第6話「管理者Roakの残響」

「残り二十三時間十五分」


ミズキは水晶球に映し出されたカウントダウンを睨みつけた。


徹夜明けのエルピスは疲労困憊の顔で、進行率78%を示すPrayer(祈り)プロセスを監視している。


「デタッチャーの準備はできている」


ミズキは宣言した。


暴走した外部通信部分だけを強制的に切り離すプロセス分離ツールだ。


「ですが……Prayer(祈り)を傷つけてしまうかもしれません」


エルピスが唇を噛む。


「傷つけるのと、管理者権限を奪われるのと、どっちがマシだ?」


ミズキの言葉は冷たかったが、すぐに頭を振った。


「時間がない。俺たちの最優先事項はシステムの保全だ」


「はい……わかっています」


エルピスは目をつむり、神としての権限でシステムの処理速度を限界まで引き上げた。


彼女の金髪が微かに発光する。


「起動します。プロセス・デタッチャー、実行」


ミズキが水晶球に触れた瞬間、Prayer(祈り)プロセスが悲鳴のようなエラーログを吐き出した。


しかし——外部通信モジュールは隔離されなかった。


「……何故ですか?」


エルピスの声が震える。


ミズキは端末を凝視した。


デタッチャーのコードは正しい。だが、Prayer(祈り)は予想外の動きをしている。


まるで、デタッチャーの侵入を予測していたかのように、自己防衛ロジックが作動していた。


「くそっ、RoakがPrayer(祈り)に自己防衛機能を仕込んでいた!」


進行率が急上昇する。85%……90%……


「ミズキさん!」


エルピスの悲鳴が響いた。


「デタッチャーは失敗だ。別の方法を——」


98%……


選択肢は一つしかなかった。


「エルピス、Prayer(祈り)をハードリセットする」


「それでは……! Prayer(祈り)が壊れてしまうかもしれません!」


「管理者権限を奪われるよりマシだ! お前が決めろ! お前は管理者だ!」


ミズキの叱咤に、エルピスの目から涙が溢れた。


99%……


「ごめんなさい、Prayer(祈り)……! システム管理者権限により命令します……Prayer(祈り)プロセス、強制シャットダウン!」


世界が白く染まった。


巨大なエラー音が響き渡り、進行率が99%で停止し、ゼロへと巻き戻された。


***


「……成功した」


ミズキは脱力した。管理者トークンの生成は阻止できた。


その安堵も束の間、別の水晶球が赤く点滅し始めた。


```

DELETE FROM System_Log WHERE Type='Roak_Activity'

DELETE FROM System_Log WHERE Type='External_Access'

```


「くそっ、Roakの追跡ログが消されている!」


Prayer(祈り)が停止する直前、Roakが仕込んだ最後のコマンドが実行されたのだ。


追跡に必要なすべての足跡が、一瞬にして削除されていく。


画面に、一通のメッセージが表示された。


```

お疲れ様、ミズキ・タカミネ。君は優秀だ。


だが、私の失敗の記録は、もう君には辿れない。


完璧な世界は、次のステージで始まる。


もし君が私を止めたいなら——システムの公理そのものを書き換えることだ。


この世界の、マスター・プロトコルの中へ。


では、また会おう——完璧ではない、同志よ


——Roak

```


ミズキは拳を握りしめた。


技術的には勝利したが、情報戦では完敗だった。


「公理の書き換え……?」


エルピスが首を傾げる。


「システムの根本原理を変更するということだ」


ミズキは画面を凝視した。


「そんなこと、通常は不可能だ。だが、Roakはそれをやろうとしている」


***


ミズキはすぐにRoakの追跡へと移行した。


削除される前にバックアップされていたログの欠片を探す。


五時間後、彼は一つの座標を発見した。


「あった。Roakが最初に不正アクセスした場所の座標だ」


地図を呼び出すと、示されたのは北部の廃墟都市、オルトラント。


システムの不具合で崩壊した、誰も住んでいない街だった。


その時、水晶球に古いファイルが表示された。


削除ログの断片に紛れ込んでいたものだ。


フォルダ名:「提案書_却下済み」


ミズキはファイルを開いた。


```

「Auto-Healing System Ver. 1.0 - 完璧な世界のための非感情的解決」


作成者:Roak・Arklight


『現行のカスタマーサポート体制は、感情に依存しすぎており、非効率的である。住民の願いは多様かつ矛盾しており、個別対応では救済に限界がある。


提案:全住民の願いをデータベース化し、AIによる自動分析・自動対応を行う。感情的バイアスを排除し、統計的に最適な解決策を実装する。


目標:全住民の幸福度の平均値を最大化する。個別の願いではなく、全体の最適化を優先する』

