第8話 ちぎれて、また繋がって


「毎日、電話するから。」


「うん。またぜったい、大学で会おうね。」



 蓮と離れるその日、不安がなかったわけじゃない。


 それでも、わたしにとっては初めての、たったひとつの、何があっても揺らがない、わたしだけの恋だったから。

 この好きな気持ちさえあれば、離れてもきっと大丈夫だと信じていた。


 蓮の今度の転校先は北海道だった。

 わたしの地元はほんとうに田舎で、空港なんてもちろんない。

 高校生がなかなか簡単に会える距離ではなくなってしまった。


 その代わり、わたしたちは、約束をした。


 来年の春、関西の同じ大学に行くということ。


 蓮の志望は心理学部

 わたしは幼児教育学部

 しかも軽音サークルもある!

 そんなミラクルな大学をふたりで見つけたのだ。


 試験はこれからが大詰めだけれど、きっと二人なら大丈夫。



「あと数ヶ月お互いにがんばって、必ず大学で会おうね。


 ほんで、またぜったいに、一緒に音楽しよう。」


 最後にもう一度約束をして、どちらからともなく、強く強く、抱き合った。



 ホームに消えてゆく少しなで肩な彼の背中を、見えなくなるまで手を振って見送った。



 涙は最後の最後まで必死に堪えた。


 だってこれは、永遠のさよならじゃないから。

 そう、自分自身に必死に言い聞かせて。






 まさかそのまま、彼と連絡を取ることができなくなるなんて


 この時は誰も知る由もなかった。




 ───




 蓮とバイバイした次の日の朝。

いつもは早起きの彼からのモーニングコールがないことに不思議がりながらも、

わたしから電話をかけると、耳を疑うような機械音が鳴った。



『おかけになった電話は現在使われておりません─…』




 悪い夢だと思った。

 訳が分からなかった。


 昨夜までは繋がっていたはずの電話。

 いつも通り『おやすみ、また明日』で終わっているLINEのトーク画面も、まったく反応がない。


 確かに一緒の大学に行く約束はしたけれど、それまで連絡がとれなくなるなんて、こんなのこれっぽっちも聞いてない。


 もう一度会えるまで、たくさんたくさん一緒に支え合って、いっしょにがんばろうって話したやん。


 あの大真面目な蓮が、こんな無責任なことするはずない。

 きっと何かの事情があったんや。

 もしかして、彼の身に何かあったのかもしれない。


 必死に誰かのツテで蓮の様子がわからないか いろんな人に聞いてみたけれど、秘密主義であんまりわたし以外の人と付き合いがなかった彼や彼の家族との繋がりを見つけることは、高校生のわたしにはできなかった。



 きっと何かの事情がある

 きっとまた、蓮からの連絡がある

 始めはそう思って、自分を奮い立たせて、蓮のいない日々を必死に生きようとした。


 それでも、それでも、

 容赦なく訪れる寂しさと虚しさ

 過酷な試験勉強の中で

 わたしの心は何度も何度も折れそうになった。


 あの日に我慢した涙は、今ではもう泣きすぎて、泣きすぎて、もうカラカラに枯れたっていいくらいなのに、

 なんでやろ。まだまだ涙溢れてくるよ。止まらんよ。


「泣き虫」

 そう言って意地悪に笑いながら、頭撫でてよ。



 思い出すのは、幸せだった時間ばっかり。


 不器用なあなたと過ごした、ぜんぶが初めての、わたしの宝物やったんやから。



 一緒に過ごしたあの日々は何やったん?


 蓮にとってのわたしは、何やったん?


 こうなるんやったら、こうなってしまうんやったら、あの時なんでキスしたん?

 なんで好きって言ったん?



 蓮とのかけがえのない時間、大事な思い出たち、蓮の想いを疑いたくないのに、そんな黒いモヤモヤばかりがわたしを覆った。




 それでも、もはやここまで来たら意地や!と思って、試験勉強はめちゃくちゃがんばった。



 だってただそれだけが、もう一度彼と会えるかもしれない、わたしに残されたたったひとつの道だったから。





 ───



 時は経ち、春。


 わたしは晴れて、連と約束していた大学に合格し、入学式を終え、新学期を過ごしている。



 入学式では人が多すぎてどうしてもわからんかったけど、もしも、蓮がほんとうにこの大学に来とったら… 当たり前やけど、必ず、わたしに会う目的のはずやから。


 そう思って、あの日の面影を必死に思い出しながら、毎日の授業の合間に彼と似ている人を探した。



 来ているとしても学部が違うし、なかなか教室が被ることもなく、数日は虚しい日々を過ごしたけれど、ついに待ちに待っていたサークルの開放日が来た。


「ここで会えんかったら、もう諦めろってことやと思おう。」


 独り言をぽつりと呟き、ドキドキする胸を深呼吸でなんとか落ち着かせながら、意を決して、軽音サークルのドアを開いた。




「……蓮」


「……くる」



 わたしを『くる』と呼ぶのは、あなたしかいない。


 そこには、まるで別れたあの日のままを切り抜いたような彼が立っていた。

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