ep.3信者雑録
締め切られたその空間に一切外の光は届かない。
白い香が焚かれ柔らかなケムリがゆらゆらと揺れている。
暗闇の中
赤い蝋燭の炎が、愛の木を象徴する巨木の紋様を照らしていた。
豪勢な一枚板のテーブルには、蝋燭が並べられ座りの良い椅子に腰掛ける面々達の影をより一層暗くする。
ここは愛の木の深層。
教祖大女の部屋だ。
大女を前にして4人の幹部達はそれぞれの思惑を交錯させながらなら、定期的に開催される
諮問会議を行なっていた。
「数値的には、今日の捕獲成功率はほぼ100%です。彼女を使えば影響も前年比を上回るでしょう。」
黒いダブルスーツのコンサルはタブレットを軽く操作し、低い声を漏らす。直属の保有信者数は350人。
顔にかかる髪をかき上げ、眼鏡を押し上げるその所作は、不気味に冷たい。
「ボソボソ…気持ち悪いな…」
カウンセラーが眉をひそめ、舌打ちを混ぜて呟く。
「顔も見えねぇし、うっとーしい。どっちか髪切れよ。」
保有信者数は450人。
初老の男は真ん中で分けられた髪を撫で
穏やかな声で言う。
「理路整然と積み上がった牌ほど崩れる姿は、美しいものだ。」
保有信者数は400人。
会社経営する女社長はふくよかな身体をソファに沈めこう言う。
「まさか、こんなに上手くいくとはね。」
保有信者数は300人。
それぞれが表の顔を使い分け
闇の世界で暗躍していた。
どうやらSNSで話題の彼女の話をしているらしい。
「大女様彼女の件、私にお任せ下さい。」
女社長が言うと
一瞬の緊張が走り
幹部達は
視線を部屋の奥に向ける。
彼女は豪華な装飾の奥、椅子に腰掛け静かに佇んでいた。
愛の木の教祖。
小雨さゆり。
偉大なる母という意味から信者たちは
大女(おおめ)様と呼び、
大女から認められる特別な付き人達は
御母(みぼ)様と呼んでいる。
赤い天幕が張られ、作り出されたドレープがその顔を柔らかく遮る。
柔和な口元には、静かで厳かな凄みが讃えられていた。
猫の様にゆっくりと伸びをする。
彼女にとってこの時間は退屈な様だ。
すると、傍らに控えていたお付きの者が声をかける。
「そろそろ、お時間です。」
その言葉で諮問会議は自然と解散の空気になる大女は微笑みを崩さず、ただ静かに座り続ける。
幹部たちは一人、また一人と部屋を後にした。
◇
△「おい…最近、洗脳部屋に連れてこられた女知ってる?」
□「ああ、〇〇さんが直々に拉致ってきたやつだろ。SNSで話題になってた子。」
△「この前、中庭移動してるのチラッと見たけど…エグかったわ。」
□「そんなに本物ってやばいの?」
△「やばい。ちょっとやつれてたけど、キラッキラしてた。妖精?天使?…いや、マジでそんな感じ。」
□「えー!見たい!配膳係、俺と変わってくんね?」
「でももうそろそろ洗脳終わるんじゃね?綺麗っつっても、ただの女だろ?」
△「はいはい。それな。まず幹部に食われるじゃん。その後、枕要員だろ。エゲツな〜。」
□「クソ…せめて3周か4周したら、俺らにも回ってこねぇかなぁ…」
△「無理無理。俺ら下っ端だし。」
□「ちっ…まあいいや。早く終わらせよーぜ。」
△「おう。あと一部屋、床の掃除残ってるからな。」
二人はそこで会話を切り上げ、黙々とモップを動かした。
◇
「おい! ババアいなくなっちまったじゃねぇか!」
フロアに怒声が響く。
その声にある信者は驚きで飛び上がり咄嗟に壁に身を隠した。
「おい、ジジイ、なんか隠してるんじゃねぇだろうな!」
「知るよしもない。」
壁を背に、詰め寄られる初老の男は
胸の前で合掌し、静かに首を振っていた。
「なんであの女の従者達もいなくなってるんだよ!これじゃ分かるもんも分からねえじゃねぇか!」
「欲と慎ましさは両天秤。どちらかに寄ってしまってはバランスが崩れる。
あの女性は欲に溺れたのであろう。
自分の能力を見誤ぬ事だ。」
「慎ましさだなんてよく言うよ。
この強欲じじぃが。」
「そなたも見誤ぬ事だな。ヒトは窮地に立たされている時こそ狼が寄ってきやすい。」
「はいはい。わかりました。
てか、あの女社長の保有してる信者どうする?」
女はニヤリと笑い
「早いもの勝ちだよな。」
初老の男は目を瞑り片方の口角が上にあがる。
その光景を目にした信者は、息をひそめるように、その場を後にした。
音を殺して足早に駆け出すと背後から笑い声が
追いすがるように響いていた。
◇
後日幹部たちは、定例の諮問会議の為
大女のもとへ集結をした。
一そこに女社長の姿は無かった。
3人が揃い着席した際それは起こった。
____停電。
突然の暗闇で
軽いパニックが起こる。
ドンッ …ドサッ パリンッ
物音にみな立ち上がり
騒然となる。
大女がいる方向からそれは、聞こえた。
「皆様、落ち着いてください!」
大女のお付きのモノ達が声を上げる。
フッ
辺りが明るくなると
その瞬間——
「キャーーーーーー!!!!」
悲鳴が響き渡る。
大女が血を流し椅子から滑り落ちていた。
部屋中に恐怖の叫びが渦巻く。
行き交う人や物音が響き渡り、辺りは騒然としていた。
その背後には、血まみれの女がナイフを握り、一点を見つめたまま立ち尽くしていた。
視線の先には、ある男の姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます