09

「今日から本格的な訓練に入るが、その前に今の技術力を確かめるためのテストを行う」

 夏休み明け、最初の実技授業。

 教師の前には十種類のロウソク立てが並んでいる。

 立てられたロウソクの数や大きさはバラバラだ。


「手前から順番に火をつけて消していってくれ。一つのロウソク立てに複数ロウソクがある場合は同時にだぞ」

 教師の指示で、生徒たちは一人ずつロウソクに魔術をかけていった。

 最初のロウソクは一本で簡単だが、二本目以降はロウソク同士が離れていたり、また手前にあるロウソクを超えて火をつけないといけなかったりと難しく、皆苦戦している。


「マティアスは本当に器用だね」

 戻ってきた弟にリリヤは声をかけた。

 皆苦戦し出来ない者も多かったが、マティアスは難なく全てクリアしていた。


「まあ、休みの間練習していたしね」

 マティアスは答えた。

「え、練習? いいの? というかいつの間に!?」

 一年生はまだ未熟だから、学園以外で魔術の行使は禁止されているはずだ。

 それに家でマティアスが練習している所など、見た覚えがない。


「こっそり練習する方法なんていくらでもあるよ」

「杖は? 学園から持ち帰れないよね?」

「杖がなくても魔術は使えるし」

 マティアスは笑みを浮かべた。


(え……マティアスって、意外と不良?)

 真面目な優等生だと思っていた弟の、予想外の姿に目を丸くしているとリリヤを呼ぶ教師の声が聞こえた。


(大丈夫かな……)

 ラウリから借りた杖をギュッと握りしめて、ロウソクの前へ立つ。

 大分コントロールできるようになったとはいえ、二ヶ月も間が空くと不安だ。


 杖を握り直して魔力を流す。

(あれ?)

 魔力が流れていく感覚に違和感を覚える。

(……慎重に……優しく……)

 そっと魔力をロウソク目掛けて送り出す。

 ボウッと音を立てて杖から炎が走ると、並んでいるロウソク全てに火がついた。


「ええっ!?」

(消さなきゃ!)

 慌てて風魔術を放つ。

 ゴウッと音を立てて火が消えるとともにロウソク立てがバタバタと倒れていった。


「どうして……」

 コントロールできるようになったと思っていたのに。

 リリヤはがっくりと膝をついた。


「また派手にやったな」

 ルスコ教授が笑いながらやってきた。

「……あの」

 リリヤは杖を握りしめると教授を見上げた。

「また魔力が増えた気がするのですが……」

「何だと」

 杖に魔力を送ったとき、明らかに前よりも量も速度も増しているのを感じたのだ。


「ふむ。調べてみよう。授業はそのまま続けていてくれ」

 教師にそう言うと、教授はリリヤを連れて歩き出した。



 教授室へ向かっていると、向こうからラウリとヘンリクが歩いてくるのが見えた。

「何かあったのか? 今は授業中だろう」

 ラウリは眉をひそめた。


「リリヤ嬢の魔力を再測定しようと思いまして」

「魔力を?」

「殿下もこられますか」

「そうだな」

 ラウリはリリヤに歩み寄ると、その手を取った。


「え」

「ふむ。手だけでも多少は効果があるようだ」

 リリヤの指に指を絡めてそう言うと、そのままラウリは歩き出した。


(これって……恋人繋ぎってやつ!?)

 思わず顔が赤くなる。

 学園の中で、手を繋いで歩くなんて。誰かに見られたら更に噂になってしまう。

 さりげなくほどきたくてもしっかりと手を握りしめられ、仕方なくリリヤはそのまま歩いた。


 教授室へ入ると、ラウリはリリヤの手を繋いだままソファへ腰を下ろした。

「石板を持ってくるので少し待っていてくれ」

 教授は奥の部屋へ入っていった。


「何故魔力検査をするのだ」

 ラウリが尋ねた。

「また魔力が増えた気がして……」

「魔力が増えた?」

「さっき、杖に魔力を流した時に明らかに前よりも多く感じて。威力も強すぎたので、もう一度調べてみようとなったんです」

「そうか」


(……ところで、この手はいつまで……)

 握られたままの手と、そこから伝わるラウリの体温に背中がむずむずしていると、石板を手にした教授が戻ってきた。

「リリヤ嬢、ここへ」

「はい」

 リリヤが立ち上がると、ようやくラウリは名残惜しげに手を離した。


「手を乗せてくれ」

「はい」

 執務机に置かれた石板に手を乗せると、明らかに前よりも強い光が放たれた。

(あれ? 色が……)

 入学直後に測った時は、光は真っ白だった。

 けれど今は、白い光の中に水色と緑色の筋が混ざっているのが見える。


「これは……」

「どういうことだ?」

 リリヤの背後からラウリが覗き込んできた。

「複数の色があるなど聞いたことがない」

「ふむ……青と緑……」

 教授はしばらく思案した。


「――これはおそらく、精霊の色ではないかと」

「精霊?」

「はい。接触した精霊の力がリリヤ嬢に加わり、その分力が増えたのではないかと考えます」

 教授はラウリに向くとそう答えた。


「殿下。リリヤ嬢に触れると楽になるのは、夜会の時からですか」

「……いや……ああ。そういえば離宮でも感じたな。目が見えるようになった後だ」

「それ以前は?」

「――いや、ない」

 考えながらラウリは首を振った。


「ではやはり、精霊と接触したことでその力がリリヤ嬢に宿ったと考えるのが妥当でしょう。水の精霊には癒しの力があるようですから」

 教授は一同を見渡した。


「このことはくれぐれも内密に。他の者に知られれば厄介かもしれない」

「父上にもか」

「陛下には私から伝えます。もう少しこれまでの情報を整理したいので」

 そう答えると、教授はリリヤに向いた。


「そうだな、リリヤ嬢は他の生徒たちとは別に訓練した方が良いだろう」

「別に……」

「君の力は未知の部分が多い。他の生徒たちに危険が及ぶ可能性もあるからな、しばらくは私と二人で訓練を行う」


「……分かりました」

 こくりとリリヤは頷いた。

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