第十二話 策略、密室の二人


 残りわずかになった夏休みのある日、俺達生徒会は会長、宝条院聖羅に呼び出された。一体何の用なんだ? 生徒会関係なのは分かるが、もうやる事は終わらせたはずだぞ?

 老人ホームのボランティアや地域のゴミ拾いなど生徒会全員でやったんだ。

 学校を守るためには地域との連携は大切だと進言した会長、確かに一理あると皆承諾して頑張った。

 まあ何かするにしても水着を持って来いって何を考えてるんだ?


「かなめさーん!」


 呼ぶ声に視線を動かすと姫ちゃんが走ってこっちに来る。

 眼前まで来ると荒い息を整えて、話出す。


「おはようです、かなめさん」


「おはよう、随分と急いでたね、寝坊でもしたの?」


「はぅ! どうして分かったんですか! まさか、かなめさんはエスパーさんですか!?」


 あはは、姫ちゃんらしい回答だな。

 このまま二人で生徒会室を目指す事にした。不意に姫ちゃんからシャンプーの良い香りがする、それだけで顔が赤くなってしまった。

 と言うか寝坊したのに朝風呂にはちゃっかりと入って来たんだな。


「待てお前達、こっちだ!」


 会長の声だ、後方へと向きを変更すると手招きをしている姿が。なんだ? 解せないまま近付いて行くと付いて来いと言って歩き出した。

 どこに連れて行く気なのだろう。


「会長、どこに行くんですか?」


「付いて来れば分かる、お前達、水着は持って来たな?」


「持ってきましたけど、教えて下さいよ何をするのか」


 質問するが案の定、付いて来れば分かるとしか言わない。一体俺達に何をさせる気なのか。

 学校で水着って言ったらプールだよな? 今歩いている方向の先にプールがある、多分プールに行くんじゃないのか?

 考えている間に目的の場所に到着、そこはやはりプールだった。そこにはもう皆川先輩と副会長が水着に着替えて待っていた。


「よし、全員そろった様だな、二人とも早く着替えて来い」


「もう良いでしょう? 何をするのか教えて下さいよ」


「ん? プール掃除だが?」


 会長の事だから変な事かと思った、でもなんでプール掃除で水着を着なきゃいけないんだ?

 

