第12話 不死者と選抜レイド
――ダンジョン「シヘルフット」第五層 礼拝堂。
キャンサー・フィードラーは、三人の死体を見下ろしていた。
瘴気に侵され、腐敗であるとも乾燥ともつかない状態の死体だ。
「黒魔術の残滓を辿ってきてみれば……なんだねこれはァ……?」
二人の男女は
ダンジョンの中に居るということは、冒険者なのだろうが。
「遺物の暴走だとか、魔物がやったとは思えんが……」
「キャンサー教授。この男のほうには、まだ息があります」
「……ほォう?」
ゼミ生の言う――色の抜けた金髪の青年の元へ、彼は寄る。
ローファーで小突いてみれば、確かに、手足の先が痙攣した。
「……デ……ァ……」
「あァ? なんだね?」
ぱくぱくと水のない魚のように、枯れた唇が震える。
キャンサーは青年の首を掴んでから、耳元に寄せた。
「アーデン……アァ……アーデン……」
「……ふゥん?」
「ァーデン……ァア……――」
掠れた呻き声には、様々な感情がない混ぜになっていた。
アーデン。
ギルドで楯突いてきた冒険者が、そんな名だったろうか。
「――クルス。こいつはライブラの“ラボ”まで連れて行こう、担ぎたまえ」
大男が、がしゃり、がしゃりと、ローブ下の甲冑を鳴らす。
彼は死にかけの青年の身体を、軽々と片腕で担ぎ上げた。
キャンサーの頭の隅をチラついていたのは、とある羽毛種の小娘。
「ふゥん。元・准教授どのが、まだ黒魔術に固執しておられるとはなァ……。ハァ。嗅ぎまわられても面倒だ。やはり当初のプラン通りにいこう。“アレ”を使う」
ゼミ生が、キャンサーの顔色を窺う。
「……島に運び込んだ個体を、すべて投入なさるのですか?」
「“一匹”だけだ。この島の連中は、冒険者など気取っているが、所詮は素人に毛の生えたものに過ぎん。アレを一匹、放つ。それで十分、ダンジョンは制圧できる……」
◇
――錬金店「セプテムフェイス」地下一階 実験室。
「アーデンさん、覚悟はいいですかな……? ふひっ」
「……なあ、本当に、本当に“コレ”入れなきゃダメか?」
俺が拝むように訊ねると、メレアは満面の笑みで頷いた。
「さ……出ておいで……」
「きゃちゃーーー!」
瓶の中から、牙を打ち鳴らして現れたのは一匹の魔物だ。
ベビースパイダー。つまりは、泥アラクノスの幼生。
「せっかく手に入れたんだから……じゃなかった。えっとですね」
「おい……! いま本音が漏れてたぞ……っ!」
「失礼、失礼。第十層は、いわゆる大深部に相当する階層です」
火ばさみで掴んだ幼生を、メレアは俺の左腕にぐい、と押し付ける。
なんとかして逃れたいのだが、何かの魔術で拘束されてしまっていた。
皮膚を沿って、幼生のモフモフとした体毛が、左腕をくすぐる。
「魔物もより強くなっていくでしょう。スキルのないアーデンさんには、正直に言って厳しい環境になることは間違いありません。これは、妥当な戦力強化なのです」
「てめぇー。いつもよりよく喋りやが――うわっ! 冷たっ! こいつ!」
幼生が、俺の左腕の皮膚から裂け目を見つけたのだ。
冷えた甲殻の頭を圧しつけて、隙間に潜ろうとしやがる。
「か、勘弁してくれ! 俺の身体はもう定員オーバーだ!」
「ふひひひひひひっ……! いひっ……! そう、そのまま!」
「――……ッ! ……ぁあっ! 気持ちが悪い!」
ぼこん、と肌の下に潜り込んで、やがて膨らみが腕の中に消えた。
「ひっ、どうやら左腕を気に入ってくれたようですね」
「俺のほうは、サイコーに気に入らないがな……!」
「さてさて、拒否反応を待ったら性能テストですぞっ」
と、メレアはウキウキと部屋のガラクタを除け始める。
――その途端、彼女の背後の扉が“ばん”と開かれた。
「アーデン、メレアちゃん! 大変よ、大変なの!」
「――ァヒャッ!?」
羽根が真っ青になって、メレアは硬直したままブッ倒れた。
「――……あっ、ごめん」
「ざまぁみろ。……それで? なんだエステラ」
彼女は頷くと、赤いポニーテールを揺らしながら入ってきた。
俺の身体にかけられていた拘束魔法も解けているようだ。
違和感のある腕をさすりながら、椅子をひとつ、引いてやる。
「ありがと。……あ、それで! ダンジョンが封鎖されるって!」
「……なんだと? 封鎖? シヘルフットが?」
