画面と共に共有された殺意

Time: 5min Key:『映』




「――というわけで、今月の数字はこれでフィックスです」


 月曜、朝十時。

 画面越しに聞こえる部下の声は、どうしてこうも眠気を誘うのだろう。


 モニターに並ぶ顔、顔、顔。

 死んだ魚のような目の部下たち。常に胃痛を訴える顔色の悪い部長。

 その中で、唯一「完璧」なライティングで映し出されているのが、私だ。


 三十代半ばでの課長昇進。

 理由はシンプル。仕事が速く、余計な情を挟まず、リスク管理が徹底しているから。

 私の辞書に「想定外」という文字はない。

 だからこそ、この生産性の欠片もない定例会議ですら、私は一分の隙もなく演じ切る。


「ところで、佐々木係長はどうした? 繋がってないようだが」


 部長が不機嫌そうに眉を寄せた。

 私は眉一つ動かさず、滑らかにミュートを解除する。


「ああ、佐々木さんなら朝イチで連絡がありましたよ。急な発熱だそうです。このご時世ですし、無理はさせられないので休ませました」


「……そうか。病欠か」


 部長の声色が、わずかに変わった。

 疑念を含んだ、粘り着くような響き。


「おかしいな。佐々木の奥さんから、朝、会社に電話があったんだが」

「奥様から、ですか?」

「ああ。『昨夜、課長の自宅に相談に行くと言って出かけたまま、夫が帰ってこない』とな」


 会議室の空気が、ピリリと張り詰めるのがわかった。

 部下たちの視線が、一斉に私に集まる。


 なるほど。そう来たか。

 だが、想定の範囲内だ。


「ああ、はい。確かに昨夜、『不正経理の件で相談がある』と連絡は来ました」


 私は淀みなく嘘を重ねる。事実は混ぜるが、核心は隠す。


「ですが、私は断りました。自宅で仕事の話はしたくない主義ですので。結局、彼はウチには来ていませんよ。どこかで飲んで潰れてるんじゃないですか?」


「……本当に、来ていないんだな?」

「ええ。玄関のチャイムも鳴りませんでしたし、会ってもいません」


 私の完璧な切り返しに、部長は押し黙った。

 証拠はない。私が「会っていない」と言い張れば、それまでだ。


 佐々木が連絡してくるはずがない。

 彼は今頃、深い、深い眠りの中だ。

 

 小賢しくも私の横領の証拠を握り、自宅まで押しかけてきた哀れな部下。

 騒ぎ立てる彼を、私は昨晩のうちに適切に処理した。

 

 今はまだ、ガレージの車のトランクに押し込んであるだけだが、死人に口なし。

 あとは彼になりすまして退職願を送り、週末に痕跡を消せば、完全犯罪が成立する。


「……わかった。では、会議を進めよう」


 部長が渋々といった体で頷いた。

 勝った。

 この場さえ乗り切れば、私の勝ちだ。


「では、次の資料。画面共有します」


 私は手慣れた動きでクリックする。

 瞬時に、私のPCのデスクトップ画面が、参加者全員のモニターへとクローンされる。


 ここにも抜かりはない。

 デスクトップは、その人間の精神そのものだ。

 塵一つない、清潔な画面。

「身の潔白」を証明するかのような、整然とした空間。


 プレゼン資料を展開し、私は淡々と、しかし抑揚をつけて説明を始めた。

 売上のグラフ、来期の予測。

 

 完璧だ。

 私は佐々木と「会っていない」。

 私の家には「何も来ていない」。

 その設定を、この完璧な仕事ぶりで裏書きするのだ。


 高揚感が胸を満たしていく。

 私は支配者だ。

 このデジタルな空間も、現実の事態も、すべて私の掌の上にある。


 その時だった。


 

 

 

 

 ピコン。


 軽快な、しかし場違いに明るい通知音が、ヘッドセットの奥で鳴り響いた。

 同時に、共有されている画面の右上に、長方形のポップアップバナーが滑り込んでくる。


 チッ。舌打ちを噛み殺す。

 通知の同期を切り忘れていたか。

 だが、慌てるほどのことではない。どうせニュースアプリの速報か、たわいないスパムメールだろう。


 私は話を続けようとした。

「えー、つきましては、来期の……」


 言葉が続かない。


 画面上の部長の表情が、凍りついているのに気づいたからだ。

 眠そうだった部下たちが、カッ!と目を見開き、息を呑んでいるのがわかった。


 画面共有は、続いている。

 私の清潔なデスクトップの右上に、その通知は黒い染みのように居座っていた。


 私のスマートフォンと同期された、大手通販サイトからの「発送通知」だ。


 普段なら、何を買ったっていい。本でも、服でも、食品でも。

 DIY用品だって、「趣味なんですよ」と笑って済ませられる。


 だが。

 状況が悪すぎた。


 私はさっき断言したばかりだ。

「佐々木とは会っていない」

「何もトラブルなどない」

「やましいことなど何一つない」と。


 なのに。

 昨日の夜中、私は焦っていた。

 トランクの中身を「物理的に消去」するために必要な道具を、最短納期で、しかも「まとめて」注文してしまっていたのだ。


 会議室の空気が、真空になったように静まり返る。

 私の声だけが、無様に上擦って響いた。


「あ、いや、これは……違っ……」


 誰も聞いていない。

 全員の視線が、そのバナーに羅列された文字列に釘付けになっている。


 佐々木が家に来ていないなら、なぜ「これ」が必要なのか。

 その答えは、あまりにも明白だった。


 消えない。

 消せない。


 その文字は、私がひた隠しにしてきた「殺意」と、これから行う「解体計画」を、あまりにも雄弁に語っていた。






『配送状況の更新:Amazonより』


『以下の商品がまとめて発送されました』


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