第3話 2040年元旦の復讐劇

 20年目の元旦

​ 西暦2040年1月1日。朝焼けは鉛色に冷たく、旧来の食品工場が並ぶ工業団地の上空には、ドローン配送網の光の筋が複雑に交差していた。

​ 村田、50代後半。20年前に派遣切りに遭った時の面影は、その目の奥の冷たさだけに残っていた。彼は今、工場の敷地から数百メートル離れた高台の無人ガソリンスタンド跡に立ち、手のひらのタブレットを静かにタップした。

​『アルラウネ食品 五霞プラント』。かつて彼が、人間扱いされない労働を強いられた場所だ。この工場は、数年前に完全なAIオートメーションに移行し、元旦のこの時間は、警備ドローン以外、生命反応はゼロと確定されていた。

​ 彼の計画は、20年間温められた。目的は殺人ではない。**「誰も傷つけずに、破壊する」こと。彼の怒りは、人間ではなく、「人間を使い潰したシステム」**そのものに向けられていた。

 爆発、そして無罪の特権

​ タブレットの画面に、タイマーがゼロを示す。

​ ドォォォォン!!

​ 一瞬の静寂の後、工場の中核、巨大な冷凍倉庫エリアから凄まじい爆発音とオレンジ色の炎が噴き上がった。村田は、その轟音を、人生で聞いた最も甘美な音楽のように感じた。彼の計算は完璧だった。

​ 彼は、AI制御の冷却システムに、特定の周波数の音波を送り込み、内部の冷却剤タンクの圧力計を狂わせた。結果は、システム制御下での**「人災のない爆発」、つまり「計画的な機械の故障」**だ。

​ 数分後、ハイパースピードで飛来した警察のAIドローンが、村田の上空でホバリングした。

​<警告:村田高良むらたたかよし。あなたは建造物損壊の容疑で拘束対象となります。>

​ 村田はタブレットを取り出し、事前に準備していた弁護AIのプログラムを起動させた。

​<応答:弁護AIプログラム No.458-M. 事実関係を確認せよ。>

<応答:本件は、『人命保護法**(通称:無人法)』に基づき、爆発時における人的被害ゼロが確定しています。

 建造物損壊罪は成立しますが、人的被害を伴わない純粋な機械・資産への破壊行為に対しては、社会活動を一時的に麻痺させたという「大規模器物損壊罪」のみが適用されます。>

​ そして、2040年の法律が、彼の復讐を許した。

​<人命の毀損が確認されないため、現行法に基づく「テロ行為」または「殺人未遂」は不成立。大規模器物損壊罪は、初犯であり、社会的要因(2020年派遣切りによる社会的抑圧)が考慮され、AI裁判により執行猶予付きの社会的奉仕が妥当と判断されました。よって、身柄拘束は行いません。>

​ ドローンは静かにホバリングを解除し、去っていった。死人が出ない限り、法律は彼を本質的に罰しなかった。

​「ざまあみろ…」

​ 村田は、20年間抱え続けた怒りが、まるで抜けた歯のように、スカスカになった感覚を覚えた。彼の復讐は、**「誰にも危害を加えない」**という、この冷たい未来のシステム自体を揶揄する形で、ここに完了した。

​ 村田は、20年の時を経て、法の抜け穴を利用した形で復讐を遂げました。

​ 

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