「掃除ならこのままでも出来るでしょう? わざわざ水着を?」


「ふふふ、良く訊いてくれたな、掃除を口実にプールで遊ぶ事が目的だ! たまには貸し切りでプールも良いぞ? まだ水は抜いて無いから、楽しむんだ!」


 そういう事か。でもプールの貸し切りか、もうすぐ夏も終わるのにまだ暑い、今もジリジリと太陽光が俺達に降り懸かる。

 ま、ちょうど良いかな。


「わぁ~、プール貸し切りですか! 楽しみです!」


 姫ちゃんはとても嬉しそうにしていたが、対照的につまらなそうにしていた人物がいた、それは皆川先輩だ。


「なんだ皆川、また彼氏に会えないから怒ってるのか?」


「違いますよ、今日は弟の心と遊ぶ約束してたのに」


 ぶすっと顔をしかめている、溺愛する弟と遊べなかったから機嫌が悪くなったのか。


「プール掃除は大事な事だぞ? まったく、しょうがないか、ここに弟を呼んでも良いぞ?」


「へ? ほ、本当ですかぁ! それならすぐに呼びます! えへへ~!」


 ニコニコしながら走りさっていく、彼氏といい、弟といい、この二人が絡むと常識ある先輩が問題児になるなんて。

 改めて、呆れました。

 考え過ぎかもしれないけど会長が今日は優しいような気がする、弟を呼んで言いなんて普通は言わないはずなのに。


 なんか気になる。


「さてと、あいつが来るまで遊ぼうか。二、三時間遊んだら水を抜いたら掃除だからな。二人とも着替えて来い」


「はいはい……」


 更衣室に入り学校指定の水着に着替える。俺は泳ぎは得意だ、これだけはクラスで一番速い。

 ま、そんな事はどうでもいいな、今日は遊ぶと言っているのだから。

 会長の“遊ぶ”は普通に聞こえないから不安だけど。

 更衣室から出て来ると、姫ちゃんはまだ着替えてない様だ。会長は何やら浮輪などを用意している。

 まさか。


「会長、まさか……泳げない?」


「う、うるさい! 誰だって得意、不得意があるんだ! わたくしは泳げない。それは認めよう。だが、この浮輪があれば泳げるんだぞ!」


 堂々と泳げないと告白、会長が男だったら、男らしいと言うべきなのだろうが。ある事が引っ掛かる、オバケとかは怖いと堂々と言えばいいのに。


「なんだその顔は?」


「いえ別に……」


 会長の浮輪、可愛らしいパンダのキャラクターがプリントされている、そんなにパンダが好きなんだろうな。

 時折、会長はパンダをチラチラ眺めている。その度に頬がピンクに。


「可愛いパンダですね」


「そうだろう? この顔がキュートで……おほん! 柳刃はまだか?」


 あ、今無かった事にしたぞ。そんなにパンダ好きだど思われたくないのだろうかと考えていると姫ちゃんが着替え終わる。

 水着姿の彼女は初めて目にする。

 うちの高校は女子の水着はセパレート水着で下半身は半ズボンのようになっている。それでもしなやかな身体、あまりの美しさに、その姿を呆けてしまった。


「か、かなめさん、ジロジロと見ないでください……恥ずかしいです」


「後藤の変態、柳刃の水着姿を見て涎を垂らすとは」


「ち、違う! よ、涎なんか垂らしていません!」


 くそ、会長め、余計な事を言ったから姫ちゃんに嫌な印象を与えてしまった。


「えっと、ひ、姫ちゃん、違うんだ! あの……すごく綺麗だったから、その」


「あぅ、ボクが綺麗? 本当ですか?」


「後藤、なかなか言うじゃないか」


 なんだこの雰囲気は、俺と姫ちゃん、両方が顔を真っ赤にして固まってしまった。

 今俺なんて言ったんだ? 面と向かって綺麗だって言ったんだよな?

