第3話:淡水の海と役立たずの魔法
胸の上に重みを感じて目が覚めた。
ゆっくりと瞼を開け、自分がどこにいるのか確認する。
ああ、そうだった。
二束三文で借りた家。布団が二組と、完全には閉まらない窓がひとつだけの小さな部屋。
胸の上の重みが動いた。
視線を下ろす。
フユネが猫のように丸まって、俺の上で眠っていた。
片腕が俺の胴体に回されている。
「なんだ……?」寝ぼけた声が漏れた。
「おはようございます、ダイキさん」
右を向く。ユミズキが腕立て伏せをしていた。完全武装のまま。
「三十。三十一。三十二」
「いつから起きてたんだ?」俺は尋ねた。
「二時間前からです」下がる。上がる。呼吸は完璧に整っていた。「私はいつも夜明けとともに鍛錬をします」
「そうか。で……フユネは?」
「一時間ほど前に、あなたの布団に潜り込みました。寒いと言っていました」
窓の外を見る。太陽が燦々と輝いている。気温は少なくとも二十五度はあるだろう。
「ああ。寒い。もちろんな」
ユミズキが腕立て伏せをやめて座り、持っているはずのないタオルを探した。どういうわけか、そこにあった。彼女は汗ひとつかいていない顔を拭いた。
「慣れますよ」それだけ言った。
慣れる。この世界で生き残る唯一の方法らしい。ただ……不条理を受け入れて前に進むのみ。
フユネをそっと動かそうとした。
「あと五分だけ〜」つぶやきながら、さらに強く抱きしめてくる。
「フユネ、窒息しそうなんだが」
「あったか〜い」
ユミズキは無表情で一部始終を眺めてから、また腕立て伏せに戻った。
四十三。四十四。
俺はため息をついて、人間枕としての運命を受け入れた。
三十分後、フユネがようやく目を覚ました。五分前まで昏睡状態だったことなど嘘のように、エネルギーに満ち溢れている。
「おはようございます、ダイキさん! よく眠れましたね!」明るく宣言しながら、伸びをする。
「お前、俺の上で寝てたんだぞ」
「え、そうなんですか? 覚えてません」完璧な無邪気さで首を傾げる。「変ですね」
議論しないことにした。無駄だと学習済みだ。
「さあ、今日は魔力の鍛錬です!」フユネが杖を手に取りながら宣言した。「山に廃墟の塔があるんです。爆裂魔法を練習するのにぴったりですよ!」
脳内で何かがカチッと音を立てた。
塔。山。爆裂魔法使い。鍛錬。
「ダメだ」即座に答えた。
「え? どうしてですか?」
「誰かの所有物かもしれないからだ。勝手にあちこち爆破して回るわけにはいかない」
「でも廃墟ですよ〜」
「それこそまさに『このすば』のめぐみんが言ったセリフだ! 結局、魔王軍の将軍の城だったじゃないか!」
フユネが瞬きする。
「めぐみんって誰ですか?」
「いや、それはいい。とにかく、勝手に塔を爆破するな」
「じゃあ……森は?」
「ダメだ! そこには生き物が住んでる。俺の運なら、絶滅危惧種とかだろうな」
フユネが不満そうに頬を膨らませた。
「じゃあどこで鍛錬すればいいんですか!?」
少し考える。開けた場所が必要だ。爆破しても国際問題や地域問題、あるいはいかなる種類の問題も起こさない場所。
「……海は?」
「完璧です!」目を輝かせる。「行きましょう!」
「待て、海って近いのか?」
「もちろんです。歩いて十五分くらいですよ」
十五分。
首都から三週間もかかる辺境の村が、どこともしれない場所にあるのに、海まで徒歩十五分。
当然だよな。
「海」は、確かに徒歩十五分だった。村を抜け(相変わらず建築的に意味不明だったが)、何かを栽培しているらしい空っぽの畑を通り過ぎると、突然視界が開けた。砂浜だ。
遠くでクジラやその他の生物が水面を跳ねている。
正直……美しい光景だった。
フユネが波打ち際まで駆けていき、膝をついて両手を波に浸した。
そして飲んだ……。
……。
海水を直接。
「ああ、さっぱりします!」と叫んだ。
「待て、何してる!?」慌てて駆け寄る。「海水を飲むな! 塩辛いだろ! 脱水症状を起こすぞ!」
彼女が心底困惑した表情で見上げてくる。
「塩辛い? 何を言ってるんですか?」
俺も手を水に浸して味見した。
甘い。
完全に真水だった。
文字通り、飲料水だ。
「これって……海だよな?」遠くのクジラを指さす。「海洋生物がいる。波がある。そして……」
「ええ、東の大海原ですよ。どうして塩辛いと思ったんですか?」まるで俺が狂ったことを言ったかのような顔で、フユネが聞き返す。
ユミズキが近づいてきて、水を味見し、頷いた。
「淡水ですね。いつも通りです」
目を閉じて十まで数えた。
クジラが浸透圧で死ぬはずの水の中で、楽しそうに泳いでいる。
生物学が会話から退席した。
「わかった」無表情で言った。「わかったよ。淡水の海。当然だ。完璧だ。いいぞ、フユネ。魔法を練習してこい」
彼女が満面の笑みを浮かべて、水の中へ入っていった。
彼女が鍛錬している間、俺は浜辺を歩くことにした。正直、この状況で正気を保てる唯一の方法だった。
いや、大げさかもしれない……。海が塩辛くないことが何を疑問視するというのか。海流は惑星全体の生態系を司る多くの要素を担っているはずだが、海洋生物が普通に存在していることを考えれば、きっとそれも含まれているのだろう。あるいは、そうじゃないかもしれない。
とにかく、四六時中考え続けるわけにはいかない。ただ柔らかい砂(裸足で歩いていた)でリラックスして、流れに身を任せるしかない。
その時、何か違和感を覚えた……段ボール?
