エアリーブルー

第1話 優しい青に恋をする


 想いも 涙も 枯れ果てたあの夜からずっと


 もうきっと、

 他の誰かに恋をする日は来ないと思っていた。


 あなたの優しい青に胸を焦がし、

 逸る鼓動が身体全体に響き渡った


 あの瞬間までは。








 ────



「さゆり先輩…?」


 聞き覚えのない名前を呼ばれて見上げた先には、透き通った青色の髪をした美しい青年が、確かめるようにおずおずと、こちらを見ていた。


 どことなく、誰かに似ている。

 そうや、昔憧れとった女性の先輩や…


 そんなことを思いながら、思わずその人を凝視してしまう。


「やっぱり!

 ロンドンはどうですか?

 服作りは今も順調ですか?

 フルートも相変わらず楽しんでます?」


 人違いに気づかずに話し続けるその人は、えらく整った顔立ちをしていた。


 男の人…やんね?


 思わず女性だと思ってしまうくらい中性的で、とても繊細な美しい顔立ちのその人に、わたしは素直に見とれた。


 サラッと流れた青い髪から覗く色素の薄い目元は ハッキリとは見えないがなんだか妖艶で

 神秘的な程の肌の白さがその魅力をより一層に引き出しているように思う。


「…さゆり先輩?」


 わたしの返事がないことを不思議そうに覗き込む彼の気配に気づき、イケメンの至近距離での眼差しに必死に耐えながら、急いで訂正をする。


「あの…人違いかと思います。

 わたしの名前、来泉くるみです。

 今年入ったばかりなので、先輩?の先輩とは違うかと…」


「あぁっ そうか!よく見たら全然違うね!?

 ごめんね、ゆっくり服見てくれてたのに、僕の勘違いで邪魔をしてしまって…」


 人違いに気づいて狼狽える先輩がなんだか可愛らしくて、自然に笑みが漏れる。



 うちの大学の学祭では、申請をすれば個人でも展示ができる。


 青い髪の先輩…

 3回生の零司れいじ先輩は、学生ながらも和服と洋服のリミックスした独自のブランドを立ち上げており、毎年 学祭では展示会を行っているらしい。


 わたしと雰囲気が似ているらしい『さゆり先輩』は去年卒業された方で、同じく独自の服飾ブランドを持ち、イギリスに留学。

 零司先輩とは服作りの話でよく盛り上がっていたらしい。


「さゆり先輩は服作りに一切手を抜かへん人でね。

 プライドも人一倍高い人やったけど、趣味のフルートもものすごく上手で。オンオフの使い分けが秀逸やった。僕の憧れやったんよね。」


 わたしに似ているらしいその人を思い浮かべる零司先輩はとても幸せそうで、先輩にこんな顔をさせる『さゆり先輩』が単純に羨ましくなる程だった。


「そういえば、わたしも零司先輩を見た時、昔憧れとった先輩に似とる!って思ったんです。」


「え!?そんなことある??」


「その人、女性なんですけどね。(笑)」


「ああ〜! それはよく言われるわぁ。(笑)」


 なかなかないシンクロニシティが素直に嬉しい。

 初めて会ったのに、お互いに憧れの人に似ていたからか、全くそんな気がしない。



「ここの服、気にいってくれたん?」


 軽い世間話で盛り上がった後、

 先輩の、優しい青っぽい瞳が わたしの顔を覗き込む。


 何気ない会話の中でも、ふと、先輩の美しさに見とれていた自分に気づく。

 我に返って勝手に照れながら、必死に言葉を紡ぐ。


「…っはい!

初めてお見受けしたんですが、素材とディテールがすごく好きです。

 先輩がひとつひとつこだわって大切に作られているのを感じられて、本当に素敵です。」


 ズラーッと並べられている服はどれも白を基調とした洗練されたデザインのとても美しいものばかり。


 わたしの他にも性別や年齢を問わずたくさんの人が見に来ていて、中には学生ではない一般の方や子どもたちもいる。



「…愛されてるんだなぁって、伝わってきます。

 先輩の服たちが。」


 思わず微笑んで、しばらく先輩の服を眺めていると、自分の頭にふわりと温かな温度を感じた。


 …あれ?わたし、今、撫でられてる?


「くるみちゃん… やっけ。

 ありがとう。ほんまに嬉しい。」


 優しい音色と 優しい温もりが ほぼ同時にわたしを包んだ。


 青くて長めの前髪がふわりと動いて、ひどく透き通った瞳と目が合った。




 大学1回生の秋

 わたしが恋に堕ちた瞬間だった。



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