見捨てられ冒険者は、最強不死者に成り上がる 〜コミュ障ネクロマンサーとのダンジョン攻略〜
不乱慈(ふらんじ)
第一部 違法アンデッド編
第1話 不死者が啜る紅茶
――ダンジョン「シヘルフット」第三層 大回廊。
ザラついて代り映えのない、果ての見えない石の回廊をただ走り続ける。
「ねえ、どうするのよギルロイ! なんとかしないと追いつかれるわっ!」
「クソッ、分かっている! いい加減に黙っていてくれよ、エリッサ!」
叫んだのは魔法職のエリッサで、怒鳴りつける声はリーダーのギルロイ。
俺たちのパーティ「アンバー・ノッツ」はいま、惨めに敗走を続けていた。
容易い採取依頼と高をくくった挙句、ふいに出くわした
通路の向こうから、狡猾な「
「クソ、クソ、あんなヤツに……勝てるわけないじゃないか……」
前衛の剣士ふたり――俺とギルロイは負傷。回復ポーションは尽きてしまった。
エリッサは魔力が枯渇し、その肩を斥候のキャスパーが支えて歩いている。
この絶望の中、足音は未だ後をつけていた。ヤツを振り切れてはいないらしい。
急ぎ逃げねばならないというのに、俺たちの歩みはもどかしいまでの牛歩だった。
「――おい、“スキル無し”! 傷が、傷が痛むんだ……早くポーションを寄越せ!」
……また、その嫌味ったらしい呼び方をするのか。
機嫌が悪くなると、この男はいつだってこんな風になる。
「ギルロイ、さっき使い切ったよな。もう空瓶しか残っていない」
俺は腰に下げたバッグを叩いて見せる。
がらんどうのガラスの音がした。
「……無能のアーデン……スキル無しのクズが! 君が使いすぎたんだろうッ!」
「使いすぎだと? 俺が2本、お前が5本。ガキみたいな八つ当たりをするな」
ハッキリと答えてやると、彼は髪の毛をぐちゃぐちゃに掻きむしった。
「八つ当たりぃ!? クソ役立たずのくせに! スキルの無い君には、ポーションの1本だって使ってほしくないんだよ、本当はねッ!」
通路を進む足を止めて、爆発したかのようにギルロイが喚き散らかす。
……スキル、か。ダンジョンに踏み入った者がごく稀に得る異能だ。
ギルロイのスキルは、光を纏わせた刀身を加速させられる「
エリッサには、扱う魔術に限界を超えた魔力を込められる「
キャスパーには、周囲に在る生命の位置を精密に捉えられる「
そんな大層なものは、俺にはまったくもって
が、それでも無能という評価には異論であるし、腹立たしい。
「まず落ち着いて、冷静になれ。俺は野営術と地図読みで貢献してるだろ」
「だったら君のルートに問題があったんじゃないか! どうして屍猟マンティスなんかが出てくるんだ!」
「……分からん。俺たちの悪運が強かったとしか言いようがない」
すべきことは全てやったし、ひとつの落ち度もないと自負している。
複数の情報屋を買い漁り、いくつもの通路図を手元で照らし合わせた。
確率としては、間違いなく最も安全で最短の通路を選んだはず。
だが、それ以上にダンジョンというものは、可能性の揺らぐ場所なのだ。
「ともかく迂回路を探してヤツを撒こう。直線距離では追いつかれるからな」
「迂回路ですって!? もう歩き疲れたってのに……倒しましょうよ!」
へたり込むように膝をついて、エリッサが情けない声を漏らした。
すぐにギルロイの怒号が覆いかぶさって、廊中に反響する。
「この傷でもう一度やりあって、僕たちが本当に勝てると思うのか!?」
「でも、もう歩くのは嫌よ……みっともなく逃げ惑って、うんざりだわ」
「それに関してはオイラも同意見だねぇ~」
エリッサの愚痴に、黙っていたキャスパーが賛同する。
「キャスパー! 屍猟マンティスの位置は掴めてるんだろうね……!?」
「……あの通路のずっと向こう、着かず離れずの距離だよ」
「クソ。どうするどうするどうするどうするっ……どうすれば……」
そうして全員、立ち止まってしまった。
今こうしている間にも、魔物は距離を詰めてくる。
ギルロイの沈思を見守るか――否。
ヤツの頭の中は、きっと今頃は真っ白になっているはずだ。
代わりに策を考えねばならないだろう。
それなら生存率をあげるため、二手に別れて――。
「……いけにえだ、それしかない」
「何……? ギルロイ、いま何て――」
――ずグッ。
爆ぜるような灼熱が、ふいに脇腹に燃え広がった。
見下ろせば、そこに真っ白な長剣が突き立てられている。
じんわりと広がる赤色。どくどくと激痛が迸った。
「生贄だ。君を生贄にして、その間に僕たちは此処を抜ける」
「ギル……ロイ……? お前……」
スッと引き抜かれた刃が、腸を引きずって離れていく。
「がっ……ぁ゛ッ……」
あまりの恐怖と苦痛にがくりと膝を着いた。
ヒューッ、と、感心する口笛はキャスパーのものだ。
その隣で、エリッサが納得するように頷く。
「なるほど、確かに合理的な判断だわ」
「へへっ。度胸あるじゃねーか、リーダー」
ギルロイは長剣についた俺の血を振り払い、刃を鞘に納めた。
「……この中で、囮にして帰るなら君だ。スキル無しの君なんだッ!」
と、傷口をブーツのつま先でほじくられ、俺は声なく絶叫する。
「同郷のよしみでパーティに入れてやったものを! いついもいつもクソ偉そうに!」
