次は、桜 第二部番外編 鈴蘭抄

wosopu

第1話 一星の火

 夜の帳が降り、街路の車音は大きく減った。時折、バイクが轟音を立てて駆け抜ける。それはまるで、都市という静かな河に切り込む高速艇のようで、すぐにまた静寂を取り戻す。

 

 歩道にはいくつかの若者の集団がたむろしていた。彼らは、松江路ソンジャンルー銭櫃チェン・クウェイKTV(台湾カラオケ)で夜通し歌うために、集まってきている社会人や大学生だ。


 その人混みを離れると、通りは一層ひっそりとする。兩脇にそびえ立つオフィスビル群は、まるで姿を隠すマントを羽織った巨人のように、夜の闇を借りて視線を欺いているかのようだ。

 

 

 遠くの一つのビルに、まるでテレビウォールの一部が故障し、欠落したかのような「白い一区画いっくかく」が見えた。


 それは、ビル外部の黒いガラス壁に、唯一電灯がついた窓だった。


 その白い光の奥へ引き込まれる。そこにあったのは、一つのオフィス、一人の女性、雑然としたデスク、そして淡い青色に光るノートPCのモニターだった。

 

 そこにいたのはマンマン、たった一人。オフィス全体はガランとしていた。いや、むしろ、彼女のデスク周りは書籍や雑然としたモノで溢れかえっていた。彼女は一人残業しているのか、それとも、あえて残って自分の用事を済ませているのか。


 マンマンは軽快にキーボードを叩いている。カクヨムに連載しているのは、『鈴蘭抄すずらんしょう』というタイトルの読書感想文だ。



 【編集者による注釈:作品の概要を補完し、読者の理解不足を解消する】


 「『次は、桜』は、作者・馬依玲(バ・イリン)が推理手法を用いて『意識のデジタル化』と『人類存在論』を解き明かす、SFアドベンチャー小説である。物語は二人の姉妹を中心に展開し、彼女たちは運命の悪戯により、人類文明の存亡を賭けた『デジタルヒューマン計画』に巻き込まれていく」


 「この『鈴蘭抄』は、その隠されたイースターエッグ(伏線)を解体するための一種のガイドとなることを目指している」



 【原稿の続き:内容の解体へ】


 「まず作品概要には、作者が文字だけの対話と行動描写、そして大量の余白よはくを用いることで、映画的なカメラワークを構築しようと大胆に試みている点が挙げられている。これは現在の創作環境に対する一種の反逆であり、『衆人皆酔しゅじんみなよ我独われひとめる』という文人の孤高の風格を漂わせ、興味深い」


 「作者は巧妙に黄斑部変性症おうはんぶへんせいしょうという目の病気を導入し、未来技術の核心である『視覚』へと切り込んでいる」


 「さらに、姉妹の親情を駆動力としてキャラクターの動機を形成し、姉を救うために妹が参加する謎の計画を順調に展開させ、現実の時価総額第一位のハイテク企業N社のCEOを暗に示唆する核心人物・H氏を登場させる」


 「作者はAIの利用方法を深く理解しており、一般的なチャットや検索として使用するのではなく、討論会や大学院の研究セミナー形式をとり、根本を徹底的に突き詰める。さらには、H氏を模倣し、AIに高校生向けの解説者という役割を与え、エネルギー科学や宇宙旅行といった深奥な関連知識を、平易な言葉で説明させている」


 「作者はH氏の伝記や関連報道を研究したと述べているが、その結果、人々に非常に身近で、かつ実現可能なハイテク概念を作品に導入している。それはまるで警鐘を鳴らすかのようだ。親情物語で技術的テーマ、宇宙旅行の逆説的思考、そして人類存在論の哲学思弁を大胆に包み込んでいる」



 マンマンはタイピングを止め、コリコリとマウスホイールを操作して文章の冒頭に戻り、最初から最後まで素早く目を通した。


 「うん、これでいいだろう。『随筆』なんだから、これで十分」


 彼女は静かに送信ボタンをクリックして、第一稿を発表した。


 『鈴蘭抄 序章:一星いっせいの火、これから、人々の胸に野火となって広がるだろうか?』



 マンマンはノートPCを閉じ、深くストレッチをした。


 「あら、もうこんな時間!」


 慌ただしく私物を片付け、最後の電灯を消し、オフィスのドアに鍵をかけ、警備システムを起動した。


 「警備設定完了いたしました」


 彼女はスマートフォンで時間を確認した。台北メトロの最終列車が間もなく到着だ。幸いにも、会社から駅の入口までは数歩の距離だ。だからこそ、彼女はこんなにも落ち着いていられるのだ。


 エレベーターの扉が開き、警備員と挨拶を交わすと、大門を出て、徐々にスピードを加え、足早にメトロの入口へと急いだ。


 メトロに乗り込んだ後、マンマンはスマートフォンを取り出し、先ほど公開したばかりの記事をもう一度確認した。



 友人の依玲イリンの小説はすでに完成している。依玲イリンの性格は風変わりで頑固だが、作品の背後にある意義は確かに深い。マンマンは確信していた。本当の旅は今から始まるのだと。


 彼女の「鈴蘭抄」が読書感想文という形式を通じて、『次は、桜』の難解で隠された部分を解体し、「玉を投げ入れて、多くの読者という石を呼ぶ」きっかけとなり、依玲イリンにより多くの読者を見つける助けとなることを願っている。それは、彼女という第一の読者にとっての「推しを広める」使命なのだ。


 最終列車は、そっと街の幕を引き下ろす。人類はもはや夜を恐れない。なぜなら夜は終わりではなく、夜が明ければ、また新たな夜明けを迎えることを、皆が知っているからだ。

 

 

 深夜、マンマンのスマートフォンの画面が微かに光り、カクヨムのシステム通知を受信した。


『天満葵さんが、あなたのエピソードに応援しました』

 

 

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