魔女の目撃証言があるけれど、国の中心に位置する王都やその周辺では魔女が姿を現すことはない。会ったことがないから、私にとって魔女はおとぎ話の存在だ。
「何とも。話したことも姿を見たこともないから」
「……あたしはあるよ、魔女に会ったこと」
「そういえば前に言ってた。『まじょさん』のこと?」
私がそう尋ねると、エマはぎょっとして口を押さえた。
「ふぇっ!? ど、どうしてソフィが知ってるの!?」
「最後に聞いたのはグラオヴォルフと遭遇した日」
「あぁ、確かに言ったかも……って、その言い方だと何度も聞いたように聞こえるんだけど!」
「エマの口は軽い」
「うぅ……まじょさんに『内緒にしてね』って言われたのにぃ」
頭を抱えて唸っていたエマだけれど「まぁいっか」と開き直ったように顔を上げた。
「これは後からまじょさんに聞いた話なんだけどね、あたしがまじょさんに会ったのは三歳の頃なの」
✻✻✻
外の世界を見たくてたまらなかったあたしは、孤児院の決まりを破って村の外に出た。野犬に追われて逃げているところを助けてくれたのが“まじょさ”んなの。真っ直ぐ伸びた黒い髪に濃い緑色の瞳の綺麗なお姉さんだった。
お姉さんの背中を必死に追いかけていたはずなのに、気がついたら森の中にいて、お姉さんはどこにもいなくて。帰り方もわからなくて泣いていたら、お姉さんがハンカチを差し出してくれたの。
自分は魔女とだけ名乗ったその人は、魔法であたしを孤児院まで送ってくれた。
あたしはその人にもう一度会いたくて何度も孤児院を抜け出したけど、村の近くには小さな森しかないし、まじょさんを知る人はどこにもいない。まじょさんと再会することなく二年が過ぎた。
その頃には自分がどうして必死になってるのか忘れちゃったけど、かつて自分を助けてくれた命の恩人を見つけたいという気持ちは変わらなかった。
ある日村の端っこにボロボロの小屋が建っているのを見つけて、あたしは興味本位で中に入ってみた。埃を被った床には丸やら三角やら色んな図形――まじょさんによると魔法陣らしい――が描かれていて、あたしはその中心に立ったの。そしたら足から何かが出ていくのを感じて慌てて足を上げようとしたけど、なぜか身体に力が入らなくなってその場に倒れてしまった。
気がついたら柔らかいベッドの中にいて、近くの椅子にまじょさんが座っていた。口の中が苦いのは、魔力回復薬を飲まされたかららしい。あたしが起動させたのは座標指定の転移魔法陣で、まじょさんの森に繋がっていたものだ。魔力枯渇に陥ったあたしは気を失い、まじょさんに助けられて事なきを得たらしい。初めて聞く言葉がいっぱいで理解できなかったけど。
二度も命を救ってくれたまじょさんに、あたしは弟子入りしたいと頼みこんだ。最初は断っていたまじょさんだけど、何度もお願いしたら渋々受け入れてくれた。
✻✻✻
「あの転移魔法陣は封印するから、と代わりに渡されたのがこれなんだ」
エマが懐から魔石のようなものを取り出して、私に手渡した。黒っぽい魔石に不思議な模様が刻まれている。
「魔術具の一種で、転移魔法の術式が刻まれてるんだって。それに魔力を流すとまじょさんが棲む森に転移ができるの」
「……何も起こらないけれど」
「いつの間にか文字が途切れてしまってね。今は使えないの」
魔力を流しても景色が変わらなかったので、エマに返した。
「ルドルフが孤児院に来た日の夜にまじょさんのところに行って、帰ってきたらルドルフに問い詰められたの。『どこに行ってたんだ』って。それ以来まじょさんには一度も会ってないんだ。今はどうしてるのかなぁ」
ルドルフは山で育ったからか、五感が優れている。エマがこっそり部屋を抜け出しても気づくだろう。
エマの語りが終わり、私達はしばらく薪の爆ぜる音に耳を傾けた。先に口を開いたのはエマだ。
「ねぇ、ソフィは魔女なの?」
「どうして?」
「黒髪だし魔力いっぱいだし魔法上手だもん」
「……私に魔女の血が流れているのは事実だと思う」
黒系統の髪を持つ者は魔女の血を引いているといわれている。私だけでなく、カイやヴェラットも少なからず魔女の血が流れているのだろう。
「だからといって、私が魔女であるという証明にはならない」
魔女の子どもが男だった時点で魔女でなくなる。血筋を
「魔女ではないと否定することもできないけれど」
私が魔女かどうか、結局は「わからない」。私にはエマ達に会う前の記憶がないのだから。
「自分が魔女でないことを願ってる」
「どうして? あたしはソフィが魔女でも嬉しいよ」
「……え?」
思わずエマの顔を凝視した。魔女の多くは国外追放か処刑されている。生きたまま火炙りにされた過去もあったという。
それなのにエマは、私が魔女でも良いの? 私は不要な存在なの?
不安になる私を見て、エマは太陽のような笑みを浮かべた。
「だってあたしにとって魔女は憧れの存在なんだもん。国外追放も処刑もさせない。ソフィが魔女でもそうでなくても、あたしは一生ソフィの味方でいるからね」
「……っ!」
彼女のその言葉は私の不安を解消すると共に、私の居場所がここだと教えてくれた。彼女の言葉を私は一生忘れないだろう。
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