第19話 不死者を狩る暗殺者

 ばちばちと音を立てながら、青白い雷の奔流が迫る。

 俺はエステラを掴み、部屋へと無理やりに押し戻した。


「きゃっ!」

「ぐぅ……ッ!」


 すれ違いに、雷光は廊下の壁と床を激しく焼き払う。

 着弾点は、先に投げ放たれたナイフの柄だった。


 床に刺さったそれが、曳き付けるように雷を浴びていた。


「詠唱がなかった……スキルね」

「クソ、何者だ! 姿をみせろ!」


 叫びに対して、応えはない。


 ぎし、ぎし、廊下の床板を踏む音だけが近づいてくる。

 俺は鎌刃を構え、エステラはレイピアを抜いた。


 そして、音は――部屋の入口で、目の前でスッと途絶える。


「……居ない……いやッ!」


 何者の姿もないが、大きく踏み込む強烈な床鳴り。

 しかし、音は確実に、この部屋に駆け入ってきたのだ。


 間違いない。咄嗟に腕を振るい、感覚で刃を当てる。


「――やはりかッ!」


 手応え、感触、金属音。

 目の前で光が瞬いて、人の姿が浮かび上がる。


「止めたか。さすがは“キメラ”から生き残っただけはある」


 半透明の人型はやがて少女の像を結び、ゆったりと言う。

 澄んだ銀色の髪には、ぱちぱちと燐光がちらついていた。


「何なの……いきなり現れたわ……ッ!?」

「いや、姿を消していたんだ!」


 いつの間にか、俺は銀髪の少女と鍔迫り合っていた。

 得物はマチェーテだ。牛の首を落とすほど大ぶりの鉈。


「何者だ、貴様……ッ!」

「獲物に名乗る名前などない」


 脳天をカチ割るつもりか。縦振りの斬撃が素早く下る。

 薙ぎ払いの鎌刃で防御。マチェットの軌道を逸らす。


 少女はそれで一瞬だけ態勢を崩したが、すぐに飛び退いた。


「ふん、これなら朝までには仕留められる……」


 不穏な呟きと共に、再び雷が室内にはじけた。

 彼女の輪郭を覆い隠すように、その身体が消えていく。


「消えたっ!?」

「警戒しろ!」


 左腕を突き出して、拳を握る。

 手首から顔を覗かせたベビースパイダーが、泥弾を吐いた。


「――姿を現せッ!」


 汚泥が室内を染めるが、誰の姿も浮かび上がらない。


「……クソッ、外に逃げられた。暗殺か!?」

「いったい何なの? 厄介だわ……!」 


 ――このままヤツを逃がしてしまうのは、まずいか。

 誰の遣いであれ、あんなのに四六時中狙われてはたまらない。


 そのように考えたのは、エステラも同様だったらしい。


「追撃するわよ、アーデンっ!」

「待て、廊下には出るな。狙い撃ちにされるぞ」


 狭所では、あの雷攻撃はあまりにも危険すぎる。


「……だったら……!」


 彼女はレイピアをおもむろに逆手に構え、背面の壁を突いた。


「まさか、お前……っ!」

刺痕爆バックドラフトッ!」


 薄い土壁が吹き飛ばされ、ロゴスの夜の街並みが露出。

 そこを跳んで降りたエステラを、否応なしに追う。


「無茶苦茶しやがる!」

「……居たわっ!」


 軽装の鎧、銀色の髪、灰色の襟巻。

 暗殺者の少女は、街路を駆け抜けていた。


(透明化を……長時間使用はできないのか……?)


 少女は銀の残光を残し、表通りを一気に横切る。狭い路地へ。

 裏路地へ滑り込んだ影を、見失わぬように追いすがる。


 と、俺たちはそこで思わず足を止めた。


「連れてきた、マレット」

「あいよ、チゼル!」


 暗殺者の声に応えたのもまた、少女の声だ。


(どこだ――?)


 視線で辿って、やがて民家の屋根の縁に目が留まる。

 暗殺者と瓜二つの少女。それが大砲を抱えていたのだ。


「避けろ、エステラッ!」

「くっ――なんなのよッ!」


 耳を裂く爆鳴、空気の層が破壊されるような衝撃。

 砲口が白く瞬いて、吐き出されたのは無数の杭。


 俺たちはすぐ傍の塀に転がり込んで、直撃を逃れる。


「クソッタレ! あいつら、いい連携だ!」

「まだよ! あの杭、よく見て!」


 そう叫んで、エステラが血相を変える。

 杭だと? ――杭は、金属製のものだった。


 どこからか、暗殺者の声が響く。


「“雷霆奏ケラウノス”――ッ!」


 しまった――雷撃のスキルが、あの杭を導線に……ッ!


