第13話

 

【十三】


 せっかくの休日だというのに、昼前でも外は薄暗くあいにくの天気。涙雨に喜んでそうな草木が、窓の外に揺れている。


 いつもは開け放たれている窓も、今日ばかりはそうはいかない。


 そんな残念な天気でも、寮生たちはたまの休みを満喫するべく街へと繰り出していて、寮内はしんと静まり返っていた。


 寮の自室に籠ったヴェロアは、黙々と遠話鏡の準備を進めていた。


 遠話鏡は映像や音声をひとつの情報の固まりとして魔法に変え、それを送り合うもの。なのでそれが魔力を帯びた物体であれば、鏡に限らずそのものが持つ映像や音声を、情報として映しだすこともまた理論上は可能であった。


 しかし鏡のように自らアクションを起こさないものでは、欲しい情報を得られはしない。ならば情報を求めてアクションを起こすことのできる人の頭の中を映し出すことならば出来るのかというと、そこには様々なノイズが生じてしまうために難しい。


「これって、本当にうまくいくのかなぁ」


 手を動かしながらも、疑念が言葉になって出てしまう。


 いぶかりつつもヴェロアがせっせと準備をしているのには訳があった。アリエスの手紙で初めて知ったことだが、それを可能にする数少ない存在に、憑依魔法を施した従者があるのだという。


 従者自体は、そもそもが術者の魔力によって作られ、動いているものなので、そこには当然魔力がある。そして基本的には命令に従うだけの存在なので、疑念や不安や雑念といった類いのノイズとなるべき要素も持ち合わせてはいないと。


 言われてみれば理屈は通るのだけれど、ヴェロアにはどうしたって成功するイメージが持てないのだった。


「もしこれが上手くいかなかったら、アイリーシェは絶対に従者のせいだって言うよね。まあ、実際そうなんだろうけど」


 アイリーシェに従者の元となる、最も初歩的な紙人形をゴミ呼ばわりされ、あまつさえ美的センスすらもないとボロクソ言われてから数日が経っていた。


 数々の課題に加え、新たに『美的センスを学ぶ』という難題も持ち上がると、実際問題それは魔法以上に手こずるしろものだった。


 当然それも含めて一朝一夕で身に付くようなものであるはずもなく、ヴェロアは度重なる苦心の末に、ようやく憑依させられるだけの紙人形を作ることには成功したのだった。


 そうしてようやくスタートラインに立つことが出来たヴェロアが喜んだのもつかの間。しかしながらそれでことがすんなりと運ぶようになるかというと、そんな甘い話ではなかった。


 何せその紙人形を一体作るのに、実に六時間もの格闘があったからだ。


 たとえ人形職人でなくても、それだけの時間をかければ、ある程度の完成度をもったものは充分作れる。ヴェロアと同じ出来の紙人形を六時間もの間作ったならば、恐らくは木箱にして十箱分は優に出来上がることだろう。


 そんなわけで、意図せず大変貴重となった紙人形だけに、ヴェロアとしてはできるならば大事に鍛練に使いたいという思いがあった。しかし前回アイリーシェが届けてよこした黒魔女アリエスからの手紙には、新たな指示が記されていて、それはここ二、三日の間、副校長の周辺に探りを入れろといった内容が認められていた。


 そのためヴェロアは、泣く泣くその任務に貴重な従者を送り出さざるを得ないのだった。


 鍛練に使うことはできなかったが、任務が成功すれば自信にはつながる。大きな不安の中に、わずかにそんな希望もいだいていた。


 遠話鏡のセットが終えると、待っていたかのように従者がぽんっと机の上に飛び乗ってくる。


「おお、やる気満々じゃない。さすが僕が精魂込めて作った従者だけのことはあるね」


 誰の姿もないので、気兼ねなく邪魔の入らないそんな自画自賛を思う存分に呟く。あとは命令さえすれば従者が見聞きしてきた情報が、鏡に映し出されるはずだった。


 ヴェロアはコツコツと何かを叩く音に、ビクリと身をすくませると恐る恐るそちらを見やる。音だけで察しはついていたが、案の定そこには手紙をくわえて手すりに止まったアイリーシェがいて、鉤爪で器用に窓をノックしていた。


