第3話 灯りの消えた街 後編~狂気の歌姫

「ダメ!!」

だが、無情にも男の足は振り下ろされる。茶虎の腹目掛けて—————


バキッ!!


骨が砕ける様な鈍い音と共に、男は地面に後頭部を強打していた。

「いっっ痛てぇぇぇえな!この脳無しが!!」

朗らかな顔を鬼の形相へと変貌させ、本性を現す。

それはまさに、人の皮を被った悪魔だった。


—————振り上がった男の足が茶虎にめり込むその直前、真正面からその足首目掛け蹴りを放ったのだ。当然私が。

結果、無様に転倒。今、私はその頭上からその無様で醜く喚き散らす悪魔を見下ろしている。

「何上からガンくれてんだ!?ぶっ殺すぞ脳無しが!絶対後悔させてやる!女に生まれて来た事をな!ギャハハハハ!!」

「黙って死ね、悪魔」

そう呟いた私こそが悪魔かもしれない。と、自分で思う程冷徹な声で、その顔面を一切の躊躇なく、それが極当たり前であるかのように、踏み付けた。

「ヒデブッ」

何度も何度も、氷の様に冷え固まった足で。「ちょっ!まっおまっ!?」「いっ今ならまだ許してっ」だのなんだのほざいていたが私の耳には何も入っていなかった。

どのくらいそうしていたのだろう?気が付けば男は静かになっていた。


「はぁ…はぁ…」


私の息遣いだけが場を支配する中

野次馬が集まり、冷たい視線を向け、ひそひそと話し始める。

(まあ怖い!やっぱり脳無しね、野蛮だわ!)

(ね!それに何かしらあの格好、汚いし何だか臭いわ)

(見てよ、あのぼろぼろのぬいぐるみ、気味悪いったらありゃしない!)

その陰口を全く意にせず、ハッとした私はきょろきょろと辺りを見回し、あるものを探すも、見つからない。(どうしようどうしようどうしよう!)で思考が溢れていく中

(…ルナ、不味い。逃げるぞ)

月影に言われ、出来始めた人だかりにやっと気付き、無造作に掻き分け、ただ足を動かした。

後ろから「脳無しが逃げるぞ!」と罵声を浴びせられながらも、私は(驚かせてごめんねごめんね、ごめんね)と、茶虎に謝り続けていた。



…その様子を隠れて見ていた茶虎はブルブルと震え

クシュッ

っと、小さく、擦れた声を上げた—————



—————摩天楼の冷たい光に照らされた公園のベンチに座り、月影をきつく抱き締めた。


「月影ぇ、もぉやだよ…こんな世界」

(…)

(月影?)

(…ぁぁ、すまない…そう、だな…)

「大丈夫?」

(…ああ…だが、もう少しだ。後少しで、お前は、きっと…)

そこで言い淀んだ月影は、何かを考え込んでいる気がして。私は続きをじっと待った。

無意識に抱く力が強まり、爪が月影に食い込む。


そして


大きな4本もの傷がある、金色の瞳で私の目をじっと見ながら

(…きっと、俺が何とかする。信じろ)

決意の籠った、だけどどこか苦しそうな、そんな口調に

「うん、信じてるよ、月影…」

抱く力は、包み込む様な優しさに変っていた。


その夜は結局何も食べれないまま、タコさんの滑り台で眠った。

凍てつく寒さも、ぐぅぐぅとなるお腹も、月影を抱き締めていれば少しだけ和いだ—————




…俺は決意し、その場を離れた。


次回予告


天井の梁から黒猫がダイブ。男の頭に着地するも失敗「にゃあ~!」と鳴いてバランスを取る。男の顔から、計6本の血が滴る。


「…ほう、少女一人を、この俺が直々に?理由は?」


男は眉一つ動かさず、顔の黒猫を片手で支えながら、もう一方の手で膝のペルシャの背を撫で続ける。

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