第15話 奮戦
「――じゃあ、そっちも連絡付かないんですね?」
修一の言葉に、画面の奥の倫子が頷く。珍しく酒もタバコも持っていない事が、事態の深刻さを伺わせる。
『結界の中で戦っていたとしても、通信は繋がる筈。返事が無いというより、こちらからのシグナルが届いていない、という感じなのよね。こんな事は初めてよ』
倫子は眉根を寄せて、タバコを取り出した。『ところで、そっちの方はどうなの? 応援は来た?』
修一は、何も知らない内に何とか翠を追い返そうとしている店長――村田――の様子を眺める。翠は原付に跨がり、ヘルメットを膝に置いていた。駐車場の隅で腕の端末に向かって話している修一の方を怪訝そうに眺めていたので、慌てて背を向ける。
「まだ、来てません」
倫子はチッ、と舌打ちをし、
『全く、トロいわね。あんだけエラそうな事を言ってたクセに』
「あの――店長の事、知ってるんですか?」
『知りたくも無いわよ、あんなヤツ!』
その反応で、何となく想像がついた。しかしあのトボけた感じの店長が、まさか政府の人間だったとは。まだ何も説明されていないが、襲われた時の反応といい、口八丁で翠をやり込めた手際の良さといい、只者で無い事は確かのようだ。
その時、ドン、という衝撃音と共に空気が揺れた。
「……何だ?」
さらに連続する破壊音。――店の中からだ!
「……もう、限界かよ」
村田は舌打ちをして、翠の頭にヘルメットを被せる。「こっちへ来い!」
「ちょっと! 帰れだったり来いだったり、一体何なの?」
と、文句を言う翠のすぐ横の店の壁に、亀裂が入った。裏口の扉だ。心無しか、内側から膨らんでいるようにも見える。
それを翠から隠しつつ、同時にその身体を庇うように動く村田の行動に感心していると、すれ違いざまに頼むぞ、というように顎をしゃくられた。
修一は唾を飲み込む。
サキと連絡が付かない。サキが居ないという事は、ビーストを結界に巻き込んだとしてもその後が続かない、という事だ。
どうする? ――いや、何とかするしかない。……何とか。
ドン、と音をたてて裏口を塞いでいた分厚い扉が倒れる。
反射的に端末に手をやるが、予想に反して開いた黒い空間に動きは無い。端末を構えつつ、ゆっくりと近づく。と――何か、聞こえた。ギリギリと、何かが引き絞られるような音。見えた! ビーストの背中から延びる4本の腕の奥、その中央で力を溜めているビーストの姿。ギリギリまで伸びきった腕が、まるで今にも破断しそうなゴムのようにぶるぶると震えている。
ゴムって――まさか!
次の瞬間、ビーストの本体が発射された。正面からぶつかった修一は端末を操作する間も無く衝撃で後ろに飛ばされる。ビーストは両手で修一の首を掴み、尋常ではない力で締め上げる。
地面に落ちた瞬間、ハッとした。すぐ横に、翠と村田がいた。翠と、目が合った気がした。
村田が発砲する。ビーストが悲鳴を上げ、首を絞める力が弱まった瞬間、修一は端末を操作した。視界の全てが蒼くなる。同時に、目の前にいたビーストの存在が消える。
そして――結界の中にいた。
「畜生!」
思わず修一は毒づいた。
見られた。……見られた!
目が合った瞬間の、翠の表情! 焼ついて離れない。
『落ち着きなさい』
端末から、倫子の声がした。そうか、回線は繋いだままだった。『対処はあいつに任せればいいわ。あなたはビーストを倒す事に集中して』
……そうだ。そうしなければ、死んでしまうのだから。
「……来ました」
コンビニの建物の上に、ビーストが立っていた。二本足で立っている以外、もはや人間としての面影は無い。赤い複眼の4つの目。爬虫類のような、緑色の肌。その背中から伸びる、4本の腕。通常の腕も、鎌のような鋭い突起が飛び出している。
「結界なんて! メンドクサイわねぇ」
ビーストが大きく裂けた口を開いた。その中から、蛇のような長い舌が伸びる。「ま、邪魔者がいなくなったのは、助かるわ」
ビーストはその口を歪める。笑ったつもりのようだった。
「……あっちで暴れられると、困るんだよ!」
「そういうのが、メンドウだっていうの。戦いたい時に戦い、変身したい時に変身する。それが、本来のビーストってものでしょう。――ま、ビーストになったばかりのお子ちゃまには、分からないかもしれないけどねぇ?」
やはり、か。明確に、自分を狙ってきたのだ。だとすると――。
『やっぱりサキの方は、陽動ね』
倫子の声が聞こえたと同時に、端末から電子音が鳴る。『変身制限解除したわ。後は、あなた次第』
「……はい」
戦える……筈だ。あれだけ、訓練をしたのだから。
ビーストの長い舌が口の周囲をズルズルと舐めていく。
「ふぅん、やっぱりまだちょっと弱い感じだけど、他に取られる位だったら頂いちゃいたいわねぇ。……じゃあ、」
舌がサッと引っ込んだ。「頂きましょう!」
ヒュッと音が鳴り、4本の腕が一斉に修一に襲いかかった。間一髪、地面を転がりながら何とか回避する。近くに止まっていた自動車の陰に隠れるが、すぐにそれは5分割にされて、慌てて別の建物の陰に移動した。
「逃げてばかりで!」
修一にとって幸いだったのは、ビーストがまだ本気でなかった事だ。殺すまでの過程を楽しむ。それが、このビーストの趣味だった。相手が弱くとも関係無い。もがき、苦しむ様をじっくりと観察する、愉悦の時間。逃げたければ、逃げるがいい。その分だけ、楽しみも長くなる。
「……?」
ビーストは足を止めた。獲物が、逃げるの止めたのだ。塀の陰に隠れているものの、それが何の役にも立たない事は、分かっているだろう。では何故?
