ミュートの向こう側


「――というわけで、ここのネームの3ページ目なんですが、もう少し読者の視線誘導を……」


液晶モニターの向こう側で、編集者の田中さんが熱心に語っている。私は漫画家という職業柄、顔バレはしたくない。今日も私の枠は、自作キャラのアイコンが表示されているだけだ。一方、田中さんは律儀にカメラをオンにしている。


(あー……頭痛い……)


昨晩、久しぶりに泊まりに来た母と、つい飲みすぎた。 仕事に集中するためと親を説得して始めた一人暮らし。万が一のために母にだけ渡してある合鍵で、彼女はたまにこうして陣中見舞いに来てくれる。





「ご飯の材料、買ってくるからね!」


そう言い残して母が出て行ったのは、会議が始まる少し前。私はちゃんと玄関の鍵をかけたはずだ。


「……という流れでいかがでしょう、先生」 「あ、はい。すごく良いと思います。それで進めます」


重い頭でなんとか返事をする。打ち合わせ自体は順調に進み、あとは雑談フェーズに入っていた。


「そういえば先生、最近ハマってるっていう例のソシャゲですが……」


田中さんの趣味の話が、子守唄のように聞こえてくる。大丈夫、アイコン参加だから寝顔を見られる心配はない。まぶたが重い。意識が……。





「……というわけで、この前の件、本当にすみませんでした!」


数日後。私は電話で田中さんに平謝りしていた。 あの後、私は見事に寝落ちしてしまったらしい。


「いえいえ、お疲れなんですよ。締め切り前でしたし」 と、田中さんは笑って許してくれたが、少し歯切れが悪い。


「あの、先生。そういえば一人暮らしって仰ってましたけど、どなたか来客があることでもあるんですか?」 「え? ああ、母くらいですよ。ちょうどあの時も泊まりに来てて。それが何か?」 「そうですか。あれ? お父様とか、来られたりします?」 「父ですか? いえ、単身赴任でずっと地方なので」


「……おかしいな……」


電話の向こうで、田中さんが本気で困惑したように黙り込む。


「田中さん?」


「あ、いえ……。この前、先生が通話しながら寝てしまったときですよ」


「はい」


「私が『先生ー? おーい』って何度か呼びかけた後、先生のPC(パソコン)側で、誰かが操作したみたいで」


「『すいませんね。寝てしまったようなので本日はこれで切らせていただきます。』」


「って、通話を切られたんですよね」







「男性の声で」

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