「ぅ゛ッ……が……あぁ゛ッ……!」
かつての仲間たちは、悶絶する俺には目もくれずに言った。
「ギルロイ。はやく行きましょう! 彼の最後の一仕事、無駄にはできないわ」
エリッサ。俺がいったい何度、彼女の詠唱中の防御を担当したか。
「はぁー、あっぶねぇなぁ。これでどうにか生き残れそうだ……」
キャスパー。金勘定にうるさいヤツだが、もっと情があると思っていた。
「代わりに死ね。僕たちの才能は、こんなところで失われるべきではないんだ」
幼馴染――ギルロイは最後に言うと、鉄のブーツで俺の足を踏み折った。
「――――がぁぁぁぁッ! クソッ……貴様っ……!」
そうして三人の冒険者は、足早に闇の奥へと消えていった。
屍猟マンティスの不穏な足音は、ゆったり迫りつつある。
「……く……クソッタレが……ッ!」
……勝手なものだ。怒りと憎しみを超えて、呆れが湧いてくる。
スキル無しの俺に同情し、半ば強引にパーティへ誘ったのはヤツだ。
そのギルロイ自身が、この土壇場で俺を裏切って置き去りにするのか。
「……っ……来やがった……」
足音は、もう曲がり角の向こうだ。――ヤツが現れる。
床石をすべり、這いずって手探りにショートソードを掴む。
立て、と膝を叱咤するが――気配はもう背後にあった。
「こんな……こんな見下されたままで、終われるか……ッ!」
振り向きざまに剣を振るうより早く、首筋に熱が駆ける。
瞬間。視界は180度反転し、俺は最期に“背中”を見た――。
◇
………………。
…………。
……。
「おかしいですねぇ。儀式の手順は合ってるはずなんですが、ふひひっ」
ひどくぎこちない声色で、誰かが笑っている。
遠くでは、ポコポコ、グツグツと湯が鳴っていた。
しかし、どういうわけだか体が思うように動いてくれない。
全力で
どこかの部屋だ。ダンジョンじゃない。
無理やり目玉を転がすと、長い黒髪の少女がそこにいた。
「……お、おぉぉ……? まばたき、瞳孔収縮に……動きましたねぇ!」
少女の髪が顔に触れる感覚。こそばゆくって、少し心地悪さを感じる。
髪の毛に混じって、違う触感もあった。これは――羽毛だ。
彼女の頭から垂れた大きな青羽根が、先端で頬をくすぐっていた。
「――さてさて、出来栄えはどんなものですかな……っと……」
背中には、よく冷えた石の感触。腹の上には粗布のザラついた肌触り。
それらを感じているのに、身体のどこにも痛みは感じられない。
「……――ここは……? 俺はどうなったんだ? お前は……?」
「発話よし、知能に問題なし。二十一人目の“ご遺体”で、ようやく成功ですねぇ」
ふひひ、と頬を引きつらせ、彼女は気持ちの悪い笑みを浮かべる。
勝手に盛り上がっているところ悪いが、状況が、まるで分からない。
――待て。遺体と言ったのか? さっきのは聞き間違いか?
「拘束魔法、解除――。さっ、座ってくださいな、紅茶でもいかがです?」
体を圧していた感覚が一挙に軽くなる。
少女に促されるまま、ぱきぱきと鳴る上体を起こした。
薄暗い空間に揺れる炉の炎。少女がそこに掛けられたポットを取る。
スチームを立てながら、色づいた湯が二人分のカップに注がれた。
「はい、どうぞ。お熱いですよ」
「ああ、ありがとう……ん?」
熱い、というより生温かい。いま沸かしたばかりだと思ったが……。
「さて。私はメレアグリス・オステオフェダリウス。どうか、気安く“メレア”とお呼びください。ここは私の実験室です。お名前はアーデンさんでお間違いない?」
「……あ、ああ。アーデン・グレイヴフィールドだ……。アンタは医者なのか?」
そう訊ねると、メレアグリス――メレアは首を横に振った。
「いえいえ、私はしがない鑑定士です。趣味は黒魔術研究、特技は法律違反です」
「――えっ? なんだって……?」
「ああ、いえいえ。会話の機序を、時々よく間違えるのです。うふひひ……」
「……そ、そうか。……それで俺はどうしてここに?」
このとき俺が聞きたかったのは、どうしてメレアの実験室に居るのか、ということではない。
死んだはずの俺が、どうして生きて此処に居るのか、ということだ。
確かに俺は、古代ダンジョン「シヘルフット」の探索中に死んだはずだ。
それなのに今、こうして此処に存在していて、紅茶を片手に座っている。
「なぜここに居るか。それは、私が、死体置き場から貴方を盗んできたからです」
「死体……置き場……? それは、俺が仮死状態だったということか……?」
「いいえ、バッチリ死んでいましたとも。それを私が手ずから“
――黒魔術、死体置き場、死んだ記憶、反魂。
嫌な予感に従って、自分の胸に手を当てる。鼓動が――ない。
今さらになって気付いたが、体がボロ雑巾みたいにツギハギだった。
咄嗟に首筋をなぞると、そこにさえも薄っすらと縫い目がある。
ふとメレアの羽根の色が赤らんだ。隠しようもない、興奮の色。
彼女がぎこちのない固い表情を歪めて、笑いながらに言い放つ。
「――ふひっ、アーデンさん。“アンデッド”になったご気分はいかかですかな?」
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