銀河帝国出身の私が異世界の猫たらしに命令されて恋に落ちました【猫恋】

ひろの

プロローグ 裏切り

第1話 裏切りと墜落

俺の名はアレン。

ギフトは《ネコテイム》。


家猫、野良猫に好かれるだけ。

冒険じゃ、ただの荷物持ちだ。


それでも、Aランクパーティ《白銀の風》に入れてもらえた。

理由はただ一つ──幼馴染のグレンがいたから。

彼は同じくヒューマンながら、俺と違ってレアギフトが発現し、

Aランクパーティでも活躍している。


グレンが俺を推薦してくれた。……と思っていた。


境界都市ザルドの外縁、黒鉄の峡谷。

魔族領との境界線にして、魔力素が濃く噴き出す危険地帯。


今日も俺たちは魔鉱石を求めて探索に来ていた。


「変だな。魔力反応が……濃すぎる。

 峡谷の揺らぎが、いつもと違う」


リーダーのエルフ、シエルが眉を寄せた。


空気が重い。

地面が微かに震えている。

魔力素が、何かに引き寄せられているような感覚。


俺は剣を握りしめた。

使えないギフトでも、必死に剣技を磨いてきた。

足手まといにはなりたくない。

そう思っていた。


でも、現れたのは誰もが予想外の“それ”だった。


空気が凍った。風が止まり、音が消える。

黒いローブが裂けるように現れ、地面が軋む。


魔王幹部──イグラート。


「……嘘だろ。灰獄のイグラート……」


グレンの声が震えた。顔が青ざめている。膝がわずかに揺れていた。


Sランクパーティを一夜で消し去った魔将。

ギルドの記録には“遭遇即撤退”と刻まれている。


奴は群れを率いない。狩り場に現れ、必要な獲物だけを選び、確実に仕留める。


イグラートは俺たちを見渡し、鼻を鳴らした。


「最近荒らしまわってるのはお前らか。ちょうどいい。

 フレッシュゴーレムの実験素体が欲しいと思っていたところだ」


その言葉に、空気が凍った。

“素体”──生きた肉体を素材にする魔族の技術。

誰かが、選ばれる。


グレンが、俺の方へ歩いてきた。


その眼差しは、かつての幼馴染ではなく、“囮”を見るものだった。

俺の名前を呼ぶこともなく、ただ一言。


「くそっ……こういう時くらいは役に立て、屑!!

 そのために美味い想いしてきたんだろうが!!」


その言葉とともに、グレンは俺の背を蹴り飛ばした。


体が宙を舞い、岩に叩きつけられる。

背中に衝撃が走り、肺の空気が抜ける。

痛みより、心が割れた。


仲間たちは、俺を囮にして逃げた。


誰も振り返らない。誰も助けない。

足音だけが遠ざかっていく。

何が起きたのか、分からなかった。


「グ、グレン!?

 ──待て、行かないでくれ……!」


声は掠れ、うめきに変わる。

俺は地面に這いつくばりながら、彼らの背中を見送った。


「くそぅ!!結局、結局、俺は何なんだよ!

 お前達にとって、こういう時の生贄にするために連れていたのか!?

 信じてたのに……。

 何が美味い思いだ!今まで奴隷のように扱いやがって!

