第22話 お出かけ2
アレクシス殿下のエスコートで馬車を降りると、眼の前に人々の活気が満ちていく。東地区の市場だ。
私たちの制服姿は少し目立つけど、特に気に留めて見てくる人はいないみたい。さっそく五人で街に繰り出そう……あれ? アレクシス殿下と私は歩き出したけど、あとの三人はちょっと離れて後ろを歩いてる。どうしたのかな。たぶん他にも隠れて護衛がついてきているだろうから問題はないのだけど。
「一番の目的は茶葉だとおっしゃっていましたが、他にも目的が?」
「ああ。ここはラースロー帝国から近いからか、最近妙に帝国の商品が増えているんだ。その品目を確認したいから手伝ってくれるかい? 女性向けの商品などは詳しくなくてね」
それで女性の視点が欲しいとおっしゃっていたのですね。化粧品やアクセサリーなどでしょうか。
「けっこう人通りが多いね。はぐれるといけない」
そう言って手を出してくるアレクシス殿下。
「え、ええ。そうですわね」
そうよ? はぐれるといけないのよ? そんな言い訳をしながらおずおずと伸ばした手を、優しく握るアレクシス殿下。その微笑みが眩しくて、直接顔を見れなくて、アレクシス殿下の袖の皺を数えながら歩いた。
まず私たちは茶葉を売っている食品店に入ったわ。ざっと見回ったところ、例の茶葉は置いてないようね。
「店主、最近めずらしい茶が流行っていると聞いたのだが、あるかい?」
アレクシス殿下が高齢の店主らしき人を呼び止めた。
「へえ、っと貴族さま。ええ、帝国から変わった茶葉が入ってきていたのですがね。つい最近、お上の方から差止められちまいまして。なんか問題があるらしくて売れなくなっちまったんでさあ」
とくに隠し事をしている様子も無さそうだし、禁止令はしっかり浸透しているようね。
他にも数店回ってみたが、販売している店は無かった。
その代わり、調味料や小麦粉など食品類は帝国産のものが多くなっているようだ。
他にも、衣料店などは特に帝国からの輸入品が多く、化粧品なども増えているみたいね。冒険者向けの店にも行ってみたけど、武器や防具、ポーション類などで帝国産のものは、逆にほとんど無かった。
「あまり嵩張らない、日用品などが多いようだね。冒険者向けの商品は大きいものが多いから運んでこないのかな」
「でもそれだと、わざわざラースロー帝国から行商に来てもあまり儲けにならないですよね」
ひととおり流通の状況が見えてきたものの、それが何を示しているのかがまだ不確かだ。もう少し調べるため、今度は北寄りの、やや富裕層向けの商業区にも行ってみることになった。
商業区に着くなり、しゅびっとトゥーリ様が店に駆け込んだ。
見ると、そこは書物を扱う店だった。うん、ぶれないね。トゥーリ様を追いかけて私たちも書店に入ることにした。
この世界の書物は高価だけど、光魔法を応用して転写する技術が開発されてから、庶民でも頑張れば買えるくらいの値段には落ち着いてきた。なので街中の書店でもそれなりの品揃えになっている。インクを使用していないので、前世のような本屋独特な匂いがしないのが少し残念かも。
「帝国の著書のものもちらほらあるけど、以前からある有名どころばかりですね」
「へえ、詳しいね」
アレクシス殿下に褒められたけど、普段からトゥーリ様に散々うんちく聞かされてるから、知らないうちに知識が身についていたみたい。
「新刊の方も見回ってみましょう」
最近発売された書物、つまり入荷したての本を確認したところ、帝国の著書は見当たらなかった。どうやら流通の変化に書物は対象外のようだ。そう結論付けた頃、トゥーリ様が満足げに精算を終えた書物を両手に抱えてやって来た。
「おいおい随分買い込んだな」
「あれ? それだけなのですか?」
ジーマと私たちでは真逆の感想を抱いたようだ。
「さすがに殿下と同行しているわけですから、遠慮して控えめにしましたよ」
よく我慢したねえ、とマッキー様と二人で褒めてあげた。ジーマは呆気にとられていたけど。
ジーマに運んでもらって、一旦馬車に置いておくことに。
「一体何を買ったんだ? どれどれ……、『眠り姫と王子の口づけ』、『実録! ドレイグ戦役』、『最新カフリンクス図鑑』、『いさましいちびの悪役令嬢』。恋愛小説に歴史書にファッション誌に児童書って……。雑多すぎるだろ!」
トゥーリ様って守備範囲も広いのよね。
「アレクシス殿下。これミエセス殿下が読みたがっていたやつ、渡しといて」
トゥーリ様が『眠り姫と王子の口づけ』をアレクシス殿下に手渡している。王子殿下にお使いさせるなんて。さっき褒めた分返して! アレクシス殿下もにこやかに了承しないで! あとミエセス殿下いい趣味してるな。
その後、家具や工具などの大物商品、魔道具店、富裕層向けの商会などを渡り歩いてみたものの、帝国の商品は通常通りで、極端に増えたものは無かったようだ。
「特に庶民向けの、価格の安いもの、嵩張らないものが増えているようだね。おかげで概ね把握できたよ。後は最後にあそこに寄ってみようか」
アレクシス殿下が指をさしたのは、装飾店だった。
店内はなかなかにきらびやかで、店員もよく教育されているのか行き届いている。商品も質が良さそうだ。帝国での有名どころは、アレキサンドライト、クンツァイト、ジルコンあたりだったかな。それらの数は多くないみたい。どれが帝国産かは一概にいえないけれど、おそらくここも増えてなさそうだ。
「リズリー嬢、気に入ったものはあるかい? 良かったら今日の記念に贈らせてほしいんだ」
うっ……。元日本人としてとっさに遠慮が出そうになったけど、貴族社会ではそっちのほうが失礼になるんだ。素直に受け取るほうが礼儀作法として正しい。うん。礼儀作法。
ちょっと商品を見る目に気合が入ってしまう。ふと目に入ったペンダントに、妙に惹きつけられた。
「まあ。素敵な青。深くて鮮やかで。私、この色好きですわ」
「そっ、そうか。では、それにしよう」
何故かアレクシス殿下が顔を赤くして店員を呼んだ。どうしたんだろう。トゥーリ様とマッキー様もなんでガッツポーズしてるの?
支払いを終えて、アレクシス殿下が私にペンダントを付けてくれた。大事にしよう。本当にきれいなラピスラズ……リ。
っく。気付いちゃった……。アレクシス殿下の瞳と、同じ色。
「で、ではお返しに、私からも贈らせてくださいませ」
仕返しだ、とばかりに私もアレクシス殿下にペンダントを押し付けた。購入したのは薔薇のような赤、私の瞳と同じ色の、ロードナイトのペンダントだ。
さっそく封を開けたアレクシス殿下は、愛おしそうに、そのペンダントを身に着けていた。
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