「罠、か……?」
しかし、何ができるというのだ。変身後に何か能力を持っているという可能性はあるが、ならばとっくに変身しているだろう。舐めていて変身をしないのか、それとも、変身できないのか。
「――どうした! 来ないのか!」
獲物が叫ぶ。……わざわざ、行く迄もない。
ビーストはそばにあったバイクを軽々と持ち上げ、放り投げた。
想定外の攻撃に仰天した修一だったが、辛くも逃れる。その時、ビーストの足元でキン、という金属音がした。
ビーストが気付いた瞬間、投げられたそれが弾け、爆音と共に全身が閃光と電撃に包まれた。村田とすれ違った瞬間に渡された、対ビースト用スタングレネード。
『おおっ! 派手! 人間もやるわね!』
倫子が歓声を上げるが、煙の中に変わらず立つビーストと、振り上げられる4本の腕が見えた。
『……ま、所詮こけおどしね』
――少しでも、隙ができれば!
端末からワイヤーを発射する。ビーストの腕の一本に絡まったのを確認すると、力一杯振り回した。ジャイアントスイングの要領だ。自動車や建物を破壊しながら勢いを増して――ワイヤー、カット。
ビーストはまるで撃ち出された砲弾のような勢いで一直線に障害物を破壊しながら飛んでいく。最後にドン、と凄まじい音とともに土煙が上がった。
『あれくらいじゃ、大した事ないわよ』
「分かってます!」
修一はその地点に向けて走る。
ビーストを完全に倒すには、相手の心臓を潰すしかない。それ以外のダメージは蓄積するが、時間が経てば回復してしまう。変身ができない以上、サキのような一撃必殺の手段が修一には無い。せめて前のように、片腕だけでも――。
そこまで考えて、修一は苦笑した。
ついさっきまで、あんなに変身なぞしたくないと考えていたのに、今は変身する事を望んでいる。全く、勝手な!
修一は足を止めた。ビーストが最後にぶつかったであろうビルの壁が大きくへこんでいる。しかし、姿はそこに無い。
「――どこに?」
呟いた瞬間、地面から4本の腕が修一を囲むように飛び出した。反射的にワイヤーを上に飛ばしてビルの看板に引っ掛け、自身を引き上げて回避する。
「……っ、このっ!」
看板をもぎ取り、下に向けて放り投げる。ビーストはあっさりとそれを弾き飛ばすが、それは想定内だ。看板に隠れて下に飛んだ修一の拳がビーストの心臓を――。
「それも、想定内」
拳が届く寸前で、横からの衝撃が修一を吹き飛ばした。ビルの窓を破り、シルエットになっている机や椅子を幾つもなぎ倒しながら反対側の壁に叩きつけられる。
「小賢しい真似をするのね」
ビーストは笑った。しかし、ここまできて変身しないとは。できない、と聞いた時は正直眉唾だったが、まさか本当に?
「ま、どっちでもいいわ」
変身できないのなら、仕留めるのも楽になる。それだけの事だ。窓から中を覗き込む。
その瞬間、何かがビーストの首を掴み、中へと引きずり込んだ。
「……感謝するよ、と言っていいのかな」
修一は呟き、ビーストの首を絞める左腕に力を込めた。攻撃を受け、一瞬意識が飛んだ。気が付くと――腕が、変身していた。
「命の危機に見舞われなきゃ変身できない、か」
サキの言っていた事を思い出す。自分の意志で変身できたのかは疑問だが、今は――有難い!
「舐めるなァ!」
ビーストが腕を振るう。
修一は叫びながら腕に目一杯の力を込めた。と――何かが折れた。途端に振り上げられた腕が力を失い、修一の腕にもそれまでなかった重みがかかる。
「やった――やった?」
手を離すと、ビーストの体が力なく横たわる。
『馬鹿! ビーストは心臓を――』
倫子の声が響いた瞬間ビーストの腕が伸び、ロープのように修一の体に巻き付いた。次いで、ゆっくりと体が立ち上がる。
「痛いじゃない! ……けど、こんなんじゃあ、死なないのよね」
あり得ない角度に曲がったビーストの顔がニヤリと歪み、二、三度震えると、元の位置に戻る。
「さて。どうしてくれようかしらね」
ビーストは修一を引き寄せ、品定めをするかのように顔を近づけた。「変身したといっても、腕だけか。でも、いいわぁ。さっきよりもずっと、食べがいがありそうになってる」
獲物が痛みに顔を歪めながら口を開く。
「……殺すなら、早くした方がいいぞ」
「お生憎様。私ね、弱い者いじめってのが大好きなの。だからもう少し楽しませてもらうわ」
「……そうかい。それは、残念だ」
ビーストは気づいた。獲物の視線が、自分の後ろに向けられているのを。ハッとして振り返ると、そこには、白銀のビーストが立っていた。
「間に合って良かった」
言うや否や、サキの腕がビーストの胸に突き立てられた。鋭い爪の切っ先は胸を貫通し、修一の鼻先ギリギリのところで、止まった。
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