「やっぱり……」


 待たせれば待たせた分だけきっちりお礼をいただくのはわかっているので、そうこぼししながらアイリーシェを招き入れるべく窓を開けた。


 やや濡らした身をするりと滑らせて室内に入ってきたアイリーシェは、くわえていた手紙をいらないもののようにぺっと飛ばす。どこかに落ちていってしまわぬように、慌ててそれを拾い上げた。


「何するのさ。無くしたら大変なことになるでしょ」


「ん? なによ、大変なことって」


「もしも無くしたら、それだけで『金貨一億枚追加!』とか、アリエスに言われそうだよ」


 口を尖らせてそう抗議するヴェロアに対し、くちばしを大きく広げたアイリーシェは「カッカッ」っと、器用に笑い飛ばす。


「確かに、あの娘なら言うかもしれないね。いや、言うね」


 楽しげに笑うそんな姿を目の当たりにして、ただのフクロウとは思えないという感想をもつ。もちろん言葉を喋り意思の疎通が出来る時点で、普通ではないのは当たり前なのだが、どこか人間味にあふれているなというのが正直なところだった。


 だがアイリーシェは、遠慮という言葉は知らないかのようにトットットと我が物顔で机を移動すると、目についた十五センチほどの従者がひどく気になるようだった。


「なあ、あんた。このちんちくりんはいったい何だい?」


「な?」


 精魂込めて作り上げた従者を、よもやちんちくりん呼ばわりされるとは思ってもみなかったヴェロア。確かに机の上でよたよたとする従者は二頭身の人形で、大きさとそのデザイン性から複雑な命令はとてもこなせない。


 まず二頭身ゆえにバランスが非常に悪く、十五センチという大きさでは、何かを運ぶも移動させるも力が足りなかった。


 なので出来ることといえば情報収集位しかない。図らずもそれがアリエスの指示に合致していたのは、ヴェロアの依り代作成能力を予見していたからなのか、はたまた占いの結果にでもよるものなのかは見当もつかなかった。


 それでもヴェロアにとっては魂を憑依させることができた。指示をこなせる従者ができたというだけで、実に大きな進歩といえるのだ。


「これ、僕の作った従者だよ」


「従者? これがかい?」


「ねえ、わかってて言ってるでしょ?」


 アイリーシェの扱いには慣れたなと、自分でも思うほどの言葉を返す。ズケズケと物言うこのフクロウと話すときは、いちいちその言葉に落ち込んでいたのでは身が持たないという結論を導きだしていたのだ。


 何より非常に不本意ではあるが、アイリーシェの評価も以前の『ゴミ』から『ちんちくりん』へと変化していたことで、一応の成長は考慮してくれていると思ったから。


「なにさあんた、ずいぶんと落ち着き払ってるじゃないの」


 そう言い放つアイリーシェは、思惑が外れた腹いせなのか、あろうことかその従者を鉤爪でつつき始めたではないか。


「ちょっと! ちょっと! なにしてんの?」


 ちんちくりんながらも、果敢に応戦して見せる従者。その姿は実にコミカルだったが、さすがにそれを笑って眺めてはいられなかった。


 その遊びが思いの外楽しくなったのか、アイリーシェはそれをやめる気配を全く見せない。このままではエスカレートしかねないと、慌ててそれを制止する。


「ちょっと待ってよアイリーシェ。まだ報告を確認してないんだからやめてよね」


「なんだよ、せっかくいいおもちゃだと思ったのに」


「もう、人が必死で作った従者を、おもちゃにしないでよ」


 そう言って次の言葉を、テストの評価を伺うような眼差しで待つ。それに気付いたアイリーシェは、仕方なしといった風に小首を傾げる。


「まあ、この前よりは多少マシになったけど……」


 ヴェロアの表情がパッと明るくなる。僅かながらでも成長を認めてもらえたことは素直に嬉しいが、しかしどこまでも優しいアイリーシェ先生であるはずはなく、次の言葉で再び現実に引き戻されるのだった。


