第16話 聖女レネ・アーデン2


 正式に聖女に就任したことに対しては、何の感慨もなかった。ただ流されるように言うことを聞いていたらそうなっていた、というだけだ。

 ただ就任式には、アーデン夫妻も駆けつけてくれて、喜んでくれた。それだけは嬉しかった。一日だけだけど夫妻と過ごすことを許された。二人ともお元気そうで安心した。

 私は思い切って夫妻のことをお父様、お母様と呼んでみた。二人は涙を流して感激してくれたわ。照れくさかったけど、言ってみて良かったな。


 聖女になってからの生活はまたガラリと変わった。

 食事は貴族として一般的なものに変わり、一日三食食べられるようになった。朝の掃除や教育は引き続き行われたが、午後の参拝者への対応は、聖女を出し惜しむかのように一切なくなった。その時間はさらに教育を詰め込まれることになった。夜のお祈りの時間は十分程度になった。


 聖女になって最初のお祈りの時間、つい習慣で深夜まで祈り続けてしまった。

 もうこんな長時間お祈りしなくていいんだったと気付いて、ため息をついてお祈りを終えた。ふと最後に女神像に目を向けたら、親指の先ほどのちいさくて淡い光の玉が、女神像の胸元から現れた。何だろうと思ってじっと見てると、私の方へ寄ってきてぐるりと私の回りを一周し、大聖堂の奥の方へ飛んでゆく。


 なんだか呼ばれているような気になって光の玉を追いかけてみた。光の玉は階段の上の方へ飛んでいき、さらに三階まで登っていった。三階へは立ち寄らないように言われていたが、光の玉を追いかけるのに夢中でその時はすっかり忘れてしまっていた。


 三階の廊下の突き当りまで行った時、とうとう光の玉を見失ってしまった。そして自分が三階にいることに気付いて戻ろうとしたら、一番奥の部屋から話し声が聞こえてきた。


「候補生にねじ込むのに大金を注ぎ込んでしまったよ」

 この声は、ウォリック侯爵だ。

「まあまあ、後でいくらでも取り返せますよ」

 一緒に話しているのは、ゴドア司教か。候補生というのがよくわからなかったが、とても気になった。


「だが、他にも候補生がいるだろう? 大丈夫なのか?」

「なあに。100年ぶりの聖女誕生ですよ。王家も放っておくことなど出来はしないでしょう。必ず取り込もうとしてくるはずです」


 わ、私の話だ。王家って、どういうこと!?


「真ん中の王子はぼんくらだって話だ。聖女様をあてがうには丁度いいんじゃないか?」

「ふむ。我々の傀儡とするにはうってつけですな。その線で話を進めましょう」


 私は怖くなって、それ以上聞かないようにそっと階下へ逃げ出した。


 翌日、私はプリンセスロード候補生に選ばれた、と告げられた。

 それを聞いて私はゾッとした。候補生って、プリンセスロードの候補生のことだったの!?

 プリンセスロードのことは孤児院出身のわたしでも知ってる。当時は物語のお姫様のようなものだ、と憧れの存在だった。その後の貴族教育で、高位の令嬢たちが必死に目指していると聞いて、私には無縁だなと思うようになった。王子たちの婚約者候補としても優位だと聞いていたが、結局教会や侯爵たちはそれが目的だったんだ。私が聖女であるかどうかよりも、政治の駒であることのほうが重要なのだ。


 プリンセスロード候補生として、学園入学までさらに教育が詰め込まれるようになった。そして、側仕えとして二人の令嬢が付けられた。

 シエル・ボードイン子爵令嬢と、アリー・ラージソルト子爵令嬢。ともに同い年で、一緒に学園に入学するようだ。

 せめて二人とは仲良くしたいなと思ったが、二人とも表情を緩めず、冷めた眼差しのまま、私に丁寧に挨拶した。元孤児の私に、貴族の子女が側仕えになることに抵抗があるのでは? と思ったが、二人は不満げな様子は見せなかった。だけど、堅苦しい対応を崩さず、あくまで義務的な態度で仲良くなれそうな感じはしなかった。


 学園へはアーデン伯爵家のタウンハウスから通うことになった。そう、やっと伯爵家へ戻ることが出来たのだ。ただ、お父様とお母様は領地を開けることが出来ず、一緒に住むことは叶わなかった。だけど、入学式の日や社交シーズンなど、折を見て王都に足を運んでくださるそうだ。


