ターンオーバー
夏久九郎
第一章 夢の終わり
第1話 夢の終わり
六月のむせ返るような湿気と熱気に包まれた体育館に私はいた。
「ナイショー」
後藤先輩がパスフェイクからのドライブでレイアップシュートを決めた。
今、第四クォーターの終盤。
得点はわずか二点差。
私は足首の痛みを忘れて、バッシュの擦れる音とボールの動き、そして先輩たちの勇姿を心に刻みつけながら、試合を観戦していた。
不覚にも第三クォーターで、足をくじいて、ベンチに下がったが、私と交代で出た美咲が善戦してくれている。
ディフェンスの穴を突いて、青学館高校がジャンプシュートを決めた。
これで同点。
時間は、あと一分少々。作戦タイムであるタイムアウトは双方ともに使い切っている。
お互いに死力を尽くしているのか、汗がコートに滴り落ち、肩で息をしている。
県大会の準決勝で、全国大会への切符が目に見えるところにあるのだ。先輩たちにとっては最後の挑戦。我が高校にとっては、女子バスケットボール部創部以来の快挙がかかっている。
伊藤先輩にパスが渡る。
持ち前のドリブルとフィジカルでゴール下へのドライブを仕掛けるが、相手のダブルチームで阻まれた。
たまらず、アウトサイドにパスを出す。
あっ
相手はパスコースを読んでパスカットし、そのまま、速攻を仕掛ける。
「バック、戻れ」
後藤先輩は走りながら叫ぶ。
しかし、相手は速い。
腕一本分足りず、相手のレイアップが決まってしまった。
「ドンマイ」
後藤先輩はバックコートにやってきた伊藤先輩に声をかけた。
私は祈る。
二点差ならワンプレーで逆転できる。
相手は、バックコートからゾーンプレスを仕掛けてきた。青学館もワンプレーさせまいと必死だ。
「ディーフェンス、ディーフェンス」
相手のベンチから合唱が聞こえてくる。
後藤先輩から美咲にボールが渡る。
美咲は得意のドリブルでフロントコートまでボールを運ぼうとするが、またもやダブルチームに阻まれる。
あと、十秒。
相手チームからカウントダウンの声が聞こえてくる。
何とか伊藤先輩にパスが繋がる。
あと三秒。
伊藤先輩はセンターライン付近から一か八かのスリーポイントを放った。
ブザーが鳴る。
ボールはリングに当たり、彼方に飛んでいった。
隣からは、ワッと歓声が響く。
これで私たちの敗退は決まったのだった。
星林高校 五十二、青学館高校 五十四
スコアボードには、そう記されている。
先輩たちと美咲は試合終了の礼を済ませて、ベンチのところまで戻ってきた。後藤先輩も高杉先輩も江永先輩も、そして伊藤先輩も目に涙を溜めていた。特に伊藤先輩に至っては、普段の強気な姿から一転して、か弱い少女のように泣きじゃくっていて、後藤先輩が肩を抱き寄せてなだめていた。美咲は、悔しかったのか、ずっと俯いている。私も、表情には出てないとは思うが、頭の中で、あの時、あぁすれば、それとも、さっきのタイミングでベンチから声を出せば、とか、あり得なかった、たらればのシチュエーションを繰り返して、目の前の現実を受け入れられないでいた。
ベンチに座っている彩羽や由美は先輩たちの様子から、もらい泣きしているようだった。
高柳さんは、冷静に先輩たちの様子を見ていた。
「えー。三年生の諸君。君たちは本当に良くやった。我らが星林高校女子籠球部は、創部して初めてベストフォー、そして県大会優勝を目指せるところまでこれた。先生が、こんなにワクワクしたのは初めてだ。これも全ては君たちの日頃の努力の積み重ねのお陰だと思う。改めてお礼を言う。ありがとう」
田沼監督からねぎらいの言葉がかけられ、次の試合が始まるため、私たちは体育館を後にした。
それから、いったんジャージに着替え、体育館の外の広場に集合した。
六月なのに空には雲一つなく、太陽が射すように痛い。大きな木陰が唯一の安全地帯だった。
「この三年間。みんな、ついてきてくれてありがとう。頼りない先輩だったかもしれませんが、みんなと、こうしてバスケが出来て本当に充実した毎日でした。私たちはこれで引退ですが、星林高校女子バスケ部はこれからも続いていきます。私たちが抜けて少し心配なところはありますが、大丈夫。きっと私たちよりも強いチームになれると信じています。だから、毎日の積み重ねを大事に頑張って」
後藤先輩の引退の言葉に静かな拍手が起こった。
後藤先輩に続いて、高杉先輩、江永先輩とスピーチが続き、最後に伊藤先輩の番になった。
「私は納得できない。こんな最後、認められない。まだ私の気持ちは引退していないから、部活には顔を出すよ。以上」
先程までの、か弱い感じは消え去り、いつもの強気な先輩に戻っていた。
みんな戸惑ったのか、途切れ途切れの拍手になった。
最後に、次のバスケ部のキャプテンの発表が行われる。
順当に行けば、ポイントガードを務められる私か、美咲のどちらかだろう。
「次のキャプテンは、西木夢花。あなたにお願いするね」
後藤先輩の声で私が指名された。
美咲はじっと私を見た。
それでも、私は気丈に「はいっ」と言って立ち上がり、みんなに挨拶をした。
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