02
「お帰りなさいませ」
リリヤとマティアスが馬車から降りると、居並んだ使用人たちが二人を出迎えた。
「旦那様も先程お戻りになられて、一緒に昼食をとのことです」
「……そう」
侍女たちに囲まれながら部屋に入ると着替えをさせられる。
(家でもドレスを着なければならないのは窮屈だなあ)
制服は、日本にいた時よりもずっと上品なお嬢様らしいデザインだけれど締め付けのないワンピースで、まだ見慣れたものだ。
けれど学園にいる時以外は家の中であっても、常にドレスを着なければならないという。
身体に合わせたドレスはスタイルを良く見せるため、リボンや時にはコルセットで腰を締め付ける。
姿勢良く過ごさないとならないから一日が終わるころにはぐったりとしてしまう。
さらに、時間や場所によって着用するドレスには細かな決まりがある。
そのあたりは侍女達が選ぶため、リリヤはただ与えられたものを着るだけでいいのがまだ救いだ。
(着替えを人にしてもらうのは慣れないけど……)
養護施設では高校を卒業したら自立しないとならなかったため、自分のことは自分でできるよう指導されていた。
幼い子供は年上のリリヤたちが面倒を見ることも多い。
だから着替えや食事、入浴までも侍女の補助があるこの生活にはなかなか慣れない。
着替え終え、途中でマティアスと合流して食堂に向かうと両親は既に着席していた。
テーブルにはスープやサラダ、フルーツ、パンなどが次々と運ばれてくる。
食事はいつも種類、量共に大量で、その中から好きなものだけ食べればいいという。
余ったものは後で使用人たちに下げ渡されるというが、いつも食事は残さず大切に頂くようにと教わってきたリリヤには、テーブルの上にある料理の多くが手をつけられないままということにどうしても抵抗がある。
(慣れることができるのかな……)
正直慣れたくはないと思いながら、リリヤは果実水の入ったグラスを手に取った。
「学園には馴染めそうか?」
食事が始まると父親のアウッティ侯爵は子供たちに尋ねた。
「今日はカリキュラムの説明と魔力検査だけだったので、まだ分かりませんよ」
マティアスが苦笑して答えた。
「そうか。それで魔力検査の結果はどうだった」
「僕は、人を癒す力に長けていると言われました。いい治癒師になれるだろうと」
「ほう。私の父も治癒師として領民のために尽くしていた。お前は祖父に似たのだな」
侯爵は目を細めるとリリヤへ視線を送った。
「リリヤはどうだった」
「私、は……」
リリヤは手にしていたナイフとフォークを置くと父親に向いた。
「三ヶ月前よりも魔力が増えていました」
「どういう意味だ」
「ルスコ教授が言うには、魔力の存在しない向こうの世界で、身体の中で封印されていた魔力が、こちらの世界に戻り解放されたのだろうと」
放課後、リリヤとマティアスは改めて教授室に呼ばれると説明を受けた。
リリヤが呪いで「異世界」に飛ばされたというのは世間に混乱を招くとして極一部の者にしか伝えられていないから、他の生徒たちの前では説明できなかったのだ。
表向き、リリヤは隣国の小さな田舎町にいたとされている。
「三ヶ月前に鑑定した時は、まだ封印が解けきっていなかったので魔力の量は少なかったのだろうと言っていました」
まだ分からないことが多いと前置きして教授はそう説明した。
「少なかった? あの時の時点でかなり強い魔力を持っていると言われたはずだが」
「はい……私の魔力量は、おそらく国内でも一、二を争うほどだろうと」
「――そうか」
侯爵は深くため息をついた。
「父上? 何か不都合でも?」
マティアスが眉をひそめた。
「実は今日、陛下に呼ばれて王宮へ行ってきたのだ」
侯爵は家族を見渡した。
「そこで、リリヤを王太子殿下の婚約者候補にしたいと申し出があった」
「え」
リリヤは目を丸くした。
(王太子って……未来の国王ってことだよね)
その婚約者ということは、つまり未来の王妃だ。
(そんなものに私がなるの!?)
「まあ、どうしてですの? リリヤはまだここの生活にも慣れていないし、マナーも覚束ないのですよ」
リリヤが内心悲鳴を上げていると、母親が顔を曇らせた。
「しかも王太子殿下は呪いのせいで、片目の視力と魔力を失ったというではないですか。いくら何でもそのような方に……」
「リリヤに呪いをかけたのはキースキネン侯爵、そして王太子に呪いをかけたのはキースキネン侯爵の娘。どちらも娘を王太子の婚約者にしようと画策したためだ」
「……どうしてそれで姉上が呪いをかけられたんです?」
侯爵の言葉にマティアスが首を傾げた。
「お前たちが生まれた時、リリヤは王太子殿下の婚約者になる可能性が高いという噂が流れたのだ」
妃には、まず侯爵家以上の家から候補者を選定される。
魔力持ちであることも必須で、量が多ければ多いほど良い。
リリヤは王太子の一つ下と年齢も近く、また双子は生まれた時から魔力を持っていることが分かった。
魔力を持つ者は限られている。
また持つ者でも大抵は成長するにつれ魔力に覚醒し、身体に魔力を蓄えていく。
生まれつき魔力持ちということは、その量が多いことを示す。
だからリリヤが妃候補と思われるのは当然のことだった。
「キースキネン侯爵には王太子殿下と同年の娘がいる。家柄は我が家と同等で、その娘も生まれつき魔力を持っていたから婚約者候補の一人だった」
キースキネン侯爵は、娘を妃にするのに邪魔となるリリヤに呪いをかけて排除しようとした。
その娘もまた、王太子殿下に魅了の呪いをかけようとして失敗し、リリヤへの呪いも発覚した。
呪いはとても難しい魔術だ。
特に対象が魔力持ちの場合、どんな作用が起きるか分からない。
結果リリヤは異世界に飛ばされ、王太子は魅了にはかからなかったものの、左目の視力と魔力を失ってしまった。
「呪いは禁じられているが行う者は後を断たない。この二つの件は教会の魔術師が関わっている。教会は王家と対立していて、王家としてはこの機会に教会及び教会派貴族の力を削ぎたい意向だ。そこでこの婚約話だ」
侯爵はリリヤを見た。
「リリヤが妃となることで、呪いをかけた教会派を牽制したいのだそうだ」
それに魔力を失った王太子の相手には、魔力量の多い者が必要だ。
召喚された時に行った魔力検査の結果は王家にも報告されている。
「あの時よりもさらに魔力量が増えたとなると……よりリリヤが婚約者になる可能性が高くなるな」
侯爵は息を吐いた。
(なるほど、政治的な理由なのね)
難しいことは分からないけれど、色々と事情があるのだろう。
「……王太子殿下って、どういう人なの?」
ふと気になって、リリヤはそっと隣に座るマティアスに尋ねた。
「よくは知らないけど、完璧王子って呼ばれているよ」
「完璧王子?」
「頭も良く剣の腕も立ち隙がなく、自分にも他人にも厳しくて怖い人だって」
「そうなんだ……」
「リリヤ」
小声で会話をしていると、侯爵の声が聞こえた。
「国王の命令ならば逆らえないが、事情が特殊すぎるからな。打診という形で決定権は一応こちらにある。お前はどうしたい」
「――貴族の娘は親が決めた相手と結婚するのだと教わりました」
少し考えてリリヤは口を開いた。
マナーや学問を習っている家庭教師がそう言っていた。
それがこの世界での決まりならば、逆らう気はない。
「なので私も、そうしろと命じられれば誰とでも結婚します」
父親を見つめてリリヤは答えた。
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