 両親の代わり、ということでアーデン伯爵領からはマナウ神父がやって来た。伯爵領でお世話になった方なので、とても安心した。領地の教会は後任に託したそうなので、私の後見として卒業まで見守ってくれるとのことだ。


 そして、ウエストパレス学園入学式の日。


 初めての学園への登校。校庭にはピンクの花が咲く樹が並んで、花吹雪を散らしてとても綺麗だった。

 あまりに幻想的で、思わず花びらを掴もうと手を伸ばした。少し強い春風が吹き、花びらは私の手のひらをすり抜けていった。風に揺れる髪を押さえようとした――その時、背後で痛みを訴える声がした。振り向いて目にしたのは、言葉に出来ないくらい美しい令嬢が、気を失って倒れるところだった。


 学園では聖女の力をみだりに使ってはいけない、とゴドア司教には厳しく言いつけられていたが、そんなことは知ったことではない。大変だと思って駆け寄ろうとしたが、シエル様とアリー様に止められてしまった。


 倒れた令嬢の方を見ると、令嬢の隣りにいた二人が支えて、令嬢に呼びかけていた。そして知り合いらしき、少しお腹が大きな男子生徒が駆けつけてきた。

「わっ、リズリー何やってんだよ全く。ほら、保健室に運ぶよ。トゥーリ嬢とマッキー嬢も手伝って」

 男子生徒は軽々令嬢を抱えあげると、校舎の方へ運んでいった。


「心配なら私が見てきますよ。レネ様は遅れないよう、式場の方へ向かってください」

 後見としてついてきていたマナウ神父が、様子を見てきてくれるようだ。私はしかたなく入学式に出席した。


 入学式では整った容姿の男子生徒が、壇上で挨拶をしていた。なんと第二王子だったらしい。

 もしかしてあの人がウォリック侯爵とゴドア司教が話していた王子だろうか。恐れ多いし、陰謀にも巻き込まれたくないのであまり近寄らないようにしようと決めた。王子から目をそらすと、王子の背後に先程のお腹の大きな男子生徒が控えていたのが見えた。あの立ち位置は護衛だろうか。なんだか体つきに似合わずキリッとした眼差しが妙に気になった。


 ようやく話が終わろうかという時、王子から聖女の話が出た。式場の空気は、一気に悪くなった。


 クラス分けでF組に配属された。シエル様、アリー様と同じクラスだ。なんとか二人と打ち解けたいと思う。

 だけど、クラスメイトから向けられる視線は厳しいものだった。表立って非難されたりいじめられたりはなかったが、関わろうとしてくれる人は皆無だった。聖女の生い立ちは公表されているので元孤児であることは皆知っているだろうし、特例でプリンセスロード候補生になったことも不服に感じている人が大勢いるらしい。


 学園生活も辛いものになるのかと覚悟したが、そこを支えてくれたのがシエル様とアリー様だった。

 クラスメイトに根気強く私の活動ぶりを説き、親睦のためのお茶会も何度も開催してくれた。参加者は初めは少なかったが、お茶会での珍しいお茶やお香が評判となり徐々に人が増えていった。それに伴って、私を好意的に見てくれる人が急激に増えていった。

 そんなにあっさり見解が変わるものなのかとびっくりしたが、シエル様とアリー様には感謝してもしきれない。何度もお礼を言ったが、シエル様は、義務ですので、とすました返事だし、アリー様は少し気まずそうに視線をそらしていた。


 クラスでの評判が回復してくると、聖女としての公務が増え、大聖堂へ呼び出されることが増えていった。そのためお茶会へ参加することも出来なくなって学園も休みがちになっていった。公務として出席扱いになるらしいので、その点で不満に思われないかと心配したが、逆にクラスメイトは応援してくれる人が多くなっていた。


 クラスでは、お茶会に使用していたお香がF組の室内でよく焚かれているようだ。勉学の集中力も上がるし、流行っているみたい。だけど、クラスメイトが元気なかったり、逆に元気すぎたりしていたのが少し心配だった。


 公務でちょっと長く学園を離れることになった。

 せっかくクラスメイトたちと仲良くなりかけてたのに残念だけど、聖女の大事な仕事だ。王国の各地で魔物が増えているらしいのだ。

 魔物の発生源になる瘴気溜まりの浄化は、聖女か高位の神官しかできない。現在判明している瘴気溜まりの位置を巡る、浄化の旅が始まった。


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