足をどけると、カードがあった。文字通り、学校のプロジェクトで使うようなボール紙のカードだ。角が折れていて、古いコーヒーのシミらしきものがついている。
そして黒いマーカーで描かれた記号:三本の線を持つ渦巻き。
拾い上げる。
瞬間、浮遊するテキストウィンドウが目の前に現れた。
【魔法発見:風】
【吸収中……】
【個体適合】
【解析完了】
【個体は全属性魔法に対する高い適性を有する】
【風魔法:声量増幅 - レベル1】
ウィンドウが劇的に消えた。
手の中のボール紙のカードを見つめる……次の瞬間、まるで最初から存在しなかったかのように消失した。
ああ。
これが「魔法アイテム」というやつか。
元の物語で何か書いたのをぼんやりと思い出した。転生した勇者はあらゆる魔法を習得できるが、解放するには「特殊なアイテム」が必要だと。
栄光に満ちた、そして深く限定的な思春期の知恵において、俺はどんな種類のアイテムなのか具体的に書かなかった。
だから当然、世界はそれを……嵐の後に浜辺で見つけるような、安っぽいボール紙のカードとして解釈したわけだ。
「ああ……完璧だ。まったくもって完璧だ。で、『声量増幅』って正確に何をするんだ……?」
試してみることにした。
「こんにちは」普通に言った。
それから深呼吸して、自分のメモを思い出しながら魔法を発動させようとした。何かを感じた……熱? それとも痺れ? 何かが喉の中で動いている。存在すら知らなかった筋肉が目覚めているような感覚。
「こん—」やろうとしたが、声が内側から絞め殺されているかのように出てきた。むせて何度か咳き込んだ。
遠くで、ユミズキがまるで「グループ変更にはもう遅すぎるか」と精神的に確認しているかのように、片眉を上げて俺を見つめていた。
「よし、よし……」自分に言い聞かせた。「エネルギーを集中させるんだ。でも……死なないように」
二回目の試み。今度は魔力が声帯に滑らかに流れるイメージを描いた。温かい蒸気のようなものとして。
「こん—はあああああ」声は普通に始まったが、突然音量が爆発し、森中の鳥たちがまるで神秘的な鳥除けアラームを作動させたかのように飛び立った。
「すみません……」普通の声で言いながら、尊厳が丸々一レベル下がるほど緊張した笑いを漏らした。
これが俺の最初の呪文。
大声で話す。
火の玉でも、テレポートでも、基礎的な治癒でもない。
話す。もっと。大きく。
じっと立ち尽くし、地面を見つめ、不快なほどの失望を処理した。
「まあ……」前向きになろうとした。「もしかしたら……戦闘で命令を出すのに役立つかもしれない。遠くから敵を威嚇する。議論に勝つ。半径五十メートルの映画館を台無しにする……」
手を見つめた。まるで次の瞬間に本物の力が現れるかのように。
しかし、水の中から声が聞こえて思考が中断された。
「ダイキさん!」フユネが呼んだ。「これ見てください!」
彼女が劇的なジェスチャーで杖を掲げた。
「風の精霊よ! 精霊が召喚された時にやることをやりなさい! いつも通り風の槍を形成しなさい! 重要な何かを貫きなさい! 風槍撃・其の一!」
圧縮された空気の弾丸が魚雷のように発射され、水面を切り裂いて完璧な泡の航跡を残した。
俺は岸辺で硬直した。
「精霊が召喚された時にやることをやりなさい……?」
「マジかよ」
そのフレーズは、疲れ果てて考えるのをやめた時にAIに与える曖昧な命令そのものじゃないか。「風の精霊は何をする?」 知らないよ、存在する? 葉っぱを動かす? 他人の髪型を台無しにする?