 今になって恥ずかしさで身体が震える。


「会長、二人をあまりいじめない方がいいですよ?」


「ん、なんだ政史、わたくしは本当の事を言っているだけなんだぞ!」


 会長と副会長が、うるさいだの、わたくしの勝手だの、話し合う事になってしまい姫ちゃんと本当に二人だけの世界になる。


「そ、それにしても皆川先輩遅いよね?」


「あ、そ、そうですね」


 話を逸らす、それだけでいっぱいいっぱいだ。


「まぁいい……おい、皆川が戻るまで遊んでいるぞ! こんなに暑いんだ、せっかくのプールに入らないでどうする」


 会長が準備体操を始めた。こういった事はちゃんとやるんだな。みんなつられて体操、そしていざプールへ。


「冷たくて気持ちが良いです~」


 スイスイと平泳ぎをする姫ちゃん、泳ぎが上手い。泳ぐ姿もさまになっていて、また見とれてしまう。

 会長はどうしてるんだ? 浮輪に掴まりプッカプッカと浮いている。そう、浮いているだけだ。


「会長さんの浮輪、可愛いです!」


「そうだろうそうだろう? 特にこの子供パンダがわたくしのお気に……おほん! 柳刃、なかなか泳ぎが上手いじゃないか」


「そうですか? えへへ、ありがとうございます!」


「会長、泳ぎの練習はしないんですか?」


「するに決まっている、だが今日くらい遊ばせろ。いつもプールの授業では隅っこで練習させられているんだ、良いだろう今日くらい!」


 授業中一人でずっと泳ぎの練習か、なんだか想像出来ないな。


「なんだ、わたくしを馬鹿にした様な顔は!」


「し、してませんて! ただ、想像出来ないなと思っただけですって」


「そ、そう言うお前はどうなんだ? 泳げるのか?」


 取りあえず泳げると伝えたけど、なんか変な事になってきそうな予感が走る。会長はジロジロと睨む様に俺を見つめている。


「なら、政史と泳ぎで勝負してみろ! あいつは速いぞ? 勝てるかな?」


 自信満々に言ってるけど、他人の事で威張られてもな。取りあえず、勝負になってしまった。なんでこうなったんだよ。


「よ~し、それでは始めるからな、よーい……どん!」


 合図と共に二人が水面に消える、水しぶきをあげながら。スタートはほぼ一緒、そして同時にクロールを開始。


「行けー! 政史! 抜いてしまえ!」


「かなめさん、ファイトですーー!」


 速度はほぼ互角、さすがは副会長、嫌な顔せずに会長のわがままを難なくこなす超人。

 水の流れが身体全体を覆う、普通なら心地良い気持ちなのだが今は勝負中、そっちに集中しないと。

 目の前に壁が迫る、ここでターン、それも二人同時。


「凄い、互角です!」


「むむむ……やるな後藤、意外な才能があるとは」


 もうすぐゴール、気を抜けない。腕が疲れ始める、久し振りに全力で泳いでるんだ、疲れて当然。足も疲れ始める。

 後数センチ、もがくかの如くゴールを目指す。負けない、やるからには勝ちにいく。

 後ちょっと、手を伸ばせ、俺!

 水が弾け、壁に手を付いた。


「ぶはぁ! はぁ、はぁ……結果は?」


 会長の口が勝者を教える。


「後藤、正直ここまで出来るとは思って無かった。見直したぞ、素晴らしい泳ぎを見せてもらった」


「そ、そうですか? えっと、ありがとうございます」


 会長に褒めて貰える事なんてあまり無かったからな、正直に嬉しい。でも、結果は? 


「結果は引き分けだ。政史は昔からスポーツ万能な奴だ、泳ぎだってなかなか早い……後藤、昔何かやってたか?」


「中学の時は水泳部でしたよ」


「そうなのか? どうして部活に入らなかったんだ?」


 え? なぜって会長が無理矢理生徒会に入れたからでしょうが!

 と叫びたかったが、別に恨んでる訳でもない。最初は嫌々だったけど、今は楽しさを感じている。

 まぁ、会長には少し感謝してるかな、学校のために何かをやるなんて昔は考えた事もなかったもんな。


「会長、話はそこまでです。後藤くん良い戦いでしたね」


「副会長……そうですね」


 お互いに握手を交わす。過程は強引だったが、久し振りに燃えた。

 プールから上がると姫ちゃんが笑顔で出迎えてくれた。頑張ったご褒美の様に良い笑顔。


「すっごいです! かなめさんは泳ぎが上手です! ボク、見直しちゃいました!」


「あ、ありがとう、そう言ってもらえて嬉しいよ」


 また笑顔を咲かせてくれる、頑張って良かった。この笑顔を見れただけで幸せだ。

 姫ちゃんに惚けている時だ、何やら会長と副会長が話し込んでいる。

 なんだ、話しているんだ?


「……っだ! 分かったな政史」


「分かりました。本当にするんですね、会長」


「当たり前だ! こんな面白そうな事、見過ごせるか!」


 気になる。


「あのーー、二人とも何の話をしているんですか?」


「ん? 別になんでもないぞ、お前には関係ない。心配するな……それより皆川遅いな、何をしているんだ?」


 話を逸らされた様だ。気になるが確かに先輩が帰って来ないな? 一体どうしたのだろうか。

 会長が更衣室に入って行く、多分連絡を取るつもりなのだろう。

 数分後、呆れた顔をしながら会長の帰還。やはり何かあった様だな。


「どうでしたか会長?」


「ん~、皆川の話によると、弟が友達の家に遊びに行ってたらしく、弟と遊べなくて落ち込んでいた……取りあえずさっさと来いと伝えた。もうすぐ来るだろう、まったく、しょうがない奴だ」


 そっか、溺愛する弟がいなかったんだ、落ち込むのは無理は無い。


 それから数分後、皆川先輩が帰って来たのだが、もう力をすべて吸い付くされた様にふらふら、何度も「どうしてお姉さんを置いて行っちゃうの~」と独り言。


「皆川、遅いぞ? もう少し遊んだら掃除を始めるからな」


「……はい」


「かなめさん、皆川先輩大丈夫でしょうか?」


 多分大丈夫としか言えない。あいまいだが仕方が無い、俺にはどうする事もできない。

 いろいろあったが、それぞれがプールを楽しみ始める。会長はやはりぷかぷかと浮いているだけ、無論浮輪で。


「あの浮輪のパンダさん可愛いです」


「そ、そうだね……あ、姫ちゃんって泳げるの?」


「はい、どうにかですけど……そうだ、かなめさん、どうやったらあんなに速く泳げるんですか? ボクに教えて下さい!」


 快く了承をした。だが、冷静に考えればこれは二人きりでの泳ぎ特訓、ああ今日は来てよかった!


