第14話 矛盾
俺は、まだ壊れていないから。まだ大丈夫。もっとあのゲームの主人公みたいに、俺が好きでいられる人間をやらせてくれ。偽りとかじゃない。演じるのでもない。模倣ではあっても、これは俺以外の何者でもないから。理解されないなら、そのままの方が格好がいい。どんなに矛盾していても、全部俺だけど、壊れてしまったら、それは俺じゃないから。俺が俺じゃなくなったら、今までの何にも意味がないから。自分の中の何かが悲鳴をあげているような感覚はあっても、それを誰かが認めてしまったら、全部終わりに思えた。
本を読むのが昔から好きだった。なのに最近は文章を読むのが極度に苦手になった。屈辱的なんて言っている余裕はない。心のどこかに穴が空いた。それは恐怖だった。もう、積み上げてきたものが壊れるんだと感じた。疲れきって、何もできなくなったら、俺は俺の存在意義を見つけられない。
桐花芽来は、いいよなと思った。最初は、感情を全部隠しているだけの、ミステリアスな存在だと思っていた。でも、あいつは本当に、これまで何も考えずに生きてこられたんだと、最近勘づいてきた。勉強ができればいい。他のことは無駄。そんな大人の言葉に守られてきた。多分、無難な職について、それなりに満足して、人生を謳歌できるんだろうななんて。羨ましいような、哀れなような感じがしていた。でも、桐花は俺といるときには俺を羨むようにする。俺を軽視していないという感触は、だんだん俺の中の深いところの、心に執着される心地悪さに変わってきた。どんな人間よりも俺をわかってくれないくせに、それでいて俺をわかりたがる変なやつだと知っていた。
芽来は、その瞬間何かが崩れたことに気がついた。気づかせたのは、悲痛な一馬の大きな声だった。結翔が本当にエンタメ同好会に入部することになって、そのための資料を用意していただけだった。確認作業を任せた一馬が
「ごめん、ちょっと待って」
と芽来の手を止めた。芽来は大人しく待っていたが
「また、文字が読めないの?」
と心配して尋ねた。一馬が
「まあ、そう。すぐ治るから」
なんて誤魔化したことも、まだ問題ではなかった。時間がかかって、症状が落ち着いたらしい一馬に、芽来はただアドバイスをした。
「病院に行った?続くのなら考えた方がいい」
眉を寄せつつも
「人間案外丈夫だし、嫌でも限界は来ないもんだからさ」
と一馬は冗談めかした。医者の息子である芽来は物申したい言い分だったが軽く受け流して作業をしていた。
結翔がやってくるまで暇になったとき、芽来はそれとなく呟いた。
「北野と話したんだけど、君ってかっこいいよね」
「俺のいないところで何の話をしたんだ?」
最初のうちは呆れていた。そのときは芽来からみても、一馬はどこか嬉しそうだった。
「僕、君みたいになりたいんだ」
「どうして」
しかし、そう問うた一馬の空気は一瞬にして凍てついていた。
「心が豊かだから、それに、これは北野と話したんだけど、君の夢中な生き方が素敵だって」
「いいもんじゃ、ない。多分桐花みたいな方が楽だよ」
すでに棘を纏ったその言葉は芽来と噛み合った。
「そうかも。でも、僕は君と会ってからの方が楽しい」
いつもと変わらない平らなトーンが、一馬の癪に触ったのかもしれない。一馬は条件反射かのように、即座に声を上げた。
「そんな、勝手なこと!」
制御が効かなくなったようにそのまま大きく吐き出した。
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