第13話 決断と切断

 少女から目を離せば、どうなるかわからない。

 幸いにも食料品は潤沢に確保していたため、自分はしばらく、彼女の看病に徹することにした。


 といっても――自分にできることは、大してありはしない。


 悪化する体調の中でも比較的まともな瞬間に、話し相手になる。増していく熱を冷やしていくためのタオルを、適宜交換する。その程度のことだった。


「……おぼえてる? わたしの、ゆめ」

「結婚」

「ふふ。そうね。でもね、わたしが一番憧れているのは――」


 ――バージンロード。


 少女が、薄く微笑む。自分はその顔をじっと眺めてから、短く告げた。




「歩けばいい」




 ぽかん、という顔を見るのは久々だった。

 少女はその顔でしばし自分を見た後――ふにゃりと眉尻を下げて、笑う。


「――無理だよ」


 少女の手が、左足へと動いた。その動きを目で追った自分は、ゆっくりと立ち上がり台所を目指す。

 あるものを手に戻ってくると、顔を上げた少女はぱちくりと瞬いた。


「クロ……?」


 自分の手に握られていたのは、包丁だった。

 その場に座り、足を伸ばす。ゆっくりと指で己の左足を確かめてから、包丁を握った手を一気に振り上げる。




「――ッ!?」


 

 ――畳の紅が広がり、ささくれだった穴が加わる。

 少女の見開かれた瞳が、自分を凝視している。

 しかし、止まらない。強固な骨まで切断できなかったため、もう一突き入れると、ばき、と鈍い音が響く。

 三回目の突きで、九割ほど切断された。残りは力任せに引きちぎり、囲炉裏の火の方へと向かうと傷口を炙る。茫然自失だった少女が慌ててこちらへ近づいてくる気配を感じながらも、両方の傷口を炙り終えると、少女の方へ振り返る。


「こちらへ来られる」

「あ……な……な…………」

「こちらへ来て」

「わ……かったわ……」


 ゆっくりと近づいてくる少女を尻目に、何かに使えるかと調達しておいた金属の端材を取り出す。火で炙りながら変形させることを繰り返すと、切断した自身の足の断面を囲うように圧着させた。

 一度自身の足に取り付けてみて形を確かめると、それが冷めるまで暫し待つ。やがて人肌程度まで温度が下がると、少女に「これを」と差し出した。


「……」


 少女は青ざめている。自分がしたことが、受け入れきれないらしい。しかし自分の有無を言わせぬ態度に流されたらしく、やがてそれを手に取り、足へとはめ込むように装着する。




「これで、歩ける」




 沈黙が、流れた。




 何かを間違えただろうか。




 わからない。




 だが、正しいはずだ。




 これで少女は、まともに歩けるようになる。




 夢を、叶えられる――。




「ふ……ふふ……っ」


 やがて、少女の肩が震えだした。


 咲き誇るのは、白百合の――笑顔。

 ここ数週間見られていなかった、満開の笑み。


「あなたは大馬鹿者よ」

「なぜ」


「それじゃあ、あなたが歩けないじゃない」


 ――彼女の夢に、なぜ自分が必要なのか、わからない。

 その疑問が、いつかのように顔に出ていたらしい。少女は「だって」と生理的な涙を拭いながらはにかむ。


「あなた以外に、誰がわたしをエスコートしてくれるのよ」


 そのとき、知った。


 ――少女の夢には。




 端から、ことを。




「……」


 沈黙は数十秒に及んだ。その事実を頭が、そして心が飲み込むまでには、それほどの時間を要した。

 しかし切断した足は直せない。ならば何らかの手段で、この問題を解決する必要がある。


 ――2人共が、五体満足であること。


「クロ……?」


 少女がまた、心配げに自分を見ている。自分は再び鞄を漁り、もう一枚の金属板を取り出した。

 それと己の左足を同時に火に炙り始めれば、少女が両手で口元を抑える気配がする。

 火の中に直接手を入れ、自分はその場で金属を変形させていく。ぐっと断面に押し付ければ、自分の骨と、その金属が接合される。


 真っ赤になった足を、火から引き上げる。素手で時折形を整えながら、待つこと数分。完全に冷え切ったことを確認すると、すくりとその場でたちあがった。


「――!」


 少女が、息を呑む。足首が動かないため少し不自由ではあるが、歩行にさほど違和感はなかった。

 自分は少女の方へ向き直ると、一語一句、先ほどと違わぬ言葉を告げる。




「――これで、歩ける」




 少女はやがて、微笑む。全てを諦めたように。同時に、全てに期待するように。


「わたし――」


 少女の伸ばされた手に従いその手を取れば、少女は自分の支えを借りながら、ゆっくりとたちあがった。以前より更に細くなったその体でしかし、確かに立っている。


「――あなたとなら、何でもできる気がする」


 その力強い言葉は、彼女に活力を漲らせた。自分は少女のその顔を一瞥すると、淡々と告げた。


「それなら、叶えればいい」

「何を?」


「――夢を」


 少女は一瞬驚いた顔をしたが、その言葉も想定の範囲内だったのかもしれない。やがてどこか悲しげな笑みを浮かべ、自分の頬をそっと撫でる。


「……ねぇ。あなたは……どうしてそこまでしてくれるの?」


 素朴な、それでいて切なげな問い。自分は瞳を細め手の温もりを感じながら、静かに答えた。




「……わからない」

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