第13話 かち色
窓の外では、雪が降っていた。
細かな粉雪が街灯に照らされて、空中で白く光る。
夜の図書館は、まるで時が止まったように静かだった。
紗世はカウンターの奥で、借りられた本の整理をしていた。
閉館まであと十五分。
人の気配はもうほとんどない。
ページをめくる音がして、顔を上げると、
一番奥の席に、美琴がいた。
毎週水曜の夜、必ず同じ席に座る人。
ひとりで来て、静かに本を読む。
紗世は、彼女の背中を見るのが好きだった。
淡いランプの光に照らされた、静かな横顔。
その空気は、冬の夜のかち色のように、深く落ち着いていた。
「美琴さん」
声をかけると、彼女がゆっくりと顔を上げた。
「もうすぐ閉館です」
「あ、はい」
微笑んで、本を閉じる。
その仕草がやけに丁寧で、胸が少し痛くなる。
「……また、水曜日に来ますね」
「いつも同じ時間ですね」
「はい。落ち着くんです、この時間」
紗世は頷いた。
窓の外の雪は、少しずつ積もり始めている。
街灯の下で白が青に染まり、夜が深くなる。
「この前の本、どうでした?」
「すごくよかったです。あの、ラストの手紙のところ」
「うん。あれ、私も泣きました」
「泣くんですね、紗世さん」
「意外ですか?」
「少し」
二人の間に、小さな笑いが生まれた。
図書館の空気が、ほんの少しやわらぐ。
「……ねぇ、美琴さん」
「はい?」
「いつも、誰かを待ってるみたいに見える」
「……そう、見えます?」
「うん」
「たぶん、待ってるんだと思います。もう来ない人を」
紗世は息をのんだ。
その声は穏やかだったけれど、どこか痛みを含んでいた。
「でも、こうして静かな場所に来ると、ちゃんと息ができるんです」
「……その人、すごく大事だったんですね」
「はい。今でも」
沈黙が降りた。
時計の針が、ひとつ音を立てて進む。
「紗世さんは、誰か待ってますか?」
「……たぶん、待ってます」
「どんな人?」
「優しくて、少し寂しそうな人」
美琴がこちらを見た。
視線が重なる。
ランプの灯りが二人の間を照らし、空気が少し震えた。
「それって」
「たぶん、あなたのこと」
美琴が小さく息を吸った。
雪が窓を叩く音がやけに大きく響いた。
時間が止まったようだった。
「……紗世さん」
「はい」
「ありがとう。そう言ってもらえるの、嬉しい」
「本当に思ってるから」
美琴は少し微笑んだ。
その笑顔は、冬の夜の青よりも、あたたかかった。
「また来週も、来ますね」
「うん。待ってます」
外に出ると、雪は静かに降り続けていた。
街全体が、かち色の夜に包まれている。
冷たい空気の中で、胸の奥だけが、確かにあたたかかった。
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