第15話 深淵の獣 中編

—————ヨル内部—————


暗闇の中、身体はぴくりとも動かない。冷たい血が地面に流れ、意識は遠のいていく。

ぼく、あの子を助けたいのに…


——————ヨル


突然、力強い声が響く。聞き覚えのある、けれど遠い記憶の彼方の響き


——————起きろ、ヨル


それは、ぼくの魂の深淵から湧き上がるかのような。いにしえの魔女の囁きか、それともにゃぐどらしるの脈動か


君は、誰?


—————我は、汝だ


君は、ぼく…?

硬く、閉じた瞼を無理矢理開くと、闇の中に黒く、禍々しい塊が映る


—————如何にも


山の様に大きくて、灼眼は鋭い眼光を放っている。強そう

「君がぼくなら、あの子を助けてよ」

ぼくの言葉に、灼眼は目を細め


—————ならば立て、立つのだ、ヨル


「うん!」


謎の勇気を貰い、足に力を込めると、小鹿のようにプルプルと震わせ、崩れ墜ちた。


「…ごめん、立て、そうに…ない…」


それどころか、全身の力が抜け、瞼が閉じられそうになる。

黒い塊は肩を落とし


—————…見ろ


え?

閉じかけた瞼を開くとここでは無い世界になっていた—————


—————燃える世界


ホワイトブロンドで碧眼の女の人が哀し気にぼくを見つめている。

そう、さっきの女の子とよく似た女の人が


ヨル…どうして…?


女性が震える指先でぼくに触れようとしたその時、背後から黒い何かが飛んで来た!

危ない!

そう、叫びたくても、ぼくの身体は動かなくて

ただやけにゆっくりと、黒い何かが、女性の胸を、貫く瞬間を、見ている事しか、出来なくて

飛び散る鮮血がぼくの顔を半分濡らして、その熱さが夢ではなく現実の物だと思い知らされて


ご主人っ!!


叫び、手を伸ばすも、粒子となり舞い上がっていくご主人は、何かを悟ったようにぽつりと呟いてぼくを見た。その瞳を、深い哀色に染め


ごめんなさい、ヨル。本当に…ごめんなさい…


ぽたぽたと、雫がぼくの頬に落ちる。


待って…行かないで…


ご主人は、泣きながら微笑んで


—————かならず…いつかきっと、また…あえるから……


その言葉を最期に、光の粒となって空に昇っていった—————


うにゃぁぁあああぁぁ!!


元の深淵でぼくは慟哭していた。


—————護れ


護れるの!?

その言葉に心が打ち震えた


—————無論


でも、もう、ぼくの身体…動かないんだ…

氷の様に固まった身体は、痛みを感じる事すらない


—————委ねろ


…そうしたらあの子を、助けられる?


—————ああ、だが、汝は命を落とすだろう


…いいよ、あの子が助かるなら


—————…よかろう、我等の最期、共に逝こうぞ!


うん、護ろう!今度こそ!



その決意と共に、ヨルの体は再び熱を帯びて往く

その鼓動は、まるで星が爆発するかのような膨張を始め—————



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