「でもね、これじゃ戦闘もこなせなければ、身代わりも出来ないじゃないか」


 そう思うなら攻撃しないで欲しいと、目で訴えかけるヴェロアを嘲笑うかのように、隙をついてくちばしで従者を転ばすアイリーシェ。じたばたともがいている様子を見て、なぜかご満悦。


「カカカ」


「だから、やめてってば」


 倒れた従者を助け起こして、アイリーシェの魔の手から解放する。


 おもちゃを取り上げられて所在がなくなったのか、アイリーシェはくちばしを器用に使って羽繕いをしながら言う。


「まあ、最初のうちとしては上出来なんじゃないのかい? 憑依させられるようになった依り代がどんな感じなのか、ちょっと見せてごらんよ」


 言われるがまま素直に予備の紙人形を机の上にだす。愛着があるとまでは言わないが、これも同じだけの時間をかけて作ったしろものだった。


 羽繕いは続けながら目だけを向けるその姿を見て、胸騒ぎを覚えたヴェロアはさっと両手でガードする。


「つつくのやめてよね」


 先を越されたからなのか、それとも紙人形の出来に対してなのか「ふんっ」と漏らすアイリーシェ。


 愛しい我が子を悪の手から救い、それを愛でながらヴェロアが口にしたのは、禁断の一言だった。


「予備はもう三つしかないんだから…… それに、これを作るのに六時間かかったんだ」


 ブチッっと痛々しげな音に視線を上げると、アイリーシェはくりくりとした大きな目をぱちくりさせていた。対するそのちっちゃくて可愛らしいくちばしには、自身の白と茶色のまだらな羽根が二枚あった。


 バサリとアイリーシェがその大きな翼を広げると、連動したようにくちばしも開かれる。


 すると必然的に二枚の羽根がヴェロアのてのそばに落ちてくる。次の瞬間ヴェロアの耳には、けたたましい声が届き、同時に手の甲には痛みが走る。


「おやあ? あたしの聞き違いかなぁ? 六時間もかかったって聞こえたんだけど? まさかそんなことはないよねぇ。聞き間違えかしら」


「聞き間違えじゃないよ…… だってそう言ったもん」


 拗ねた子供のように口を尖らせて抗議するヴェロア。


「はあ? なんだって? こんな…… こんなちんちくりんに六時間もかかったのかい! あんたは!」


 一字一句発する毎に、ご丁寧に同じ数だけ鉤爪で手の甲を攻撃する。


「痛い、痛い、痛い。なんで攻撃するのさ」


「当然だよ! ダメな子を短期間で成長させるには、多少の痛みも必要なんだよ。知らないのかい? 愛の鞭さ」


「うう…… ダメな子って……」


 もちろんダメなのは重々わかっていることなのだが、それでも改まって言われるとやはりこたえるものがあった。なまじ少しでも誉められた感があった後なだけになおさらである。


「そんなに時間をかけてできたのが、このちんちくりんなのかい? 紙人形のバランスが悪いのは改善できるからいいとしても、問題はあんたのイメージ力の無さだよ」


 そうは言われてもピンとは来なかった。当然のことながら、そのちんちくりんを作るときにもイメージは常に持っていたし、なに一つとして疎かにしたつもりもない。ただそのイメージと実際完成した従者が同じかと聞かれると、決してそうではなかった。


