第4話 相談:さゆりさん(叔母)
さゆりさんは母の妹だ。母が10歳のときに生まれたのだという。
近くまで来るからお茶しよう、とメールがあって、駅まで迎えに行くと、なかなかお疲れの顔をしていた。
ひとまず駅ビルのチェーンのカフェに入る。ここは奢るよ、と言ってもらえたのでありがたくご馳走になる。
私はチャイにした。さゆりさんはかなりカロリーが高そうなホイップ多めのラテを注文した。
「さゆりさん、疲れてる?」
「色々あってね。カロリーでなんとか乗り切れるうちはカロリーに頼ろうかなって」
「お野菜も食べてね」
はあい、と言いながら、さゆりさんはずぞぞぞぞ、とホイップをストローで吸い込む。豪快だ。
「涼子ちゃんは最近どうなの?」
「最近かあ」
押し付けられた魔王の引き継ぎ先に苦慮しております、とはさすがに言えない。
「ちょっとしたボランティアを先輩から引き継いだんだけど」
「お、イイねえ」
「そろそろ辞めたくて、引き継いでくれるひとを探してるの」
「それって涼子ちゃんが探さなきゃいけないの?」
言われてみればおかしい気もする。
「涼子ちゃんはまだ経験無いかもしれないけど、バイトでも、会社でも、休みたいとか辞めたいって上に伝えると、代わりを探せ!って言われたりすること、結構あるんだよね」
「私も聞いたことあるけど、なら普通なんじゃないの?」
「それって違法なんだよねえ。『業務命令権の濫用』っていうんだけど、契約のなかで義務になっている範囲を超えた要求をするのは、普通にだめ」
「代わりを見つけないと破綻しちゃっても?」
「体制や仕組みのほうで吸収するべきことだからね」
そういうものか。違法だとしてもそういう要求が来る社会に出るのが怖くなってきた。
「だから涼子ちゃんは、働くならきちんとはじめからホワイトなところにするんだよ」
「さゆりさんは?」
さゆりさんは、うふふ、と不気味な笑顔を作る。
「ドがつくブラックだったんだけど、ようやく辞められたんだ。まだ色々未払いのものを貰ったり、色々勝ち取るまで頑張らないといけないんだけどね」
「うわあ、ダイジョブ?」
「辞められなかったらヤバかったかなあ」
そういって、またずぞぞ、とすする。お疲れ様である。
「だからね、しばらくはまだ時間が取れるから、またお茶してくれると嬉しいな」
「うん。もちろん」
「それでさ、学校どんな感じ?」
どんな感じと言われても。
「え、ふつう」
「学食で何が美味しいとか聞きたいな。普通の話がしたいの」
「うーん」
ふつう。ふつうのこと。あったか?あったわ。
「中学のときの先輩が同じ高校にいて、いまも勉強教えてもらってるの」
「いいじゃんいいじゃん」
「教えるのはうまいんだけどね」
「何か問題があるの?」
魔王をおしつけてきたんです、とはさすがに言えない。
「さっきのボランティア、その先輩に押し付けられたようなものなの。負い目で勉強教えてくれているみたいで」
「その先輩のこと、嫌い?」
嫌いだったら、もっと話は簡単だったのかもしれない。別にあの世界がどうなろうと、こちらに影響があるわけでもない。適当な相手に引き継いで、変な夢を見た、程度で終わらせればラクだったのかもしれない。
でも、加藤先輩がどう思うだろう、と思うと、できなかった。色々言っても、あのひとに、引き継いでもいいと思われたということが、割と嬉しかったのだ。
「嫌いじゃないから続けてたんだけど、先輩も卒業しちゃうし」
「その先輩のこと、好き?」
「……うん」
認めてしまえば、単純なことだった。
中学のときはただのいい先輩だったのに、魔王になってからこちら、一緒に行動することが増えて、もう加藤先輩のことが頭から離れなくなってしまった。
そうして、受験勉強に割く時間なんて、いくぶんかは本当だったけれど建前で、加藤先輩に会えなくなるなら続ける意味がなくなってしまうから辞めたかったに過ぎないという、自分の本心にも気づいてしまった。
そんな小物だったのに、魔王様と呼ばれて勤めを果たしているつもりでいた。吐きそう。
「いいねえ」
「そんな理由で始めて、そんな理由で辞めていいのかな」
「動機もきっかけも、続ける理由も辞める理由も、なんでもいいんじゃない?」
「そういうものなの?」
さゆりさんは、また、ずぞぞ、とすする。
「人によるけれど、面接とかでさ、志望動機を『お金のためです』なんて言うひとは、面白いは面白いけれど、重要な商談で話を綺麗にまとめる力がないってことでもあるんだよねえ」
「綺麗にまとめられたらいいの?」
「結局、何をして貢献できるか、というところなんだよ。で、できれば、うまくまとまったあとに、みんな幸せな綺麗なストーリーで頑張ったことにして、次に行くのがいい」
「みんな幸せ、かあ」
「こうなって良かった、と思えるかどうかだね」
こうなって良かった。先のことはわからなくても、先輩と一緒にいられる時間を得られて、良かったのかもしれない。
「ちゃんと、一緒にいられるうちに好きだって言っちゃったほうがいいよ」
さゆりさんは、遠い目をして笑った。
「うん。考えとく」
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