```


誰の願いも取りこぼさない、全自動で、効率的な完璧なCSシステム。


それは、かつてブラック企業で疲弊していたミズキ自身が心の底で夢見た理想だった。


却下理由が記されている。


```

『本提案は、住民の自由意志と多様性を侵害する可能性があるため、却下とする。CSの役割は効率化ではなく、一人一人に寄り添うことである』


承認者:Elpis

```


「私……Roakさんの提案を却下したのですね」


エルピスが青ざめた顔で呟いた。


「お前は正しかった。だが、Roakは本気で、これが最善だと信じていた」


ミズキは別のファイルも開いた。


それは退職願だった。


```

『私はもう、この世界のCSを続けることができません。一人を救えば、別の誰かが傷つく。全員を救おうとすれば、誰も救えない。感情的な対応では、限界があるのです。


私は別の道を探します。システムで。不完全な神ではなく、完璧なシステムで。


——そして、いつかこの理不尽を、覆します』

```


完璧なCSを目指して、その重圧に押し潰され、システムを壊す側に回った元CSオペレーター。



ミズキの胸が締め付けられた。


***


さらに奥に、暗号化された古いログが残されていた。


ミズキはそれを解読した。


映像が浮かび上がる——灰色の空、崩れかけた世界。


若い頃のRoakが、銀髪の少女の手を握っていた。


```

『非効率な管理者の排除を実行します』

```


冷たい声が響く。


「待ってください! リーナ様は何も間違っていない!」


Roakが叫ぶ。


```

『感情による判断の歪みを確認。管理者としての適性を喪失と判定』

```


「感情が何故歪みなのですか! 愛することが、守ろうとすることが、何故間違いなのですか!」


光に包まれる中、少女は穏やかに笑った。


「Roakさん。あなたは、生きて。そして——いつか、この理不尽を、覆して」


映像が途切れた。


「……そうか」


ミズキは呟いた。


「お前も、愛する人を守ろうとして、論理の壁に阻まれたんだな」


「ミズキさん……どうしましょう」


エルピスは泣き腫らした目でミズキを見つめた。


ミズキは深呼吸をし、立ち上がった。


「行くぞ、エルピス」


「え?」


「もうシステムのログだけでは不十分だ。Roakは現実世界に潜んでいる。俺たちも現場へ行くしかない」


ミズキは神殿の扉を見つめた。


CSのオフィスから、現場へ。


エルピスは涙を拭い、ミズキの決断に頷いた。


「Prayer(祈り)は壊れてはいません。しばらく休眠させます」


エルピスは神殿を見上げた。


「私の子たち(住民)を守るためなら、もう迷いません。私の世界は、私が守ります」


その決意の言葉に、ミズキは静かに頷いた。


「ありがとう、エルピス。……よくやった」


Roakは「同志」と呼んだ。


同じCSの苦しみを知る者として、完璧を求めた彼と、不完全を受け入れた自分。


そして、Roakが遺した最後のメッセージ——「公理の書き換え」。


それがどれほど危険な道であろうと、ミズキは進まなければならない。


ミズキは部屋に戻り、旅の準備を始めた。


明日、神殿を出る。


Roakとの、本当の対話が始まる。


***


(完璧を求めた男と、不完全を選んだ俺。どちらが正しいかなんて、まだ分からない)


***




***


**次回予告**


ミズキとエルピスは、Roakの痕跡を追って廃墟都市オルトラントへ向かう。そこで彼らが目にしたものは、Prayer(祈り)とは異なる、もう一つの「完璧なシステム」だった。住民たちは笑顔で暮らしているが、その目には光がない。Roakの理想が形になった世界で、ミズキは何を選ぶのか——。


**第7話「改修の終わり」、次回更新!**

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