 あの分け前が美味い思いだって?!ふざけるな!!」


イグラートは冷たい笑みを浮かべた。

獲物を品定めする狩人の目。

その視線が、俺に向けられている。


「ははははは。

 浅ましいな、ヒューマン。仲間に見捨てられたか。

 だが、その憎悪、素材としては悪くない。使わせてもらうぞ」


そして、詠唱が始まった。

その目は逃げ出したグレンたちに向いている。


「逃がすと思うか?」


地面が鳴動する。魔力の奔流。

最後の印を刻み、詠唱が完了した。

最上級魔法。


「メテオ・ストライク──」


空が軋む。魔力が渦を巻き、超極大火球が上空に生まれる。

赤い軌跡が、峡谷の向こうへと伸びていく。

逃げた仲間たちの背を、確実に狙っていた。


「……ざまぁみろ。」


空しさのなかに、声にならない叫びが喉を焼く。

怒りか、悲しみか、わからない。

ただ、胸の奥が軋んだ。

火球が膨らみ、落下の軌道を描く。

空気が重く、熱が肌を焼く。

魔力の奔流が、峡谷を飲み込もうとしていた。

……終わる。あいつらが。


だが、火球は上空で爆ぜた。何かにぶつかった。

閃光。衝撃。軌道が崩れる。


「……何だ、今の干渉は?」


イグラートが驚き、苛ついた。


そのとき──

空から別の火球のような物体が落ちてきた。

いや、違う。

透明な”船”が、メテオの直撃で歪み、閃光と共に墜落してくる。

ステルス迷彩のせいで、燃えながらも“半分だけ見える”。

幻想のような光景だった。


爆発。

地面を揺らす衝撃波。

砂塵の中、俺の目の前に、光が降りた。


それは、人影だった。

白衣。銀髪。猫耳。

小柄な少女が、宙にふわりと浮かんでいる。

足元に青白い光の陣──半重力フィールド。


白衣の少女は、炎の残骸を一瞥し、小さく息を吐いた。


「やっば……報告どうしよう……」


その声は、どこかこの世界のものではない気がした。


そしてゆっくりと、まるで風に舞う羽毛のように、

俺とイグラートの間に着地した。


その姿は、俺の知るどの種族とも違っていた。

魔族でも、ヒューマンでも、ビーストでもない。

異質。しいて言えばヒューマン、そして“猫耳”だった。


彼女は俺と目が合った瞬間、顔を引きつらせた。

この星の未開文明人とは接触禁止。干渉厳禁。

殺戮なんてもってのほか。

逃げなきゃ。彼女がそう思った瞬間──


「手を貸してくれ!俺はまだ死ねない!

 俺を生贄にした奴らはまだ生きている!!」


俺が叫んだ。


その言葉に、彼女の猫耳がぴくりと反応した。


「はい。承知しました。」


言葉と表情が合っていない。


腰のホルスターからレーザーブレードが自動展開される。

手に持ったレーザーブレードが起動し、白色の刃が光る。


彼女は科学者──戦闘訓練なんて受けていない。

それでも、身体は前に出た。


イグラートが目を細める。


「ほぉ……光属性の魔法剣士のビーストか。

 面白い。受けてみろ──魔剣焔哭


魔剣が炎を纏い、空気が焼ける。

魔力が剣に宿り、火の精霊が咆哮する。

それは、国宝級の魔剣。魔王軍幹部にのみ許された“本物”の魔法剣。


彼女は叫びながら、ブレードを薙ぎ払った。


「これ護身用の旧式レーザーブレードなんですけど!?

 私、ただの科学者なんですけど!?」


双方の剣が激突した。


ジュッ──という音とともに、魔剣が炎ごと溶け落ちた。

イグラートの目が、見開かれる。


「……なっ……馬鹿な!?」


次の瞬間、彼は後ろに飛びのき、極大火球を詠唱した。


「ファイアーボール──!」


魔力が渦を巻き、巨大な火球が放たれる。

彼女は反射的に手の平を広げた。

パーソナルシールドが展開される。

爆風。土煙。だが──


無傷だった。半透明な膜のようなものが全てを受け止めていた。


「俺の魔力を受けて……無傷……だと……?」


イグラートが後ずさる。


俺は、ただ呆然と見ていた。

この子は──何者なんだ?


「すごい……今だ!このまま押し切れ……!」


思わず叫んだが、彼女の猫耳が反応してプルンと動いた。


「はい、任せて!」


彼女が絶望的な表情を浮かべる。顔とセリフが合っていない。


ホルスターから引き抜いたレーザーガンを構えて撃つと、イグラートが咄嗟に出した魔法障壁を貫通して肩を撃ち抜いた。


「うぐ!?」


イグラートが呻いた。


肩口から黒い血が滲み、ローブが裂ける。

魔法障壁をたったの一撃で貫通されたことに、彼自身が一瞬理解できていないようだった。


「……貫いた……?」


イグラートは一歩後退し、目を細めた。

その瞳に宿るのは、怒りではなく──分析。


「……魔銃士か。

 ……だが、光属性の魔弾など見たことがない」


彼は少女の手元を見据える。

魔力の流れがない。属性の気配もない。

それでも、確かに“撃ち抜かれた”。


「……魔法剣士にして魔銃士……?

 そんな複合職、存在するはずが……。

 そもそも、この女はなんだ?