「あの、どうすれば良いですか?」


「そ、そうだね……まずは泳いでみてよ、見れば分かるかもしれないから」


「はい、頑張ります!」


 クロールを泳ぎ始める、ああ、なるほど、本人は気が付いて無い様だけど、即座に悪い点を理解した。

 クロールの前の掻き方がちょっとおかしいかな。掻く時に完全に手がパーになってるから遅くなってるんだ、指をピンと伸ばして、スムーズに入れて行けば速くなる。


「ぷはぁ! ……どうでしたか?」


 さっきの事を説明、指を綺麗にそろえて水を掻く。そう教えると早速実行している。するとさっきよりも速く泳げているし、華麗な泳ぎになってる。ヤバイ、目が放せない。

 姫ちゃんが水面から水しぶきをまき散らしながら現れる、髪をかき上げるしぐさにドキリとさせられる。


「かなめさん?」


「へ? あ、えっと、す、すごく良くなってるよ」


「本当ですか? 良かったです、かなめさんの教え方が上手いからですね!」


 やばいやばい、見とれていたな。不意に視線を感じた、振り返ると会長と副会長がこちらを注目していることに気が付く。何だ?


「後藤、そろそろ水を抜くから用具室から掃除道具を柳刃と取って来てくれ」


「わ、分かりました」


 怪しいぞ?

 まぁ考えても分からないから、取りあえず道具を取って来るか。取りに行こうとしたら丁度良く皆川先輩が帰って来る。


「遅いぞ皆川」


「うう、心と遊びたかったよ~」


「まったく、これでは“作戦”を行えるのか?」


 作戦? 何だか嫌な響き、会長が言うと更に不気味だ。


「何をしているんだ、早く行け! もたもたするな!」


「わ、分かりましたよ」


「早く行きましょう、かなめさん。会長さんが怒ってます!」


 作戦って単語が気になるけど、仕方ないか、掃除道具を取りに行くしかない。

 用具室は更衣室のすぐ隣りにある。姫ちゃんが扉を開くと、昼なのに薄暗い。

 中は割りと広く、二人入ってもまだ余裕がある。奥にはデッキブラシが並ぶ。


「掃除に使うのはこれですね?」


「そうだと思うよ、早く持って行こう」


 二人でデッキブラシを持った瞬間に突如ドアが大きな音をさせて閉じた。


「きゃあ! いきなり閉じちゃいました!」


「……へ?」


 ドアノブを握り開くのかを試す。

 あれ? 開かないぞ? 何回も回すが開かない。

 これって、閉じ込められた?

 何だよこれ、誰かのいたずらか?

 どうやら外から鍵がかけられているらしい。どんなにドアノブを回しても動かない。


「どうですか、開きますか?」


「駄目だ、鍵を閉められたらしい。全然開かないよ」


「あぅぅ、どうしましょう、早く掃除道具を持って行かないと怒られちゃいます!」


 姫ちゃん、多分その心配は無いと思うよ、だって鍵をかけられるのは会長達だけだ。

 つまりこれはいたずらだ。まったく、何を考えてるんだか。

 ドアの向こう側から小さな声で会長が囁く。


「聞こえるか、柳刃に気付かれない様に小さな声で喋れ」


 突然何を、姫ちゃんに気が付かれない様にだって? 一応従って小さな声で話す。


「会長、一体何を考えてるんですか! こんな子供じみた事、とにかく開けて下さいよ!」


「しー、声がでかい馬鹿者! わたくしはここを開ける気はないぞ、ただそれはお前次第だがな」


 俺次第? なんなんだよ、姫ちゃんは「オバケさんですか~? ここを開けて下さい」て言ってるんだぞ? 可哀相じゃないか。

 会長は何をさせようと言うのだろう。

 その答えを告げる。


「後藤、柳刃に告白しろ!」


「…………は?」


「だ、か、ら、柳刃に告白しろと言ってるんだ! そうしないとここから出してやらないぞ!」


 えっと、はぁ? な、何を言ってるんだ会長は! 俺が姫ちゃんに、こ、告白ぅ!