AIを使ったことを絶対に後悔してる。
そして、まるで宇宙が俺の考えを強調したがっているかのように—そしてこの世界があらゆる内省を実際の問題に変える習慣があることを優しく思い出させるかのように—水の下で巨大な何かが動き始めた。
海が一点で沸騰し始めたかのように泡立ち、水面が激しく波打って岸を叩いた。
「えっと……フユネ?」呼びかけた。「水から出た方がいいんじゃないか?」
「え? な—」
海から生物が姿を現した。
巨大だった。優に二階建ての家ほどのサイズはある。シルエットは海蛇を思わせたが、体は太すぎ、硬すぎ、まるで一センチメートルごとに筋肉と古代の魔力の層で補強されているかのようだった。
そして最も注目すべき点:鰓がない。
一つもない。
体全体に鰓孔が一つもないのだ。
海棲生物。鰓なし。
当然だ。
この世界は生物学的論理が存在するのは完全にオプショナルだと俺に思い出させる機会を逃さない。その獣は呼吸していた……どうやって? 魔法? 環境からマナを吸収? それとも単に、進化的意志の力で酸素の必要性を無視することに決めたのか?
生物が咆哮した。そして何の前触れもなく、フユネに向かって突進した。
「きゃああ!」フユネが不器用に岸に向かって水しぶきを上げた。
「ユミズキ!」叫んだ。
「参ります」冷静に立ち上がり、剣を抜いた。
生物がフユネを追いかけた。
フユネが岸にたどり着いた瞬間、砂の上で転んだ。
「殲滅の竜巻!」必死に叫んだ。
竜巻が瞬時に形成され、生物の顔面に直撃した。
風が鱗を削り、周囲の水を巻き上げ、そして……
水が鼻に入った。
そして口にも。
生物が完全に静止した。
目を見開いた。まるで家のストーブを消し忘れたことを思い出したかのように。
それから咳き込み始めた。
そして溺れ始めた。
そう。溺れた。
動きが不規則になり、まるで伝統舞踊を演じようとしているが振り付けを知らないかのようだった。頭を振り、水を叩き、バシャバシャと……すべて、スープを飲み間違えた時の水中版で死ぬ可能性など考えもしなかった者の絶望とともに。
水。
溺れている。
水で。
俺は、魚が泳ぎ方を忘れるのを見た人間と同じ表情で、その光景を見つめていた。
海棲生物。
呼吸器系に水が入ったせいで溺れている。
「なんだこれ……!?」言えたのはそれだけだった。
ユミズキは時間を無駄にしなかった。まだ痙攣している生物に向かって走り、不可能な高さまで跳躍し(物理的に可能な範囲を超えているだろうが、もうこの時点で何も驚かない)、獣の首の鱗の間に剣を突き刺した。
沈黙。
フユネが砂の上にぐったりと倒れ、喘ぎながら、魔力を完全に使い果たしていた。
ユミズキが無造作な動きで剣を拭い、鞘に収めた。
「終わりました」簡潔に言った。
俺は海棲生物の巨大な死骸を見つめた。
「溺れた」声に出して言った。信じるために言葉を聞く必要があるかのように。「水中で生きている生物が。溺れた。水で」
「まあ、肺に水が入りましたから」まるでそれが何らかの意味を持つかのように、ユミズキが説明した。「弱点なんです」
「でも水中で生きてるんだぞ」
「ええ、でも水の中にいるわけではありません。違うんです」
「どう違うんだよ!?」
ユミズキが本気で困惑した顔で俺を見た。
「ただ違うんです」
フユネを見た。正気の確認を期待して。
彼女が砂の上の体勢から、弱々しく親指を立てた。
「ナイス……チームワーク……」
「待て……水が弱点なら……そもそもどうやって海から出てきたんだ? 常に溺れてるべきじゃないのか?」
「海のボスですから」ユミズキが説明した。「ボスには別のルールがあります」
「どんなルールだよ!? 具体的に、どんなルール!?」
「ボスのルールです。当然でしょう」
フユネの隣の砂の上に座り込んだ。
「海のボス。鱗だらけ。恐ろしい」
おそらく、それだけしか書かなかったのだろう。鰓なし、一貫した呼吸器系なし、いかなる論理もなし。
結果:水中で生きているが口に水が入ると溺れる、鰓のない海棲生物。
物理法則が隅で泣いていた。
「せめて……」前向きな何かを探し始めた。「せめて経験値は手に入ったんだよな?」
【獲得EXP:50】
【現在のレベル:1】
【レベル2まで:1,000,000】
百万。
レベル2になるのに百万の経験値が必要。
「当然だよな……当然! もちろんそうだ!」
ユミズキが近づいてきて、立ち上がるのを手伝おうと手を差し出した。
「良い戦いでした。ギルドに報告すべきですね」
「ああ。自分の生息環境で溺れた海のボスを倒したって報告するんだな。きっと何も気まずい質問は出ないだろうよ」
「どうして質問が出るんですか?」彼女が尋ねた。「海のボスはそういう仕組みです」
「そうだな。もちろんそうだ」立ち上がって砂を払い落とした。「誰か説明してくれないか? なんであいつは50しかEXPをくれないのに、俺はレベルアップに百万も必要なんだ?」
「誰も。完璧だ。村に戻ろう」
ユミズキがインベントリから魔法のように出現したロープを使って海のボスの死骸を引きずる間、俺はフユネを背負った。
他にどれだけの生物学的異常を、気づかずに作り出してしまったのだろう?
そしてもっと重要なことに:それらを発見するまで生き延びられるのだろうか?
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