 召喚か?使い魔か?」


少女は耳を伏せて叫んだ。


「早く……逃げてよぉ!次は……頭狙うから!!」


イグラートの背筋に冷や汗が流れた。

その瞳に宿るのは、恐怖と興味。

──未知の存在。


「少し油断した。この傷では分が悪い。

 ……今日は引き下がるが、次に会うときは容赦はせん!」


足元に魔法陣が展開され、黒煙が立ち上る。

イグラートはその中へと姿を消した。

魔王軍幹部を撤退に追い込んだ。


俺は、地面に伏せたまま、それを見送った。

助かった──いや、助けられた。


この子に。不甲斐ない。こんなだからだ。

だから、あいつらにゴミにように捨てられた。


少女はその場に膝をつき、肩で息をしていた。

白衣は焦げ、髪には砂が絡んでいる。


それでも、猫耳はぴくぴくと動いていた。


「……はぁ……これ、報告書どう書けばいいの……」


俺は、ゆっくりと身体を起こした。


「ありがとう。君がいなかったら、俺は……」


少女は俺の方を見て、耳がぴくりと動いた。

彼女はアレン達の言語で慌てて返事をした。

配属されて、まだ学習中のため、ぎこちない。


「……た、助けました……はい……」


その声は、どこか引きつっていた。


「でも……さよなら……私、忙し……」


彼女はそう言って、くるりと背を向けた。


「待ってくれ!」


俺が叫ぶと、彼女の足が止まった。

肩が震え、猫耳がぴくりと跳ねる。


「……な、なんで……動けない……?」


彼女は小さく呟いた。

まるで、自分の身体が自分のものじゃないかのように。


俺は気づいていない。

この反応が、俺のギフト《ネコテイム》によるものだとは。

なぜなら、未だかつてネコ型ビーストにこのギフトが効いたことが無い。


今まで人から無条件に優しくされたことがない。

それほどギフトはこの世界での人の価値を決める。

幼馴染ですら、まるで”使い捨て”の荷物持ちとしか見ていなかった。


俺は、胸の奥に溜め込んできたものを目の前の少女に吐き出した。


命が助かったこと。

幼馴染に生贄にされたこと。

ギフトのせいで馬鹿にされ、虐げられてきたこと。

誰からも必要とされず、誰からも愛されなかったこと。


「君はおそらくSランクの魔導士なんだろう。

 俺は強くなりたい!奴らを見返してやりたい!

 頼む!俺に力を貸してくれ!

 少しの間でもいい!!」


少女は、心底興味がない顔をしていた。

だが、顔が引きつりながらも頷く。逃げられなかった。


それに気づいた俺は詰め寄った。


「そりゃそうだな。何を勘違いしてたんだ、俺は。

 君も俺の事なんかただの石ころにでも見えてるんだろう?」


少女は困惑した表情をしたが否定しない。

再び絶望と、グレンの最後に蔑んだ目を思い出し、大声で叫んだ。


「俺はギフトになんか頼らず、どうしても強くなりたい。

 誰かに見つめてもらいたい!誰かを守りたい!

 そして誰かに俺のことも愛してもらいたい……」


俺がそこまで訴えて顔を俯けた。


俺の一言で彼女の猫耳が跳ねる。顔が熱い。

そして──近づいてきて、俺に唐突にキスをした。


俺は目を見開いて固まった。


「……す、好き……です……」


離れた後、彼女は眉間にしわを寄せながら、笑顔で答えた。

その表情は、明らかに混乱していた。


「……なんで……私、こんなこと言ってるの……?」


彼女は自分の胸元を押さえ、震えていた。

俺は、ただ呆然と見ていた。

この子は──何者なんだ?


風が峡谷を吹き抜ける。


逃げた仲間たちは、まだ生きているのか。

だが、俺はもう“囮”じゃない。


隣には、猫耳の少女──

空から来た、わけのわからない“何か”。

彼女が、なぜか俺の力となってくれる気がした。

いきなり訪れたファーストキスにのぼせていただけかもしれない。


だが――再起動、ここから始まる。



この物語は誰にも必要とされなかった俺が、運命的な出会いを元に、

裏切った仲間たちにざまぁする物語。


のように見せかけて使い魔の猫耳ちゃんが見つめる、”俺の物語”


【あとがき】

私はどうも男性の心情を描くのが上手くないらしいので、次話以降完結までヒロインの心の声で進めます。でもこれはアレンがリュミナと一緒に成り上がるテンプレに沿った物語です!


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