 もしかすると、もっと以前の根本的な問題なのではと、ヴェロアは思い始めてもいた。


「あんたさぁ、これじゃちゃんとした従者に変換するまでに、時間だってずいぶんかかるだろう?」


「うん…… 五分はかかる」


「そうだろ? すぐに作って憑依させられなきゃ、不慮の事態にはなにも出来やしないじゃないの。それが出来なきゃ召喚魔法といっても、宝の持ち腐れだからねぇ」


 後半はいくぶん語気も和らげて、鉤爪の攻撃もやめたアイリーシェは、諭すようにそう言うのだった。


「大きな従者を召喚して鍛練するのは場所的にも技術的にも無理だから、たとえ小さくてもちゃんとしたものを召喚できるようにはならないとなんだよ?」


 いつになく丁寧な口調に変えて言うアイリーシェに、すんなりと言葉を返すことができた。


「うん、わかった」


「ん? なんだい、やけに素直じゃないかい。気持ち悪い」


 いつも通りの憎まれ口をきくアイリーシェだったが、どうしてもその気持ちだけは伝えたいと思っていた。なので構うことなくその先を続ける。


「こんな落ちこぼれの僕だけれど、遠くからでも丁寧に指導してくれる人がいて、そしてこうしてどこがダメなのか教えてくれる人がいる」


 目をぱちくりさせながら首を動かして、突然紡がれた言葉に驚いている様子のアイリーシェ。さらに正直な想いを吐露する。


「今はその人たちの期待を裏切らないように、どんなことでも出来ることをして頑張るだけだよ」


 そう言ってからアイリーシェをまじまじと見やり「人じゃないのもいるけど……」と、少しばかりの反撃を付け加えた。


「痛っ!」


 もちろんそれを見逃すアイリーシェであるはずはなく、すぐさまそのお礼とばかりに、しっかりと手の甲に一撃をもらったヴェロア。


 照れ隠しのような一撃を見舞ったアイリーシェは、さっさと話題を替えるのだった。


「それで? あんたは一体何をしようとしてたのさ」


「うん、この従者に副校長に関することを探らせていたから、その報告を見ようと思ってたんだよ」


 一連の騒ぎで明後日の方を向いてしまった遠話鏡を再びセットし直す。


「なるほど。その遠話鏡を使ってってことね」


「うん、アリエスの手紙に書いてあったんだ」


「なるほどねぇ。あの娘の召喚魔法じゃ出来ないけれど、あんたの憑依魔法ならば可能なんだねぇ」


「そうみたいだよ。でも、アリエスも試したことはないって言ってたから、どうなるかはわらないけど」


 従者を鏡のそばに置き「頼むよ」と言うと、二頭身のちんちくりんは、両手で鏡の縁を押すようにして動かなくなる。


 認めてきた情報を必死で鏡に送っているのだろうが、その姿がなんだか非常に笑いを誘う。どうにかこらえる横で、アイリーシェの「くくく」という忍び笑いが届いてくる。


「変化ないねぇ。大丈夫かい? これ」


「黙っててよ、アイリーシェ」


 せっかちなフクロウをたしなめるも、ヴェロアも不安を拭えないでいた。


 学び始めたばかりの憑依魔法で、初めての従者による初めての情報の魔法化。上手くいかなくても仕方がない要素はてんこ盛りだが、そうやってすぐに言い訳を準備してしまっている自分が情けなくなる。


 空気が気まずさを匂わせ始めたころ、ようやく鏡から何やらノイズが聞こえ始めた。やがてそれが音声として判別出来るようになると、映像も遅れてそれについてくる。


 二人は顔を見合わせてその成功を喜ぶ笑みを飛ばし合った。


「ほほう、あんたやるじゃないか。ちょっとだけ見直したよ」


「あ、うん。ありがとう、アイリーシェ」


 思いもよらぬお褒めの言葉をちょうだいしたヴェロアは、心の暗雲が晴れて、一気に気分が上向きになった。次第に判明できるようになる映像を、二人は食い入るように見つめた。


