5月1週目 ③
「桜木さん、ミーティングは?」
室内練習場のミーティングルームで打ち合わせをしていたはずの桜木さんがいつの間にかキャッチボールをしていた俺たちの後ろにやってきて声を掛けてきた。
「さ、桜木さん。どこから話を聞いてたの?」
「ちょうどさっき打ち合わせが終わったから声を掛けて出て行こうとしていたところよ。そうしたら山田君のバッティングが上手くなりたいという話が聞こえてくるじゃない。監督として見て見ぬふりは出来ないでしょ」
嬉しそうにそう話す桜木さん、その後ろでは大木さんが置いてけぼりをくらってこちらの話に加わっていいのか様子を伺いながらこちらを見ている。
このまま放置するのは可哀想なので彼女が気づくように合図を送ってこちらに来るよう促した。
それに気づいた大木さんもさっと桜木さんのそばに近寄ってきた。
「それにちょうど良かったというか、山田君には個別で話をしようと思っていたから」
「え!?俺と!?」
「そうよ、昨日までの結果を踏まえて、今後のフィードバックをしなければならないからね」
桜木さんの言葉に山田は誤解に気づいたように話を合わせる。
「あ、そうだよね。野球の話だよね」
「そうよ、それ以外に何かあるの?」
「い、いや。大丈夫です」
「それで、桜木さんも話があったと言うことだけど、皆が良ければこのまま話をするけど。時間はまだあるし」
そう言ってポケットに入れていたスマホで時間を確認すると、昼休み終了の予鈴までまだ25分ほどある。
「大木さん、うちのクラスは教室の移動とかはなかったよね?」
「うん、うちのクラスは大丈夫」
「私のクラスも問題はないわ。山田君はどう?」
「お、俺のクラスも問題ない、です」
全員のクラスが問題ないことを確認して、桜木さんの案内で彼女たちが先ほどまでいたミーティングルームに入室を促された。
室内の机を4人で話が出来るように整理し、俺と山田が横に並び、その反対側に桜木さんと大木さんが並んで座った。
「ちょうど今日のミーティングでも話はしようと思っていたのだけど、全員分を一気にやると時間が足りないから、個別に時間をとって話をする予定だったの」
そう言って桜木さんは大木さんに合図を送ると、大木さんは手元に置かれたノートパソコンを操作する。
するとミーティングルームに設置されたモニターの一つに画像が表示される。
「これは、各個人の成績表?」
「そう、ここ5試合の各試合の選手ごとの打席での結果ね。これはその集計」
画面には俺たち部員12名の名前と打席数や打率などの指標が記載されている。
「俺は16打数でノーヒット。改めて見るとやばいな...」
山田は自身の成績を見て落ち込んだ表情を見せる。
「山田君、この成績は今のところは気にしないでいいわ。いえ、気にするなと言われても難しいのはわかっているけど、それよりもあなたと話をしようと思っていたのはこっち」
そういうと桜木さんの指示で大木さんは別の画面を表示させる。
「これは各打席ごとの配球と結果についてか」
「そう、これを見るのと、後は実際の映像を確認して気になったことがあったの」
「え、気になったこと?」
「えぇ。こんなこと聞いたら失礼かもしれないけど、山田君も上手くなりたいと言うことだからオブラートに包まずに率直に聞くわね?」
「お、おぅ!」
「例えば昨日の1打席目、結果としては2ボールからの3球目の外角のフォークを引っかけてピッチャーゴロになったけど、このときは何を考えてこのボールに手を出したの?」
桜木さんの問いかけに山田は恐る恐るという様子で答える。
「えっと、外角にきたボールで高さが甘いと思ったから思わず手を出したと言うか...」
「そう、答えてくれてありがとう。じゃあ次は3打席目のセカンドゴロについて、こちらも2ボール1ストライクからの4球目、これも真ん中から内角に曲がってきたスライダーを引っかけてるわね。これも打てると思った球に手を出したら変化球で打ち損じたんじゃない?」
「そ、そうです」
指摘された内容が事実だったのか、山田は驚いた様子を見せている。
「はい、他にも確認したいけど、時間がないから一旦ここまでで。私が立てていた仮説は概ね正しそうだわ」
「そうですね。仮説が正しければ改善する余地はありそうです」
桜木さんの言葉に続けて大木さんがそう話すと、山田は席を立ち上がりながら嬉しそうに二人へ話しかける。
「それって俺のバッティングが改善するって事か!教えてくれ、いや、教えてください」
二人に頭を下げる山田。
「山田君、頭を上げて!?」
