お隣のJKが怖くて可愛い
かみき
第一章
第1話 うるさくて怖いお隣さん
大学生の一人暮らしというと、何を思い浮かべるだろうか。
掃除、洗濯、料理といった家事。新しい場所で上手く生活することができるのかという不安。華々しい大学デビュー、充実したキャンパスライフ。他には大学での勉強、はたまた恋愛……。
俺、
だが今は違って、その浅はかな考えを改めている。
いや、正しく言うなら改めさせられた、と言うべきか。
「メリークリスマス──」
デジタル時計の画面は22時を表示し、閉じたカーテンの隙間から真っ暗な夜空が顔を覗かせている。コンビニバイトの帰りで冷え切った身体に暖房の緩い温風が染み渡る。
今日は12月25日、世間はクリスマス。街中は赤緑青のイルミネーションでムーディに彩られていた。もう直ぐ年末ということもあって、すれ違う人たちは確かに浮ついていた。
かくいう俺はというと、大学生になって初めての聖夜にぼっちだった。
一人の俺を見兼ねて、バイト先の先輩から譲ってもらった売れ残りのローストチキンを添えて……。それとお気に入りの配信者の配信も加えて俺は部屋に一人でいる。
「……ギタサーはクリスマス会でもやってたりしてるのか」
ギタサー。ギターサークルの略称で、活動としてはいわゆる軽音学部とほとんど変わらない。定期的に部室に集まってセッションをしたり、たまに駅前にあるこじんまりとしたライブハウスで練習した曲を披露したりする。
俺は入学式後すぐに行われたギタサーの新歓飲み会で反りが合わなくて、そこからフェードアウトしてしまって、今は幽霊部員のような立ち位置になっている。
「分かってたことだが、大学生の飲み会のノリは意味がわからない。俺はまだ未成年で酒飲めないのに」
一応その時に同じベース担当の二回生の
つまり、今の俺はギターサークルを飛び、同じ学科の友人以下の知人(たまに他愛のない話をするだけ)が数人、バイト先のコンビニという小さいコミュニティに所属する、充実したキャンパスライフとは無縁の人間になっていた。
元々、飲み会のような大人数でワイワイがやがやと楽しむのは性に合ってないということは分かっていた。趣味のベースも趣味範囲で自分が楽しめたらそれで良いと今もそう思っている。だから、こんな風にぼっちになるのも当然の帰結だということは分かっていた。
でも、もし俺がギタサーを辞めなかったら。
もしかしたら、サークルメンバーと楽しくセッションをして、たまにライブハウスで観客の前で曲を披露して──そんな未来もあったかもしれない。
(暖房あったけー……)
『ドンッッ!』
「……っ」
突然、隣の部屋から壁越しに深くて鈍い音が響いた。
『ドンドンドンッ……ダンダンダ……ドンドンドンドン!!』
「……っ」
怖い。
率直な第一印象はそうだった。壁を叩いているのか、それとも部屋の中で暴れ回っているのか、または思い切り床を蹴っているのか。明らかに物と物とぶつけたような音が聞こえる。無機質で威圧感を感じるような、そんな音。
お隣さんがうるさい。……そして怖い。
このマンションは、耳をすませば隣の生活音が聞こえてくるくらい壁が薄い。そんな薄くて脆い壁一枚を隔てた向こう側で何が行われているのか。
僅かな好奇心と、身体が強張るほどの恐怖心。
でもそれ以上にうるさい。やはり、騒音は近所に迷惑で、トラブルの種にもなりえる。そして現在、俺は迷惑を被っている側だ。
迷惑をかけている側──加害者というのは、自身が加害者である自覚を持つことは難しい。傷つく、損をする、迷惑がられる……そういった被害者側の応答がなければ、そもそも加害性を認識し辛い。
そして、それが日常的に行なわれているなら尚更だ。
──お隣さんがそうなのだ。
お隣さんからは、俺が迷惑で怖いと思うほどの騒音が日常的に聞こえていた。先程のような低く鈍い音や暴れたような音やら、お隣さんが当然と思っていることに、俺はすぐ隣の部屋で怯えながら日々を過ごしていた。
わざわざ注意するのは忍びないし面倒だが、この窮屈な生活を終わらせたいのも本音だ。
そう思いたち、俺は隣の403号室へと向かった。
「おぉ……、寒っ……」
俺の部屋と変わらないシンプルなデザインのドアの側にある『403』と記された部屋番号のプレートを一瞥し、恐る恐るインターホンを押す。
……考えもしなかった。大学生の一人暮らしで『騒音』で頭を悩まされる事になるなんて。大学の勉強についていけるのか、ちゃんと友達を作ることが出来るのか、ちゃんと一人で生きていけるのか……とか、そんな漠然とした不安で一杯だったのに、蓋を開けてみると一番の問題はご近所付き合いだった。
果たして、お隣さんとはどのような人なのか。俺と同じ大学生なのか、それとも社会人なのか。今日はクリスマスだし、恋人と一緒に過ごしたりしているのだろうか。
お隣さんがどんな人であれ、俺に関係のない話なのは変わらない。俺はただ、お隣さんに騒音でうるさいので静かにしてくださいと言い、雑音のない普通の一人暮らしを取り戻すために、今ここに立っている。
『はい』
「404の滝沢です」
──きちんと挨拶をしましょう。
──ゴミ捨ての時間を守りましょう。
──騒音トラブルにならないように、静かに過ごしましょう。
部屋は違えど名前も知らない人と同じ屋根の下で過ごしながら、でも特に深い交流をする訳でもない。迷惑にならないように過ごしてもしがらみが増える。それがご近所付き合いなのだ。
程なくしてガチャリと音が聞こえ、ドアノブが90度右回りした。
今ドアのすぐ向こう側に騒音トラブルの元凶であるお隣さんがいる。そう思うと、恐怖心がぶり返す。
(……うるさいですって言って、早く部屋戻ろ……)
ゆっくりと開かれたドアの向こう側にいるお隣さんに向けて話す。
「……っあの、音、こっちまで聞こえてて……、静かにしてもらえると──」
わざわざこんなところで心を磨耗しないといけないとは、ご近所付き合いとは面倒だ。そう思った矢先、俺の手と言葉を発していた身体は分かりやすく固まった。
それもそのはずだった。
ドアの向こうから現れたのが、俺の母校の制服を着た女子高生だったからだ。
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