がしょう鬼
サクライ
【第1部:冒頭・警告】
これは、G県K市にいる実在する鬼一族の話だ。
まあ、鬼って言っても角が生えてるとか、そういうんじゃない。もっとたちの悪い、人間の皮を被った鬼。俺はその一族の娘と結婚して、今もK市に住んでる。逃げられない。でも誰かには伝えなきゃって思うんだ。次の犠牲者が出る前に。
この話を最後まで読んでも、多分信じてもらえないと思う。でも俺は正気だ。まだギリギリ、正気を保ってる。だから今のうちに書いておく。明日にはもう、書けなくなってるかもしれない。
俺がこの文章を書いてる今も、美咲は隣の部屋にいる。たぶん俺がこれを書いてることに気づいてる。でも止めに来ない。なぜなら、どうせ誰も信じないって分かってるから。
「マッチングアプリで知り合った美女の正体は鬼でした」なんて話、普通は笑い飛ばすだろ?でも笑わないでくれ。これは本当の話だ。
俺と同じような男がこの文章を読んでる可能性がある。30代で独身で、都市部で働いてて、出会いがなくてマッチングアプリに頼ってる、そんな男。もしかしたら今、K市出身の女性とメッセージのやり取りをしてるかもしれない。
もしそうなら、今すぐやめろ。
プロフィール写真が美しすぎる女性には気をつけろ。メッセージが丁寧すぎる女性には気をつけろ。君の疲れを気遣ってくれる女性には気をつけろ。
「お仕事、大変そうですね」
「もっとゆったりとした環境で働けたらいいのに」
「いつか一緒に、のんびりした時間を過ごせたらいいですね」
こんなメッセージが来たら、それは餌だ。君は獲物として狙われてる。
でも一番気をつけなきゃいけないのは、同じ質問を何度も繰り返してくる女性だ。ニコニコしながら、君が同意するまで執拗に。
「○○しますよね?」
「○○しますよね?」
「○○しますよね?」
これが始まったら、もう手遅れかもしれない。でも逃げろ。俺みたいになる前に。
K市は本当にある場所だ。山に囲まれた盆地で、人口3万人くらいの地方都市。観光地もあるし、温泉もある。一見、普通の田舎町だ。でもそこには、代々続く鬼の一族が住んでる。
がしょうき一族。漢字で書くと「餓性鬼」。何でも欲しがり、奪い取る鬼。
一族の女性たちは美しい。そして巧妙だ。マッチングアプリを使いこなし、都市部の男性をターゲットにしてる。年収、職業、家族構成、全部チェックしてから接近する。
一族の男性たちは地元の有力者だ。市役所の職員、学校の先生、商工会の幹部。地域から信頼されてる。だから誰も疑わない。
「あんないい家族なのに、何か問題でも?」
そう言われて終わりだ。
俺も最初は疑わなかった。美咲は清楚で優しくて、理想的な女性だった。家族も温かく迎えてくれて、俺は幸せ者だと思った。
でも今は分かる。すべてが罠だったんだ。出会いから結婚まで、全部が計算されてた。
俺の財産は全部奪われた。友人関係も断絶された。仕事も制限された。家族にまで迷惑をかけてる。そして俺の体は、少しずつ人間じゃないものに変わってる。
これを書いてる今も、俺の爪は異常に鋭い。夜目は利く。生肉が美味しく感じる。感情も薄れてきた。
だけど、鏡や写真や他人からの見た目は何も変わらない。
これが一番恐ろしいことかもしれない。俺は確実に人間じゃないものに変わってるのに、誰にも気づかれない。写真を撮っても普通の人間に写る。鏡に映る自分も、昔と変わらない顔をしてる。
でも俺自身は分かる。体の感覚が、明らかに違う。
爪を切っても一週間で鋭く伸びる。真っ暗な部屋でも新聞が読める。半生の肉を見ると、唾液が止まらない。昔なら怒りを感じるような理不尽な目に遭っても、何も感じない。
それなのに、誰も気づかない。美咲も「調子はどうですか?」って心配そうに聞いてくるけど、俺が変わってることには触れない。
近所の人たちも「元気そうですね」って言う。会社の同僚とのビデオ通話でも、誰も俺の変化に気づかない。
まるで俺だけが狂ってるみたいだ。
でも狂ってるのは俺じゃない。俺は鬼になってるんだ。見た目は人間のまま、中身だけが変わっていく。
これも一族の能力なのか。鬼になっても、他人には人間に見えるように仕組まれてるのか。
だから誰も信じてくれない。証拠も残せない。俺がいくら「体が変わってる」って言っても、「疲れてるんじゃないか」「ストレスかもしれない」って言われるだけ。
完璧な隠蔽だ。
あと何年かしたら、俺は完全に鬼になる。そして新しい獲物を狩る側に回る。
だから今のうちに警告してる。まだ人間の心が残ってるうちに。
もし君がK市出身の女性とマッチしたら、絶対に会うな。もし会ってしまったら、絶対に付き合うな。もし付き合ってしまったら、絶対に結婚するな。もし結婚を考えてるなら、絶対にK市に行くな。
でも多分、この警告も無駄だろう。恋をした男は盲目だから。俺もそうだった。
それでも書いておく。一人でも救えるかもしれないから。
君がこの文章を読んでるということは、まだ間に合うということだ。
逃げろ。
俺には、もう逃げる力が残ってない。
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