「そうよ、山田君。私たちの目的は実際にプレーする選手のサポートですもの。まずは落ち着いて話をしましょう」
「あ、あぁ。ごめんなさい」
そう言って再び席に着く山田、それを見て話を始める桜木さん。
「改善するとは言ってもそれが即効性を持つのか、時間がかかるのかはやってみないとわからないわ。それでも確率を上げることは出来ると思う、と言うことは前提に聞いてね」
「それはもちろん。俺もすぐにヒットが打てるに越したことはないけど、難しいのは打席に立っているから理解しているよ」
「ありがとう。それじゃあ改めて質問するけど、山田君は打席に立つときに何を考えているの?というか何かを考えている?」
「何を考えていると聞かれると難しいけど、とりあえずきたボールがストライクで打ちやすそうなら打とうと考えている...かな」
山田の答えに目の前にいる二人はもちろん、俺も頭を抱えそうになる。
「あー山田、例えば打席に立ってるときに次にどんなボールが来るか予測ってしてるか?」
「い、いや。ストレートか変化球かくらいはかんがえているけど...」
「やっぱり」
山田の言葉に3人は顔を見合わせる。
「山田君、一部のへんた...いえ天才を除いて、ピッチャーの投げてくる球を全く予想せずに打つなんて確率が低すぎるわ。金沢君、あなたにも聞くけど打席にいるときは何を意識しているの?」
桜木さんの質問は俺に答えさせると言うよりも、山田にその話を聞かせたいのであろう。
「相手ピッチャーの球種、直前の打者の攻め方。そこから予想して相手バッテリーがどの球種を選択して、その場合どのコースに投げる確率が高いかを予測している。もちろん予想が外れることも多いけど、狙い球が来たらチャンスと思って強く打ちにいく」
俺の言葉に山田は驚いている。
「山田、これが狙い球を絞るって言うこと。少なくとも2ストライクに追い込まれれば、きわどい球にも手を出していかないといけないけど、それまでは別途監督から指示がない限りは狙い球を絞って打つことを考えているよ」
「ということは、俺に必要なのは...」
「そうね。もちろんバッティング練習は必要なのでしょうけど、あなたは三振も多いけど少なくともバットにボールを当てるコンタクト能力はそこまで悪くないはず。あとは打席での配球の読みを勉強して、それを実戦に活かせればバッティングの内容も良くなって、ヒットも生まれてくるはずよ」
「よ」
「「「よ?」
「よっしゃーーー!!!桜木さん、それなら俺は何をすればいい?」
嬉しそうにガッツポーズを取りながら前のめりに桜木さんに話しかける山田。
「そうね。バッティング練習はまた練習時に他のメンバーにも共有するとして。山田君、お家でプロ野球中継が見れる環境はある?」
「あぁ。じいちゃんが野球好きで、ケーブルテレビで全試合見れるぜ。」
「良かった。それならこれからお家にいるときで野球が見れる時間は、ピッチャーが次に何を投げるか予想しながら見てみて。配球に正解はないから明確なゴールというのはない難しいことだけれど、少なくとも配球を勉強する事は出来ると思う。もしおじいさまも一緒に観戦するのであれば、お互いに予想しながら見るのもいいわね」
「あぁ、自分の視点以外でなんでそういう風に考えたのかっていうのは勉強になるよ」
「実際プロ野球の一流選手でも3割打てたら一流。逆に言うと7割は失敗するのよ。配球を読んでも打てないボールというのも実際あるけど、狙い球を絞って確率を上げることが出来たら、必ず成果につながるはずよ」
「おっしゃ!!早速今日から中継見て勉強するぜ!3人とも時間もらってありがとう!!」
そう言うと嬉しそうにミーティングルームから出て行ってしまった山田。
その様子に3人は顔を見合わせて笑う。
「山田君、よっぽど嬉しかったみたいですね」
「そうだな、最後に伝えたかったんだけどな」
「しょうがないわよ。本人としては光が見えたから嬉しかったんでしょ」
3人は思い思いに感想を述べる。
「「「今日は月曜日だからプロ野球の中継はないのに」」」
月曜日はプロ野球チームは移動日となることが多く、大型連休が終わった今日は試合はない。それを伝える前に出て行ってしまった。
「まぁ、今日のミーティングには参加するんだし、そのときに伝えてあげましょ。あ、もう予鈴がなるから戻りましょうか」
桜木さんの言葉に俺たち3人は室内練習場を後にして教室に戻るのであった。
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