「基礎魔法の訓練も、火の魔法だとすぐに汗をかくからイヤだよねー」


「そうそう、授業が終わったら水浴びしたいくらいだよ」


「臭いが気なっちゃって、その後の訓練の集中力がなくなっちゃうもん」


「えー? なに? 臭いを気にするような男子でもいるのぉ」


「いないよ、そんなのー」


 耳に届くのは、そんな女子の何気ない会話。何か様子が変だなと感じたヴェロアには、それと同時に嫌な予感もわいてくる。


 次の瞬間そこに映ったのは、純白にフリルの付いたものや淡い水色のストライプといった、そんな女子たちの下着姿だった。


 一瞬何が起こっているのか、全く理解が追い付かないヴェロア。


 はっと気づいて隣に目を向けると、フクロウでも出来るのかというほどのじとっとした目付きでこちらに視線を飛ばすアイリーシェの姿。


「いやいや、違うって違うって。僕が指示したわけじゃないから……」


 慌てて全否定するが、なおも冷たい視線は向けられたまま。言い訳を聞き入れるつもりは全くないのだとわかる。


「前言撤回ね」


 そう吐き捨てるように一言よこしただけで、すぐに鏡に目を戻したアイリーシェ。それでもアイリーシェは短く一言「変なことに使うんじゃないよ」と釘をさしただけにとどまった。


「おかしいなぁ…… どうして……」


 ヴェロアは腕組みをし、どこか腑に落ちない表情で首を傾げる。


 副校長に関することを探らせていたはずが、なにゆえ女子更衣室にいるのかという疑問。口には出さないがそれをかかえていたのは、ヴェロアだけではなかったようで、互いを見やりながら同じように首を傾げることでその疑問を共有する。けれどもその答えは唐突に、鏡の中で会話する下着姿の女子生徒によってもたらされたのだった。


「そういえばさ、ここ何日か授業を受けていない生徒がいるじゃない?」


「うん、何人かいるよね」


「あ、確かミエリも出てないよね。授業」


「そうだわ、出てない、出てない」


 ヴェロアの心臓がドクンとはねた。


 確かに女子生徒の言う通り、ミエリが授業に出ていないことは知っていたし、もちろん気にもなっていた。アリエスの指示と魔法の鍛練に追われるがゆえ、それでも体調が悪いのだろうくらいにしか思っていたために、きちんと確認をしないままだったのだ。


「その生徒たちってね、どうやら特別指導を受けているって話なのよ」


「え? そうなの? なにそれ」


「でね、その生徒たちは寮にも帰ってこないんだって」


 先ほどとは違う理由で、ヴェロアとアイリーシェの視線がかち合った。先に口を開いたのはヴェロアの方だった。


「これって……」


 それだけで言葉の意味を察したのだろう、アイリーシェは力強くうなづき返す。


「従者は命令を無視して無意味な行動はとらない。僕の従者が伝えたかったことは、これだったんだ……」


「そうだろうね」


「従者が入手した情報ならば、それには副校長が関わっているってことだよね?」


「間違いない」


 ひどく落ち着いた口調で言うアイリーシェを見ながら、そこに微かな怒りのようなものが湧き上がりつつあるのを感じていた。


 そんなヴェロアの視線などお構いなしにトットットッと窓まで行くと、アイリーシェは相変わらずの器用な鉤爪さばきでそれを押し開いた。


「どうしたの? アイリーシェ」


「あたしは急ぎこのことをアリエスに報告するよ。あんたはすぐにその手紙を確認しな。なんらかの指示が書いてあるだろうけど、もしかしたらすぐに別の手紙が届くかもしれない」


 そう言い残すと、一分一秒でも惜しいと言わんばかりにバサリと羽ばたき、雨の中飛び去った。


 アイリーシェを見送って見上げると、今だやむことのない雨と、低く立ち込める鉛色の雲が、まるで心の中を表しているかのようだった。


 ヴェロアは急いで封筒を手にすると、もどかしく雑に封をちぎる。なかには手紙が一枚入っていて、そこには短い一文。


【今から二日間の副校長の動きを監視すること】


 そう記されていた。その後アイリーシェが懸念していた次の手紙は届かなかった。

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