Rain's Shooting Stars

渡士 愉雨(わたし ゆう)

プロローグ 

 この物語への着想を与えてくれた、二冊の白いアルバムに、心からの感謝を込めて。


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 真昼の流星が、胸を打つ。

 だから私は、生きていられる。

 流星の雨が、私の胸を叩き続けているから。

 その鼓動がある限り、私は死なず夢を見る。


 絶対に叶わない、夢を。




 プロローグ




 多奈河たなか市朗いちろうは、基本的には普通の男子高校生だった。


 素直に漢字で書くのなら、田中一郎、そう書いたままと言ってもいいように。


 運動はそこそこ、勉強は平均点、ほんの少し内気で、漫画やアニメ、映画やゲーム、そういうフィクションが好きで、自分を主人公に空想して、妄想して、そんな物語を小説に書き起こしてしまい、いつしか小説家、ライトノベル作家になりたい、そんな夢を抱くようになった少年……それが彼だった。


 そういう、普通の少年だったから、目の前で少し前を歩く誰かが落としたハンカチを拾い上げる事に疑問は挟まなかった。

 誰だって、自分だって、気づかず物を落としていたらそう思うように、ハンカチに手を伸ばした。


「あ」


 雑踏、というには少ない人の流れの中、同じように思った少女がいたようだったが、市朗の方が僅かに速かった。

 かつて自分が通っていた中学の制服を着ていた少女に、会釈気味に頭だけ動かす。

 物静かそうな外見の少女は、同様に会釈を返した後、傘を傾けて自分の道へと進んでいく。

 それをなんとなく見届けた後、市朗はハンカチを落とした女性へと駆け寄る。

 片手だけで起用に財布を開きつつ何事かを呟いていた彼女に市朗は声を掛けた。


「あの、ハンカチ落としましたよ」

「あー……手持ちのお金微妙……ん? あ、私?」


 振り返った女性は、少女だった。

 今時の流行に上下合わせた衣服は大人びたものだったが、服装と似合わない大きな帽子や、何処か古めかしい大きめの眼鏡もあって、彼女の顔立ちは服装よりも少し年下……市朗とさして変わらないように見えた。


 それは彼女が子供のように見える、という事ではなく、若く見える大人のようでもあり、不思議な感じだった。

 肩より少し長く伸ばした薄い茶色の髪が、振り返った瞬間に翻る様も含めて、市朗は少女に少し見惚れた。


 普段、女性に見惚れる事などなかったので、そんな自分に少し驚いていた。


 トットット、と、雨粒が傘に弾かれる音が響く。

 しかし、少し、だったのですぐに気を取り直し、ハンカチを差し出しながら言った。


「ええ、貴方が落としました」


 おそらく少女なのだろうが、歳が分からなかったので、丁寧な口調のままの市朗。

 そんな彼に笑みを向けながら、少女はハンカチを受け取った。


「ありがとう。

 財布を取り出した時に落としたみたいね。

 お、そんなに濡れてないし、汚れてない。

 これ、お気に入りだから助かったわ」

「なら、よかったです」

「あ、ちょっと待って」


 そう言って立ち去ろうとすると、少女が呼び止める。


「なんですか?」

「二つ言いたい事があるの。まずひとつめ。御礼はいらない?」

「それはいいです。ハンカチを落として拾うたびに何かしら御礼してたらお金がいくらあっても足りないんじゃないですか?」


 そういうのの為にやったんじゃない、心外だ、そんな思いからかつい口が回ってしまった。

 普段はあまり喋らないくせに、些細でも意に反する事があると感情的になって口が回りしまいがちな自分の悪癖だ。

 そんな自分にうんざりする市朗だったが、少女の方はその言葉が面白かったようだ。

 フフッ、と小さな息を零しながら笑う。


「ごもっともね。そう言ってくれると助かるわ。まぁ半分はジョークだけど」

「……もう一つはなんですか?」

「んー。ちょっと聞きたい事があって。

 表現に悩んでる事があってね。

 星空とか星を他の何かで表現するのなら、貴方は何に例えたりする?」

「なんでまたそんな……何かの問題か、課題?」

「うん、そんなところよ。私は学校に行ってないんだけど」

「……」


 大人びているのに、何処か無邪気な少女の事情に興味が湧かないわけではなかったが、

 他人のそういう事に踏み込みたくはなかった。

 自分だって踏み込まれたくないのだから、


「星かー……うーん」


 即座に浮かんだのは人工の輝きが瞬く街の夜景だが、折角だから面白い事を言ってみたかった。

 ふと視界に映るのは、目の前に映る世界。


「雨、かな」

「雨?」

「数え切れない雨粒が流れ星に見えなくもないかなって。

 ちょっと捻くれた考えかもしれないけど」

「……」

「あの?」

「あー、ごめんごめん。なるほど、うん、それ面白い。

 流星雨ってあるけど……流星の雨じゃなくて、雨から流星を連想するのはあんまりないかも」


 少女は、うんうん頷くと、携帯端末を何処からか取り出して、何かを入力して言った。


「なるほど、その発想は面白いわね。それ、使っても良いかな」

「何に使うのか分からないけど、いいよ。ただ……自分も使うかもしれないけどいいかな」

「発案者はあなたじゃない。それは自由よ、自由。……じゃあ、このアイデアについては互いに訴訟を起こさないって事で」

「うん。そういう事で」


 雨音が響く。互いの傘と、地面と、形のあるモノ、ないモノ、様々にぶつかり合う、鼓動の音が響き渡る世界。

 そんな世界の、それぞれの中心から二人は別れの言葉を繰り出した。


「ありがと。もし、ちゃんと使う事になったらお礼しにくるから」

「別にいいんだけど……」

「いいからいいから。じゃあ、ね」


 そうして、小さく手を振りながら少女は雨の中去っていった。

 何処からか何処かしこに響く雨音に聞き入りながら、市朗は少女をただ見送った。


 これが、ある少女と、ごく普通の少年・多奈河市朗の出会いであり、この物語の始まりだった。


 市朗は知らなかった。


 この、時間にすれば数分の、僅かな邂逅が、自分の人生そのものを変える事を。

 そう、これは……息を忘れるような、恋の物語の始まりだった。




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