第4話「再会④」
「……うん。ごめんだけど、それなんていう恋愛漫画か教えてくれない?」
高校生まで巻き戻し、今まで言っていなかった話も含めて事細かに説明し終えたはずなのに。
郁はそれはもう真面目な表情で、そう言った。
「ね、ねぇ。さっき疑わないって言ってなかったっけ?」
「もちろん言ったわよ。でもね、まさかそんな乙女の妄想みたいな話聞かされるとは思わないじゃん」
ジト目を向けながら、呆れたかのようにビールを喉に流し込む。
確かに郁の言うことはその通りかもしれないけど、事実そう。
私とて驚かなかったわけじゃない。
むしろ、今でも夢なんじゃないかって思ってる。
でも、現実は、事実はそうではない。
そんな乙女の妄想みたいな話があったのだから。
「もうアラサーよ?」
「それはいいじゃん……というか、郁もでしょ?」
「あたしはそんな妄想しないからね」
「あたかも私が妄想してるみたいな言い方しないでよっ」
いや、確かにこういうことが起きるまでは夢で見るくらいにはあったかもしれないけど。
「郁はいっぱい付き合ってたじゃん。大学の時だって、新卒の時だってさ」
「それとこれとは別よ? それにあの時は同盟結んでなかったし」
「私は今も結んでないわよ」
「屁理屈は女に嫌われるわよ」
「そもそも嫌われるような友達いないし。郁しか」
「はぁ。芽衣は抜けてるところあるくせにそういうところだけは抜け目ないの腹立つ」
「抜け目ないっていうか、郁はたまにだらしないところあるし」
「……はいはい。話逸れてるから戻しましょう」
こちらが痛いところを突こうとすると、郁はパパッと両手を鳴らして静止する。
本当に扱いがうまい。
「それで……結論から行くけどさ。芽衣はどう思ってるの?」
なんて、私も逸れた話に目を向けて現を抜かしていると郁はちょっと真面目に聞いてきた。
「……」
郁の手元。
さっきまでたっぷりと入っていたビールはすでになくなり、残った氷がカラカラと音を鳴らす。
別の席で話をする人がいて、そんな音がどうしてかよく聞こえてくる。
どう、思っているのか。
正直、自分でもよく分かっていなかった。
数秒ほど黙っていると痺れを切らした郁がぐぐっと近づき、顔を覗き込んできた。
「何黙ってるのよ」
「私でもよく分からないの」
「後悔とかあるって言ってなかったっけ、朝に」
「後悔……」
小向井くん。
高校生の頃の同級生であり、初恋の相手。
高校生で初恋って遅いんじゃないかって言われるけど、自覚した時はあの時だったと思う。
そんな相手への後悔は、待ってばかりで自分から想いを伝えられなかったことだ。
「あるにはあるよ」
「ふぅん……それなら、どうすればいいかなんてわかり切ってるんじゃないの? 相手も同い年なら大人だろうし、そういうことなら往々としてあるでしょ?」
「でも、別にそういう気持ちはないよ?」
「え、ないの。だって今でも忘れないような人でしょ?」
「それはそうなんだけど。私の後悔はそういうものじゃないと思うの」
「……それって?」
「彼への想いを伝えられなかったっていうか」
それだけは本心だと思う。
長年思い出したり、思い返したりしていたから分かる。
だって、今更どうなりたいとかは……多分。
「じゃあそれを伝えてあげればいいんじゃないの?」
「え?」
しかし、そんなところで悩んでいると郁は真面目なトーンで呟いた。
「難しく考えすぎなのよ。伝えられなかったら伝えればいいんじゃないのってこと」
「だ、だけど」
「それじゃあいいの? 彼が転勤とかすることになったら伝えられないんだよ?」
「それは嫌……でも、今更言ってもいいのかな」
今更迷惑なんじゃ。
だって、連絡先も別れ際に私から聞いただけで彼は何とも思ってなさそうだったし。
それに、会社に入る前に振り返ったら、可愛い女の子が話しかけてたのが見えた。
彼のお邪魔虫にだけはなりたくない。
「別にいいじゃん。昔はこう思っていたよって言って、それで恋仲になるかどうかはまたゆっくり考えればいいんじゃない?」
「そ、そんなこと簡単にできないよ」
「……10年前はできなかった相合傘が容易にできたんだからできるわよ。てか、大人でしょ芽衣も。抜けてるけど」
「っさ、最後の一言いらないよ」
「切り替えればいいのよ。切り替えれば。彼もそう言われると嬉しいと思うけどなぁ」
「そうかなぁ」
「えぇ。あたしはそう思うわ。あとは芽衣に任せるけど」
そう言うと、郁はカウンターの向こう側にいるおじさんに目を向け手を上げる。
その姿を見ていると、確かに一理あるような気がした。
「とはいえ、その男がやばいやつだったら全力でとめるけどねぇ」
「……小向井くんがそんな人なわけないじゃん」
★
「それじゃあ、また明日。恋愛もだけど仕事も頑張らないと駄目だからね」
「わ、分かってる。来週から後輩の子の面倒見ないといけないし」
「……おぉ。あの芽衣が先輩とはねぇ。まぁ、頑張ってね!」
夜9時すぎ。
札幌駅前の居酒屋の前。
煌めく街中を背景に、郁はバイバイと手を振りながら駅の方へと走っていく。
途中よろけそうになっているのがちょっと不安で心配だったけど、気が付けばもう見えなくなっていた。
相談にも乗ってくれて、頼りにもなるし、仕事もできちゃう。
そんな郁だけどお酒を飲むと関係性が逆転するから、なんだか人間って完璧じゃないんだなって感じる。
「それじゃ、私も帰ろうか」
★
すっかり人が少なくなった車両に乗ること約10分。
小さい頃には使うこともなかったICカードで改札を乗り越え、1番出口へ向かう。
外へ出ると目の前の大通りには車が数台行き交う程度で、すっかり静かになった歩道へ出る。
私が住むマンションはここから5分程度。
ひとまず風呂に入って、昨日作り置きしてたグラタンの残りを食べなきゃなって。
—―考えながら歩いている時だった。
「あれ、初瀬」
驚いた。
本日二度目、いや三度目。
「どうしてここにいるんだ?」
「え……っ⁉」
正直笑っちゃうくらいに。
また彼と、私のホームタウンの駅前で出会ってしまった。
<あとがき>
迷いながら……。
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