第19話 トゥーリとマッキー


 学園には、学生たちがくつろいだり勉強したりするためのサロンがある。

 サロンの各部屋は個室になっており、予約制で前日までに予約していればプライベートで優先的に使用できる。それらのサロンは高位貴族の支援によって運営されていて、そのうちのいくつかのサロンは支援者が特権として年間契約でリザーブしている。

 特にプリンセスロード候補生たちは学園内での執務のために必要なので、サロンを一室確保している。もちろんわがアマンダルム公爵家も支援者で、私のためのサロンも用意されている。


 定員六名の小さなサロンだが意外と居心地が良い。

 昨日は魔物のいる森でいろいろあったので、体を休めるためにも放課後はサロンで過ごすことにした。


 マッキー様がF組の様子を見てきてくださって、報告を受ける。

「レネ・アーデン様はまだ体調が回復していないようで、本日は学園をお休みされていました。後日改めて面会し、ぜひ昨日のお礼がしたい、とのことです」

「わかりました。このサロンにお招きしましょう」


 ようやくレネ様と落ち着いてお話できそうね。オーンハウル殿下からの指令もあるけれど、候補生同士として、やはりもっと距離を縮めるべきだわ。レネ様を守るためにも、また変な噂が出ないようにするためにも、周囲に私たちは対等だと知らしめるようにしないとね。


 そしてやはり無視できない話題として、昨日のシエル様とアリー様の魔術についての話になった。マッキー様は目線を下げつつ、弱々しく笑った。

「すごかったです……彼女たちの魔法。私も、究導会の魔術、調べてみようかな」

「だめです」

 ピシャリと断じたのはトゥーリ様だ。


「どうして? あの魔術、すごく効率化されていて……。私ももっとお役に立てるようになりたいのに……」

「あんなの必要ありません。ただの曲芸です。効率化というより、横着、といったほうが適切」

 トゥーリ様は究導会の魔術がお気に召さないようだ。手厳しく批評している。


「うーん? 『効率化』と『横着』って、どう違うの?」


 マッキー様の問いかけに、私とトゥーリ様は思考を巡らせた。

『効率化』と『横着』。どちらも楽をする、手間を省く、といった意味よね。無駄を省いて、洗練される方が効率化? 私より先に考えをまとめたトゥーリ様が答えた。


「それをすることによって、ミスやデメリットが発生する確率が増えるのが『横着』。ミスやデメリットの確率が、もしくはのが『効率化』ですね」


 なるほど、上手くまとまっているような気がする。失敗やデメリットが発生しないなら、省いた工程が無駄だったとはっきりするものね。

 ということは、えっとつまり昨日のシエル様とアリー様の魔術には何らかのデメリットがある、ということかしら?


「昨日の彼女たちの詠唱を記憶して、昨夜から分析していました」

 またトゥーリ様は突拍子もないことを言い出したわ。眠そうに見えるのはそのせいね。


「もちろん私自身が使えるようになる訳ではないですが、魔術とやらの概要は把握できましたよ。……そうですね、例えばアリー・ラージソルト子爵令嬢が使っていた『転倒』の魔術について、マッキー様の魔法と比較してみましょうか」


 マッキー様は張り詰めた面持ちで、ごくりと息を呑んだ。


「まず詠唱速度ですが、マッキー様の魔法が約4.7秒。アリー様の使っていた魔術だと――約1.2秒で発動できます」


 これは……予想以上に差が開いてる。マッキー様は目を見開いて青ざめていた。


「次に射程、つまり詠唱者から対象への距離ですが、マッキー様の魔法が約22メートル。アリー様は約5.8メートルですね」

「えっ!」


 た、確かにあの時アリー様たちと瘴気溜まりの距離はそれくらいだった気がする。そこまで近づかないと使えないということか。でも、発動速度を考えれば十分有用よね?


「最後に詠唱完了した時の発動成功率です。マッキー様の魔法は成功率100%、アリー様の魔術は成功率96.6%。つまりアリー様の使っていた魔術は、わずかながら発動しない確率が出てくるのです。これでは――私は背中をあずける気にはなれませんね」


 なんとも言えない空気がサロンを漂う。

 詠唱自体をミスったならわかるけど、詠唱が完了したのに、発動を失敗する? それはあり得ないと思うのだけれど。だったら詠唱自体に何か……詠唱を短くする――横着することで、逆に齟齬が発生してしまう? ……そうか、もしかして。


「詠唱に、通常とは別の文字体系を組み込んでいる……?」

「ご名答。詠唱の一部を異なる文字体系に置き換えることで、簡略化していると推察しています」


 なるほど。その置き換えた文字と元の文字体系がうまく噛み合っていないのか。もしくは詠唱者が二つの文字体系を上手く処理できていないか。どちらにしろ現状のままでは、その魔術は完璧とはいい難い。


 マッキー様もどことなく安心した様子だ。

「じゃあ、私の魔法は今のままでも、いいの?」

「マッキー様の魔法は、私と相性ピッタリですよ」

 トゥーリ様はマッキー様と向かい合って柔らかく微笑んだ。わあ、レアなトゥーリ様の笑顔だ。


「よし、元気出てきましたわ。お二人とも、体を動かしに行きましょう。ダンスクラブは飛び入り歓迎ですよ!」


 意気揚々と元気になったマッキー様に連れられて、ダンスクラブにやって来た。


「マッキー。ちょうどよかった。ワルツの相手してくれよ」

「ざーんねん。今日はトゥーリ様と踊るのよ。さあトゥーリ様。連携プレーの特訓しますわよ!」


 そう言ってマッキー様は幼馴染の男子の誘いを断って、トゥーリ様の手を取ってホールの真ん中へ踏み出した。男性役を買って出て楽しそうに踊るマッキー様と、少しゲンナリしたように苦笑いのトゥーリ様を見て、私は満足げに微笑むのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る