34階の奇跡 ~Miracle on the 34th Floor~
星月小夜歌
1.宮田雪華 -天に住まう34階の大金持ち-
夏の太陽が盛りを過ぎ、虫の声が涼しさをもたらす頃。
「よかったわ。まだまだ黒字ね。最近は原子力事業への風当たりが強いし、さりとてクリーンエネルギーが万能かと言われたら、発電量なんて全然足りない。原子力株がまだ高値なうちに、利確(※利益確定)しておくかしらね。」
大きく光が差す窓、その下には大都会が広がる。
ここは東京、そこに聳え立つタワーマンション、その34階の一室だ。
その主にして、クリーンエネルギーのベンチャーCEOである雪華は、この天空の住まいで、経営とデイトレードに精を出し、笑う日も泣く日も一人過ごすのである。
時計のアラームが10時を告げる。
雪華は椅子を立ち、台所へと向かう。
注ぎ口の穴に笛が取り付けられたヤカン。
即ち、お湯が沸くと笛を吹くヤカンである。
雪華はヤカンに水を入れ、コンロの火にかけて湯を沸かし始める。
株価チェックと取引の後の10時は、こうして笛吹くヤカンで湯を沸かし、紅茶を淹れて心を安らげるのが雪華の日課である。
「……ふう。」
通行人やビル群を見下ろしながら、雪華はため息をつく。
広々とした部屋に、息の音は響き渡り、湿度をたたえる重い息はぼんやりと彷徨う。
突然、雪華の束の間の休息をけたたましい電子音が引き裂く。
「何よ!」
雪華は顔をいらだたせながら、一つに結った髪が振りあがるくらいの勢いで振り返り、再びパソコンの画面を覗く。
パソコンには、NAS(※複数のHDD(ハードディスクドライブ)を搭載したデータ保存・管理用のシステム)の内蔵ハードディスクに異常があることの通知が、警告マーク付きで表示されていた。
「……はあ。こんな忙しい時に。」
雪華は株価チェックと取引の他にも、太陽光発電の新規案件に追われているのである。
そんな時にNASの異常だ。
ため息が止まらなくても仕方ない。
「ともかく、ハードディスクを発注しなきゃ。」
雪華は通販サイトからハードディスクを注文する。
「配送センターに着いたら、ドライバーさんに電話して、いち早く持ってきてもらいましょう。」
NASの異常対応がひと段落したところで、ヤカンの笛が甲高く鳴り響いた。
雪華はコンロの火を停めて、ヤカンから紅茶の葉が入ったガラスのポットへ湯を注ぐ。
ポットの中で茶葉が舞い、透明な水が紅色に染まっていく。
ポットから紅茶をティーカップに注ぎ、そこへ蜂蜜をスプーン1杯注ぐ。
ほんのりと黒く染まる紅茶に、さらに牛乳を注ぐ。
赤黒い紅茶が、クリーム色へと変わっていく。
「なんだか、疲れたわ。」
ダイニングの椅子に腰かけた雪華はミルクティーを啜りながら、ぼんやりと窓の外に広がる空を眺めていた。
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