「くっ……間に合えッ!」


 手近な杭の数本に、泥弾を撃つ。

 雷の伝導さえ防いでしまえば、あるいは。


「きゃちゃっ! きゃっ!」


 べちゃり。泥に覆われた杭がぬらりと月光を返す。


「どうだっ……!」


 次の瞬間、裏路地の全体が真っ白く反転する。

 焦げ臭くて、鋭利で、ひりついた気配。


 蜘蛛の巣のような雷撃が、杭から杭へと跳躍した。

 泥を喰らわせた数本はそれを拒んだが、残りは連鎖的だ。


 火花を打ちながら、閃光はそこら中に噛みついていく。


「ハァ……ハァ……」

「こいつら、ただ者じゃないわね」


 物陰から覗くと、二人の暗殺者――おそらくは姉妹。

 少女たちは、狼のような眼差しで俺たちを睨んだ。


「マレット、はやく再装填を」

「急かすなよ、チゼル。これで結構めんどうなんだ」


 平坦な声と、呑気な声。本当に同じ死合の場に居るのか。

 チゼルと呼ばれている方の少女は、大鉈を構え直した。


「ライブラ先生のためにも、こいつらは確実に殺しておく」


 ――“ライブラ”だと? キャンサーも、その名を出していた。


 つまり、コイツらは大学からの刺客というわけか。

 選抜レイドの口封じが目的ならば、まったく迷惑な話だ。


「おい、お前ら! 俺たちは別に、何も話す気はないぞ!」

「知らない。リスクはリスク。お前らには死んでもらう」


 雷光を纏った大鉈が、俺たちが背にしている塀を砕いた。


「……問答無用かよ、クソッタレがッ!」


 飛び散る破片からエステラを庇いつつ、下がる。

 ローブを貫き、肉体にレンガ片の突き刺さる感触。


 こんなダメージでは行動不能にはならない。だが――。


(雷はまずい。俺の中の蟲が直で喰らってしまう……)


 と、エステラが肩をぐいと掴む。


「(アーデン。……コイツは私がやるわ。屋根のヤツをお願い)」

「(……エステラ?)」

「(私に考えがあるの。任せて)」


 ……金等級のお前が、そう言うのであれば。


「――呪いを解く前に死ぬんじゃないぞッ!」


 俺はそう言い残して、雨樋を掴み、壁を蹴って駆け上がる。

 遠ざかる地上からは、レイピアと大鉈の激突音が鳴り響いた。


 ◇


 ――錬金店「セプテムフェイス」地下一階 実験室。


「遅いですねぇ、アーデンさんたち……」


 頭の羽根をパタパタと。メレアグリスは退屈そうに揺らした。

 彼らのために淹れた普通の紅茶は、もう二度ほど温めなおした。


 だが一向に、アーデンとエステラは店にやってこない。


「もしや道中で事故なんかに巻き込まれたりして――ん?」


 ドアをノックする音に、頭の羽根が跳ねる。


「あ、アーデンさんです……?」

「――オステオフェダリウスくん。勝手に上がらせてもらった」


 浪々とした男の声が、扉を貫くように響いた。

 メレアグリスはその声に、確かな聞き覚えがあった。


「ひっ、ひ……もしや、ライブラ教授殿でありますか……!?」


 扉を開いて踏み入ってきたのは、顎ひげをたくわえた男だ。

 大学の十二慧――その装いに身を包み、杖を携えている。


「相変わらず、妙な研究に狂っているようだね?」

「へ、へぇっへ……えへへ……ひっ……」

「ほれ、深呼吸したまえ。吸って、吐いて、吸って……」


 男――ライブラが言うと、メレアグリスは素直に呼吸を整えた。


「……ハァ、ハァ。お久しぶり、です」

「ああ。少し話がしたくてね。君が望むなら、筆談でも構わないが?」


 まるで独り言のように、実験室を物色しながら呟く。

 視線を合わせないのは、明らかな気遣いの所作だ。


「ふ、ふひ……だ、大丈夫です……何のお話でしょうか……?」


 うむ、と頷いて、彼は手近な椅子に腰かけた。

 おもむろに室内を見回し、机の短剣に目を留める。


「儀式用の短剣は、やはり君が持っていたか、遺物横領は重罪だろうに?」


 メレアグリスは羽根を真っ白に染め上げる。言い訳を考えていた。


「えっ……あっ……これはですね……その……」


 短剣を手に取りながら、ライブラは検めるようにまじまじ見つめる。


「責めているわけではない。知識欲は止められんからな、学者として」

「は、はぁ……ど、どうも……」


 角度を変えた刃のきらめきが、ランタンの灯を照り返した。


「さて率直に言うが、これを返してもらいたい。もちろん、対価は支払う」

「ええっ、嫌、です……その……お金に困ってもいませんので……」


「金とは言っておらん。――君は探究者気質だからな。どれ、知識を支払おうか」


 メレアグリスに向けて薄っすらと笑うと、ライブラは言った。


「我々の目的について、君は知りたいと思うかね? これで“釣り合い”が取れると思うのだが」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る