「いまから総督府の前で、発表が行われるらしいわっ!」
封鎖か……。
今までに、一度でもそんなことがあっただろうか。
「――メレア、そのまま寝てろ。ちょっと出かけてくる」
「ふひっ……ふひひっ……うひっ……」
ローブを羽織り、エステラが投げてよこしたマスクを装着。
俺たち二人は、蹴破るようにドアを抜けて店を飛び出した。
◇
――ロゴス市街 総督府前広場。
定められた時刻を迎えると、大鐘の音色が三度、空を震わせた。
集められた冒険者の群れのざわめきが、波紋のように波を打つ。
「市民諸君、冒険者諸君。これから告げるのは重大な通達である」
朗々と声をあげながら、バルコニーに立ったのは総督本人だった。
ドランゼール・オルスハウゼン卿。この島の紛うことなきトップ。
彼自身が、この場に立つことは止む無しだったのだろう。
なにせ、島の主産業であるダンジョン探索を止めようというのだ。
「既に噂で聞き及んでいる者も居るとは思うが、かのダンジョン『シヘルフット』において、我々総督府、ギルド共に、とりわけ強力な“新種の魔物”を確認している」
群衆にどよめきが、ひと呼吸分だけ続く。
人々を見渡し、総督は重たげな口を開いた。
「その魔物に定めたむる名は――“クローラー”。残虐な徘徊者であるッ! 既にダンジョン内で遭遇した複数パーティが壊滅、これは層を跨いで殺戮を続けている」
人の群れの中、冒険者たちが勇ましく肩を鳴らしていることに気づく。
――正直なところをいえば、その気持ちは分からないでもない、が。
「よって我々は、諸君らの生命の安全のため、これよりダンジョンに封鎖を敷く!」
「ふざけるなァー!」「俺たちはどうやって食っていけばいいっていうんだ!?」
冒険者というものは、兎にも角にも血の気が多い。
たとえ相手が貴族であっても、こうやってヤジを飛ばす。
しかし卿とて、この反応はさすがに予想していたはずだ。
――いったい、この騒ぎをどうするつもりなのか。
「無論、これはあくまでも一時的な措置に過ぎない! ……ギルド長!」
「はっ。……勇猛なる冒険者諸君! 私は諸君らに問いたい」
隣に登壇したのは、冒険者ギルドの長である男だ。言葉が続く。
「クローラー、これに与えられた等級は
白金等級か。魔物にこれが与えられるのは初めてのはずだ。
どうやら“クローラー”というのは、よっぽどの化け物らしい。
「諸君らは、ダンジョンを取り戻すため、これに戦いに挑む覚悟はあるかね!?」
そして、爆ぜるような歓声が沸き上がった。
「オオぉぉぉーーッ!」「魔物の一匹くらい、俺の剣をしゃぶらせてやるぜ!」
「どいつもこいつも大げさなんだよ! さっさと殺すぞーッ!」
百数の拳が天に突き上げられる。ギルド長は深く頷いた。
「――その意気やよしッ! 我々は、これよりクローラー討伐のための特別パーティを選抜する! 戦いの資格を有するのは金等級以上、あるいはその推薦を受けた冒険者! 推薦枠は一人につき二人まで、明日の午後までにギルドへ届けを出すのだ!」
文句を言う隙もなく、号令と共に大鐘が再び、三度鳴らされた。
群衆は――焦燥に燃える冒険者の群れが、ギルドへと流れ出す。
……くそ。俺には余り時間がないというのに。
選抜パーティにならなければ、ダンジョンに立ち入れないとは。
◇
「エステラ。金等級の推薦――お前に頼めるか?」
俺は人波を縫って歩きながら、エステラと言葉を交わした。
「もちろん。アーデンとメレアちゃんは、私が推薦する」
「助かる。……フリントとネルシェは、既に金等級だったな」
「広場には居ないみたい。二人の宿にいってみるわ!」
早足で、石畳を踏むヒールの音が遠ざかっていく。
(白金等級の魔物……そしてパーティ選抜。厄介な……)
「――……落ち着きたまえ、冒険者の友人たちッ!」
その声に――気づけば誰しもが、足を止めていた。
俺もそうした。声色にそんな力があったからだ。
「封鎖は長くは続かないだろう。何せ、この私が居るのだからね」
その男――否、凛々しい装いに身を包んだ冒険者、騎士。
“彼女”はきらめきを放つ白金等級のプレートを高く掲げた。
「“教会の剣”こと、ヘルデガルト。いまこそ正しき刃を振るおう!」
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