第6話 後輩
教室の最も窓側の席が一馬の席だ。目標は、そこにいる彼に話しかけ、一緒に教材を解こうと誘うだけのこと。しかし、そこにはそれを阻むように、常にクラスの男子たちが大勢集まっていた。このときばかりは一馬の人望を恨めしく思って、一人、離れた席で、芽来は口を尖らせた。
(今日もダメだった……)
ため息をついて放課後の人がまばらな教室を出ようとしたとき、廊下から一馬が小走りで入ってきた。荷物をまとめ、自習道具だけを腕に抱えているところを見て、芽来は意を決する。
「空韻、今日、少しだけ、この教材を一緒に解いてくれない?」
その響きが重く、もしくは軽率になりすぎはしなかったか、芽来は言った後で何度も自分の声を反芻した。
「ああ、ごめん。また教えるって話だったよな。今日なら大丈夫、前のとこでいい?」
一馬はいとも簡単にそう言った。嬉しいはずが、これまでの自分の苦労を否定されたような気分になるくらい、なんでもないその返事が眩しかった。
「うん。行こう」
芽来の声が普段の冷たさを取り戻した。せかせかと進んでいく芽来に、一馬が慌ただしくついていった。
「あ、今日は混んでるんだな」
一馬の言ったとおり、前とは違って大体の席が埋まっている。みんな同じワークを開いているところを見るに課題の提出が近い学年でもあるのだろう。
「奥の方を見よう」
そう言った芽来に、一馬は何も言わずについて来た。
間を縫って一つ空いている席や、机に余裕がある場所はあっても、二つ隣り合って空いた席はなかなかなかった。諦めた一馬が
「今日は教室に戻って」
と言いかけたとき
「あ!」
とよく通る明るい声が二人の元へ駆け寄ってきた。それは、あのとき二人のやりとりを笑っていた後輩だった。背が低く、前回同様に彼に釣り合わない丈の箒を持っている。二人ともそのことにすぐに気がついて
「あのときの」
と声を揃える。後輩は笑顔を作り、ついに名乗った。
「はい!図書委員一年の
結翔が二人に話しかける前に、周囲の視線が三人に降り注いだ。
「ウソ、結翔くんも揃っちゃった」
「学年トップ組進化じゃん」
と口々に言われている。聞いてまずい内容ではないけれど、と芽来は二人を見渡した。案の定、二人は同じような困り顔で笑っている。
「お二人で勉強ですか?そこに一個椅子足しますよ」
と間をおいて切り出した結翔が椅子をとりにいなくなると、一馬は芽来に
「あの子、やっぱ、一年生の一位の子だ。部活の後輩が噂してるのよく聞くんだよな」
と耳打ちした。芽来はどことなく不満で適当に相槌を打った。その不満がひどく幼いものであることも、やはり自覚していた。椅子を抱えて戻ってきた結翔に礼を言うと、二人は予定通り勉強を始めた。基本は各々で解いて、確認をすることを繰り返した。いつからか一馬は数学を始めて、三十分に一度口をきく程度になった。芽来は時々一馬の様子を盗み見ていた。
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