第5話 逆転劇
「お父様が逮捕?!」
栄養不足と過労でやせ細っていたアンネマリーは、叔母ルドヴィカの屋敷で手厚く介護され、元の健康を取り戻しつつあった。
そしてアンネマリーが健康を取り戻すために休養して、食事をして、読書などをして数日ゆっくりと過ごしている間に、叔母や大叔父たちがベルクヴァイン侯爵家を取り戻した。
「トビアス・ベルクヴァインは侯爵家の乗っ取りを企てて、女侯爵であるアンネマリーを害したのですもの。当然逮捕よ」
叔母ルドヴィカはここ数日の顛末を語った。
アンネマリーがベルクヴァイン侯爵家を脱出した後。
大叔父アーベル・アルトナーとその家族たちが中心になって、ベルクヴァイン侯爵を代行しているアンネマリーの父トビアス・ベルクヴァインを告発した。
それにより、父トビアス・ベルクヴァイン、後妻マヌエラ、義妹イルザの三人は逮捕された。
マヌエラが雇った家令や家政婦長やメイドたちも逮捕されたという。
罪状は侯爵家の簒奪未遂。
そして女侯爵アンネマリーを監禁、虐待した罪だ。
「社交界では今、その話題でもちきりなんですって」
叔母は楽しそうに笑った。
社交界の話題は大叔父アーベル・アルトナーの家族たちがもたらしてくれる。
大叔父アルトナーの息子や娘たちは貴族の子女と結婚していたので、社交界に伝手が多いのだ。
「三大公爵家もアンネマリーの味方よ」
「公爵家が?!」
「ええ、そうよ。この分だと、後妻とその娘は死刑になるわね。使用人たちも極刑よ。家令と家政婦長も死刑になるかしら」
「え、死刑……?!」
刑罰があまりに重く、アンネマリーは驚いた。
アンネマリーは後妻マヌエラも義妹イルザも嫌いだ。
マヌエラはアンネマリーに暴力を振るい、アンネマリーを屋根裏部屋に閉じ込めた。
そして家政婦長に命令してアンネマリーに針仕事をさせ、ときどき鞭打った。
義妹イルザはアンネマリーの部屋とドレスを奪い、婚約者も奪った。
マヌエラが雇った新しい家令も家政婦長もメイドたちも、アンネマリーに辛く当たったので嫌いだった。
逮捕されたと聞いて、正直ほっとした。
そのくらい嫌いだ。
だが死刑という重い刑罰を聞いて、素直に喜べなくなった。
彼女たちが行ったことは許せるものではない。
だが果たして、命をもってして贖うほどの罪だろうか。
義妹イルザはアンネマリーに特にちょっかいを出して来て、アンネマリーを罵倒して、仕事を押し付けて、食事抜きを命じて、アンネマリーに濡れ衣を着せて婚約者も奪った。
だが死刑にされるほどの罪だろうか。
「叔母様、私は、殺されるほどのことはされていません。酷い待遇でしたが、死ぬほどではありませんでした。暴力は受けましたが、大した怪我もしていません。それなのに死刑になるなんて、刑罰が重すぎます。なんとか罰を軽くしてあげられないでしょうか」
アンネマリーは被害者だ。
被害者が許せば、彼女らの罪が軽くなるのではないかと思った。
「私は、彼女たちがベルクヴァイン侯爵家から出て行ってくれるなら、それで良いのです。二度と目の前に現れないでいてくれるなら、私はそれで満足です。報復なんて望んでいません。まして死刑なんて……」
「アンネマリー、貴女は何か勘違いをしているわ。貴女のために彼女らを死刑にするんじゃないのよ?」
叔母は皮肉っぽい笑みを口の端に浮かべた。
「あの人たちはね、平民の分際で貴族を害したの。身分制度社会に喧嘩を売ったのよ」
「身分制度社会に、ですか?」
「そうよ。アンネマリーに同情している人はもちろんいるわ。でも貴族たちが憤っている肝の部分は、アンネマリーが虐待されたことじゃないの。平民が貴族を害したことに彼らは憤っているの。あの頭の悪い後妻たちは、王侯貴族全員を敵に回したのよ。公爵様たちは貴族たちの筆頭として、罪人たちの罰を重くするようにと激しく主張なさっているの」
叔母は淡々と説明をした。
「貴族を害しても、罰が軽ければ、他にも変な気を起こす平民が出て来るかもしれないでしょう? 貴族を監禁してお家乗っ取りを企てても、軽い罰ですむなら、大勢の平民たちが貴族家の乗っ取りに挑戦するようになるわ」
「そ、そんなことになるでしょうか?」
叔母が語る未来が信じられずアンネマリーは問い返したが、叔母は自信たっぷりといった態度で応えた。
「なるわよ。リスクが小さいわりに成功した見返りが大きいとなれば、流行るわ。道端で
「そ、そこまで、する人がいるでしょうか」
「いるわよ。箱入り娘の貴女は知らないでしょうけれど、世の中には犯罪が溢れているのよ。毎月、何件の強盗事件があるか知ってる? 場所によっては毎日強盗事件が起きてるのよ?」
「……」
アンネマリーは言い返す言葉がなくなった。
「平民が貴族を害したらどうなるか、見せしめのためにも、厳しく罰する必要があるの。今後、平民が変な気を起こさないようにね」
「お父様は……貴族だから罰が軽くなるのでしょうか?」
「……
叔母は少し含みのある笑みを浮かべたが、アンネマリーはその違和感には気づけなかった。
(イルザが死刑になったら……クリストフは悲しむでしょうね)
かつての婚約者クリストフが義妹イルザと結婚すると宣言していた日のことを、アンネマリーは思い出していた。
目の前でクリストフとイルザが抱き合って愛を語り始めたので、アンネマリーが砂を吐きそうな最悪な気分になった日のことだ。
(あの二人を応援する気なんて全然無いけれど。死刑によって引き裂かれるのはさすがに気の毒だわ)
アンネマリーは婚約者だったライナー伯爵令息クリストフという人間を全く理解しておらず、今でも誤解していた。
それにアンネマリーが気付くのは、デビュタント舞踏会でクリストフに再会した時だ。
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