8−5. 十一の前兆
階段を上がりきった瞬間、藤木先生が膝に手をつき、荒く呼吸を吐いた。
胸の奥が暴れているのを、力づくで押し込めようとしているようだった。
「先生、大丈夫?」
美咲が肩に触れた。
「大丈夫じゃ……ない……」
藤木先生はひきつった声を漏らした。
「見た……あれは……俺を……見てくる……!」
正面を向いた神代の“顔”。
封印扉のすれ目から、確かにこちらを“観測した”あの瞬間が、まだ先生の目から抜けていない。
「落ち着けって……」
桐生が声をかけるが、返事はなかった。
廊下の照明が、また一度だけかすかに消えた。
――パチッ。
暗闇が一瞬落ちて、すぐに戻る。
だが、光の濁りはさらに深くなった。
「うわっ……!」
成瀬が僕の袖を握りしめる。
「また光が……弱くなってる」
滝本の声も震えていた。
そのとき――胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。
校舎全体の“どこか”が、沈黙のまま変形しはじめたような感覚。
「……今の、感じた?」
美咲が囁く。
「うん……変だ。何かが……近づいてる」
藤木先生の肩がびくりと震えた。
恐怖が一気に噴き上がったように、目が開かれる。
「っ……いやだ……いやだ……!」
「先生、ここにいてください。まだ落ち着ける場所じゃ――」
浜田先生が近づく。
しかし、その瞬間。
「もういやだぁぁぁあああッ!!」
藤木先生は叫び、体育館の方へ駆け出した。
「先生!! 戻れ!!」
桐生が叫ぶ。
「先生、危ない!!」
美咲も叫ぶが、届かない。
藤木先生は廊下の端を曲がり、まるで“何かから逃げている”ように走り去った。
「くそ! 追うぞ!」
桐生が前に出る。
「待って、その前に……!」
白石が足元を指さした。
――チッ。
また欠片が一つ落ちた。
床に触れた瞬間、粉を散らすように白い光が弾けた。
「……三つ目」
白石の声が震える。
「封印が……どんどん剥がれてる……!」
「急げ! 一人になったら……」
美咲が言いかけたとき――
――ス……。
廊下の奥で、空気が“凹んだ”。
音はない。ただ空間そのものが薄く削れたような、重い圧だけが残る。
「今の……見た……?」
成瀬が僕にしがみつく。
「見た……。気配が……一瞬消えた……」
美咲も青ざめている。
「行くぞ!!」
桐生が走り出した。
「藤木先生を放っておいたら危険すぎる!!」
僕たちも走る。
足元に、さっき落ちた封印の粉が舞い散る。
「柊!! こっち!!」
美咲が振り返って叫ぶ。
僕はうなずき、さらに速度を上げた。
霧が廊下をうねりながら流れる。
照明は弱く、影は揺れ、一歩ごとに“別の気配”が廊下へ染み出してくる。
校舎は――
六日目の“十一”に向けて、形を変えはじめていた。
藤木先生の足音は、体育館へ向かって響いている。
あれはただの逃避ではない。
“見られた者”が、引き寄せられる場所がある。
そんな嫌な予感が背筋を冷やした。
「絶対に追いつくぞ!」
桐生の声が、霧の中へ溶けていった。
六日目の影は、すぐそこまで迫っていた。
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