「ちょっと待って下さい!」


「ひゃあ! か、かなめさん?」


 大声を出してしまったため、姫ちゃんを驚かせてしまった。

 改めて彼女を見つめる、やはり綺麗だ。彼女に告白だと? 意気地無しの俺は恐れを感じる、告白して拒絶されたらと考える。


「な、なんでもないよ、驚かせてごめん」


 取りあえず誤魔化す。さて、会長に一言、言わなければ。再び小さい声に。


「会長、一言、言わせて下さい。余計なお世話ですよ! こういった事って自分の意志で自分のタイミングで言うのが……」


「お前は馬鹿だ。こういった事では意気地無しで、これまでに何回も告白出来る場面があったはずだ。なのに、こうやって後押しをしないとお前は言い出せない。相手の事を考え過ぎてまるでダメだ! ここで言わなかったら男じゃない」


 意気地無し、確かにそうだ。前だって俺の事をどう思っているのかを聞けなかった。

 この流れは納得はいかない、でも、ここで言わなかったら一生不ぬけた男のままかもしれない。

 とうとう意を決する時が来たのかもしれない。


 ぶつけるんだ、俺の思いを言葉に乗せて。


「……ちょっと納得いかないところもありますけど、言います、今日、俺は姫ちゃんに言います!」


「ほぅ、男らしい事を言ったな? 偽りではないだろうな?」


「本気です!」


 火が付いてしまった。それはどんどんと激しくなり、炎に姿を変え、原動力となる。


「後藤くん、頑張れ~!」


「結果が楽しみですよ」


「想いをぶつけて来い後藤!」


 生徒会のみんなに励まされ、一歩を踏み出す。居るはずのないオバケを探す姫ちゃん、純粋で神秘的な彼女に俺は挑む、この緊張感、尋常ではない。


「ひ、姫……ゴホン! 姫ちゃん!」


「ひゃあ! な、ななななんですかぁ!?」


「話があるんだ、聞いてくれないか?」


「ほぇ? お話ですか?」


 うるさい、心臓がバクバクと血液を身体中に運び、その音がうるさい。落ち着け、伝えるんだ、俺の気持ちを、君が……好きだって。


「俺は……君の事が……」


 ためらうな、頑張るんだよ。一言じゃないか、好きだと言うだけじゃないか。

 改めて実感する、自分がどれだけ意気地無しかを。


「ボクがなんですか?」


 両手を後ろにまわし、首をかしげて待っている、俺の言葉を。

 恐れるな、言わなければこのままの関係で終わってしまう。

 先に、先に進むんだ!

 強固な意識、たぎる心、震える言の葉は確かに、確実に世界に手を伸ばす。


「俺は君が好きだ!」


 何もない、素直に直球で放つ言葉。


 言った、とうとう言ってしまった。

 言えた安堵と答えの不安に妙な感覚を覚える。

 彼女は一体どう言うだろうか? その答えを待つ。


「ボクも好きですよ」


 今なんて?

 俺のこと好きだって言ってくれたのか?

 本当か?

 こんなあっさりで良いのか?

 本当に今……。


「かなめさん事好きです、それに会長さんも、副会長さんも、皆川先輩も、みんな好きですよ?」


 脱力、好きってそう言う好きか。

 姫ちゃんらしい。これが告白とは気が付いてない。


「えっと、そう言う意味じゃなくてね、付き合って欲しいんだ!」


「付き合う? お買い物とかあるんですか? ボクでいいなら付き合います!」


 違ーーう!


 ドア越しから会長達の爆笑が聞こえて来る。

 くそ、笑いやがって。

 落ち着け、ちゃんとした意味を伝えなくちゃ。


「違うんだよ、俺が言いたいのは……恋人になって欲しい」


「恋人さんですか? ……え? ボクとかなめさんが……恋人さん? ええっ!」


 ようやく思いが通じた。後は待つだけだ、彼女は顔を真っ赤にし、両手で頬に触れている。

 下を向き、動揺していた。


「あぅ、ふにゅん……ボクがかなめさんと恋人さん……」


「うん、駄目かな?」


「えっと、その……ボクなんかで良いんですか?」


「姫ちゃんだから良いんだ!」


 それから沈黙、彼女は考え込んでいる。

 俺は待つ事しか出来ない。息を飲む、手が震える、そして恐怖を感じている。


 長い時間、ようやく、やっと、彼女の唇が動く。


「えっと、あの、ふ、不束者ですけど、よ、よよよ、よろしくお願いしましゅ! ひゃあ! ひひゃをかふでしまいまひた(舌を噛んでしまいました)!」


「大丈夫!? って、それって」


「あぅ~……今日からボクは、かなめさんの……恋人さんです、えへへ」


 身体中から力が抜けて行く、俺の気持ちが成就したからだ。

 安堵が駆け抜ける中、部屋のドアが勢い良く開く。


「後藤、柳刃、でかしたぞ! 良くやった!」


「良い結果だった様ですね」


「あはは、二人とも可愛かったよ、おめでとう!」


 生徒会全員が祝福をプレゼント、俺達二人は顔を真っ赤にしながら身に任せた。

 そっか、今日から俺は、俺達は恋人同士なんだ。







 それから生徒会はプール掃除を開始した。

 時々掃除する手を止め、ポケッと空を眺めながら考えていた。

 嘘みたいだ、夢じゃ無いよなと馬鹿な事を考えている。


 偶然に彼女と視線が重なる、なんだか恥ずかしくて、どう接したら良いかお互いが困り、両者が出した結論は視線を逸らす、だ。


 顔を真っ赤にしながら。そんな俺達を当然の様に生徒会が絡んで来る。


「うわぁ~、初々しい~、二人共可愛い!」


 と、皆川先輩は俺達に胸キュンしているし、副会長は遠くで微笑ましく見守るばかり、会長は……。


「柳刃、後藤、せっかく恋人になったんだ、そんなに離れて無いで近くで一緒に掃除をしろ! これは、わたくしの命令だ!」


 お節介。というわけで、近くで一緒に掃除を始める。

 どう語りかければ良いのだろうか? ああ、本当に困ったな。

 そんな俺に意外にも彼女から話しかけて来た。


「か、かなめさん、これが終わったら一緒に帰りたいです……ダメですか?」


「ダメじゃないよ! うん、ダメじゃない」


「良かったです……ボク、頑張ります、かなめさんにふさわしい人間になります、だから、これからよろしくです」


 俺にふさわしい人間か、それはこっちが言う事だ。

 彼女にふさわしい人間になる、俺も覚悟した。互いが互いのために決意した。





 時間が経ち、ようやくプールも綺麗になった。


「皆、ご苦労様だ。おかげで綺麗になった。わたくしと政史にとっては最後のプールだったからな、綺麗に出来て良かったよ……さて、二学期は忙しいぞ? 文化祭やらマラソン大会やらで生徒会も手伝うんだ、それと防衛生徒会もますます頑張らないとな」


「……あれ? この学校って体育祭は無いんですか?」


「ん? あはは、そうだったな、後藤と柳刃は一年だったからな、この学校に体育祭は無い。だが変わりに全校クラスマッチの体育大会がある。わたくし達が一年の時は……ドッジボール、意外と皆は楽しんでいたな二年は……鬼ごっこ」


 へ? 鬼ごっこ?


「全学年のクラス半分が鬼になって、すべて捕まえれば勝ち、捕まえ切れなければ負け、勝ったらその中でまだ分けるって感じにやったな。おかげで最後はぐだぐだだったが……当時の会長がこれを考えたんだ」


「へぇ、今年は決めてるんですか?」


「ふふふ、良く聞いてくれたな、まぁ楽しみにしておけ、わたくしのナイスアイディアが炸裂する!」


 不安だ、会長ならやばい事を考えるに決まっている、二学期、恐ろしくなるだろう、覚悟せねば。

 それからようやく解散になった。もうすぐ夏休みも終わりか、そしたら寒くなって行くだろうな。


「かなめさん、帰りましょう」


「う、うん」


 あせるなよ俺、いつもの様に接するんだ、いつもの様に。


「か、かなめさん、あ、あの、その……手を……手を握っても良いですか?」


 ドクンと一気に衝撃が駆け抜ける、細くて美しい彼女の手、まだ触れた事なんて無かったな。

 断る理由なんか無い、ある訳が無い。


「う、うん、当たり前じゃないか」


 二人の手が重なる、二人とも顔が赤い、夕日に照らされてもっと赤みを増す。

 これからなんだ、彼女との日常はこれから始まるんだ、ようやく近い場所から始める。


「姫ちゃん、どっかに寄り道しない?」


「はい、寄り道しちゃいましょう」


 心に刻む様に、二人の記憶を刻む様にゆっくりと道を歩いて行く。


 これから何が始まるんだろうとわくわくしながら。


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